Case8 文化祭②
【主人公/新一視点】
文化祭当日。
校舎は朝からざわめいていた。
廊下にはポスター、教室からは笑い声、校庭からは焼きそばや綿あめの甘い匂いが流れてくる。
秋の乾いた風が窓から入り込み、どこか胸が浮き立つような空気を運んでいた。
そんな文化祭の朝。
教室の中で、女子の号令が響いた。
「よし行くぞ男子どもー!ムダ毛は処理してきたかー!?」
爆笑と悲鳴が同時に上がる。
今日、俺たちのクラスは
メイド&執事喫茶。
しかも――
男子がメイド。
女子が執事。
女子たちは手慣れた様子でメイク道具を広げていた。
机の上には100均の化粧品がずらりと並んでいる。
とはいえ肌トラブルは怖い。
事前に全員パッチテスト済みという、妙に本格的な準備がされていた。
俺の席の前には、鏡と化粧道具。
そして、メイク担当として立っているのは――
鉄平だった。
「……鉄平、なんかメイク上手くない?スタイリスト?」
鏡越しに聞くと、鉄平は淡々と作業を続けながら答えた。
「前にコスメの勉強したことがあってさ。ネット動画でやり方覚えたんだよ」
まずは下地。
指先で肌に伸ばされるクリームがひんやりして、少しくすぐったい。
続いてファンデーション。
スポンジで軽く叩かれながら肌が整っていく。
コンシーラーで細かい部分を整え、
パウダーでマットに固定。
ほのかに甘い香りがする。
チークをほんの少し。
リップを薄く。
最後に固定用ミスト。
冷たい霧が顔にかかる。
「はい、完成」
鉄平はウィッグを被せ、軽く整えた。
「鏡見て」
俺は恐る恐る鏡を見る。
そして――
「え!誰これ!?」
そこに映っていたのは、知らない女の子だった。
いや、よく見れば俺なんだけど。
でも、ぱっと見は完全に女子。
「こういう女子いそう……」
思わず呟く。
周りからどよめきが起きた。
「新一くん……逸材ね」
「鉄平、メイク上手くね?」
「後で教えて!」
執事姿の女子たちがざわざわしている。
その結果、俺は店内ではなく――
店の外で客引き係になった。
一方で。
鉄平のメイド姿は――
少し事情が違った。
「鉄平、腕や脚凄いな……」
メイド服からのぞく腕。
筋肉が隠しきれていない。
むしろ、やたら迫力がある。
「筋トレやっててさ。もう日課なんだよ」
メイド服なのに、なぜか格闘家みたいな雰囲気だった。
♢
「いらっしゃいませー!」
文化祭の喧騒の中で声を張る。
人の流れが絶えない。
笑い声、呼び込みの声、焼きそばの匂い、
秋の光に照らされた校庭。
通りすがりの人が立ち止まる。
「……その声、男の子?」
「いや、男の娘?」
脳がバグっているらしい。
俺も途中から開き直っていた。
(もうどうにでもなれ)
そんな時。
「新一先輩?」
声が聞こえた。
小さな声。
振り向く。
そこには――
小柄な女の子が立っていた。
見覚えのある顔。
そして制服。
中学の制服。
「……もしかして」
「三里?」
少女は少し嬉しそうに笑った。
「お久しぶりです。中学以来ですね」
三里。
中学の頃、写真部の後輩だった。
デジカメの使い方を教えたこともあったっけ。
「あの……」
三里が少しだけ恥ずかしそうに言う。
「一緒に写真、いいですか?」
文化祭だし。
祭りみたいなものだ。
「……中学のみんなに見せるのはやめてね?」
念押しすると、
「やった!ありがとうございます!」
ぱっと顔が明るくなる。
執事役の女子がカメラを構える。
「いい写真映りでしたよ、お嬢様」
「ありがとうございます!執事カッコいいです!」
「ありがとう」
女子がイケメンすぎる。
その時、後ろから鉄平の声。
「新一、もう少ししたら交代だ。メイク落として文化祭回ってこいよ」
もうそんな時間か。
目の前の三里を見る。
▶︎この後案内するよ
帰れ(あと、写真のデータを消す)
よし。
「三里。この後まだ時間あるなら案内するよ」
俺はこういうのを断れない。
学校案内くらい、簡単だ。
三里は一瞬驚いて――
小さく頷いた。
「……分かりました。待ってます」
♢
「おまたせ」
メイクを落として戻ると、三里が待っていた。
「あ、先輩。メイク落としたんですね」
少し照れた顔で言う。
「凄い似合ってましたよ」
小さく何か続けた。
「……でもこれはこれで」
「ん?」
「ごほん。いえ、なんでも」
そのまま、俺たちは文化祭を回った。
校舎。
体育館。
図書館。
校庭。
笑い声と音楽と、秋の光。
そんな中で、三里がぽつりと話し始めた。
「今回、文化祭に来たのって」
少し緊張した声。
「私、ここ受けるつもりなんですよ」
「そっか」
自然に笑う。
「また先輩後輩になれるといいな」
三里の目が少し揺れる。
そして。
「……あと」
三里はスマホを取り出した。
「最近スマホ持ったんです」
小さく深呼吸して言う。
「連絡先、教えてもらってもいいですか?」
▶︎いいよ
ダメ。
「いいよ」
三里の顔がぱっと明るくなる。
連絡先を交換したあと。
三里は、少しだけ俯いた。
そして。
「……最後にひとつ」
声が震えている。
「私、先輩の事好きです」
時間が、少し止まる。
「中学の時も」
「部活の時も」
「卒業式の時も」
小さな声で続ける。
「言えなかったけど」
顔を上げる。
まっすぐな目。
「今なら、自分の心に正直になれました」
胸が少し熱くなる。
三里は続ける。
「私、先輩に追いついてこの学校に来ます」
「だから――」
俺は、ゆっくり言った。
「分かった」
そして。
「受験終わってから、ちゃんと考えよう」
そう言ってから。
三里を抱きしめた。
小さな体。
少し震えている。
頭の中に、中学の記憶がよみがえる。
あの頃は、妹みたいな存在だった。
でも今は違う。
小柄でも、ちゃんと――
一人の女の子だった。
「まずは受験頑張れ」
俺は言う。
三里がうなずく。
もし進路が違っても。
それでも。
支える覚悟はできていた。
(……うまくいったみたいだな)
その様子を、少し離れた場所から見ている男がいた。
鉄平。
ただし――
まだメイド姿のままだった。
腕は筋肉で割れ、脚もバキバキ。
物陰から見守る姿は、
完全に――
不審者だった。




