Case7 修学旅行④ 完
【女神様パート/鉄平視点】
夕方の清水寺。
西に傾いた太陽が、山の稜線にゆっくり沈みかけていた。
朱色に染まる空。
観光客のざわめきも、昼間より少し柔らかい。
石畳に伸びる影が長くなり、世界そのものが一日の終わりを受け入れているみたいだった。
今日のミッションは終わった。
遠距離恋愛。
完璧なハッピーエンドじゃない。
でも――未来へ続く選択。
隣に立つバスガイド姿の女神様が、小さく息を吐く。
「今回は、遠距離恋愛に落ち着いたみたいね」
夕日に照らされた横顔が、いつもより大人びて見える。
「ビターエンドだけど……まあ合格よ」
その声音には、どこか満足そうな響きがあった。
俺は周囲を見渡す。
修学旅行生の姿。
写真を撮る観光客。
誰もこちらを気にしていない。
「……女神様、ありがとうございました」
自然と頭を下げていた。
今回、正直ほとんど俺は何もしていない。
背中を押しただけだ。
けれど――
ここに居てくれた。
それだけで、どこか安心していた自分がいる。
「今は認識阻害使ってるから大丈夫よ」
女神様は軽く肩をすくめる。
神らしくない、気安い仕草。
「そうですか……でも念の為」
言いながら、俺は指で四角を作った。
フレームを切るみたいに。
夕日と――女神様を重ねる。
オレンジ色の光の中、
バスガイドの制服を着た彼女が立っている。
風が吹く。
髪が揺れる。
その瞬間。
本気で、息を呑んだ。
「どうしたの?」
くすっと笑う声。
俺は少し迷ってから言った。
「……綺麗だなって」
言葉が勝手に出た。
「二つの太陽って感じで」
沈みゆく夕日と。
その隣に立つ彼女。
絵画みたいだった。
時間が止まったみたいに。
――しまった。
言った瞬間に気づく。
これ、完全に口説き文句じゃないか?
女神様の動きが止まる。
次の瞬間。
ふい、と顔を背けた。
耳まで赤い。
夕日の色じゃない。
(……不意打ちは卑怯だって!!)
小さく聞こえた独り言に、胸が妙にざわつく。
沈黙。
妙に落ち着かない空気。
石段を吹き抜ける風の音だけが間を埋める。
誤魔化すように、俺は口を開いた。
「……あの?」
「女神様、バスガイド姿で“輪廻”って名乗ってましたけど……お名前、あるんですか?」
聞いた瞬間。
女神様がゆっくりこちらを見る。
口元が、悪戯っぽく吊り上がった。
「……高いわよ?」
神様らしい含み笑い。
少し身を乗り出して、囁く。
「私の名前は――リィネ」
夕日が瞳に映る。
「同じ名前の神いるけど別神よ。基本、女神様呼びでいいわ」
その言葉が、なぜか特別に聞こえた。
名前。
それは距離が一歩近づく証みたいで。
「……ありがとうございます」
自然と笑っていた。
「名前、教えていただいて」
胸の奥が少し温かい。
理由は分からない。
でも。
もっと知りたいと思った。
女神としてじゃなく。
試練の管理者でもなく。
――この人自身を。
夕日が山の向こうへ沈み、
空がゆっくりと群青へ変わっていく。
言葉はもう必要なかった。
触れられない距離のまま、
それでも確かに近づいた気がして――
その時だった。
女神様が、ふっと息を吐く。
「……これで終わりじゃないわよ」
さっきまでの柔らかい空気が、
ほんの少しだけ引き締まる。
嫌な予感しかしない。
空間がぱきん、と音を立てるように歪み――
俺の目の前に、見覚えしかない半透明のウィンドウが展開された。
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【禁じ手リスト】
・SNS大量アカウントによる情報操作
・筋肉で誘惑
(※ただし女神様が見たいと言った場合は例外)
・マッチングアプリや合コンでの「運命の可視化」乱用
・ボイスレコーダーで教員を出し抜く ←NEW!!
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夕焼けのロマンが一瞬で死んだ。
「これは――」
女神様が腕を組む。
完全に生活指導の先生の顔だった。
「停学か退学ものだからね」
風が吹く。
清水寺の鐘の音が遠くで鳴る。
そして俺は――
反射的に頭を下げていた。
「すいませんでしたーーー!!」
石畳に響く謝罪。
観光客が一瞬こちらを見る。
やめてくれ。
「まったく……恋愛プロデュースと犯罪スレスレは違うのよ?」
「反省してます!!めちゃくちゃしてます!!」
女神様は呆れたようにため息をつき――
でも、どこか楽しそうに笑った。
その横顔を見て。
さっきまでの夕焼けの余韻が、少しだけ戻ってくる。
……多分。
怒られてるのに、嫌じゃない。
むしろ――安心していた。
⸻
読者の皆。
絶対に真似するなよ?
女神様との――約束だぞ!!




