第246話 祈りは剣の形をしている②
現状俺の愛刀となっている銀鈴は、聖女が勇者に渡した愛と信頼の証。
ルセリナから聞かされたある意味衝撃的な事実に、俺とティアの間に微妙な空気が流れる。
そんな大切なものを、俺はティアから出会った翌日に渡されたのかと。
俺がチラリと彼女を見ると、視線をそらし、指先で髪をいじっている。
「違うから。そんな深い意味で渡したんじゃないよ。大体、あんな会ってすぐ愛も信頼もあったもんじゃないでしょ」
「だよ……ね」
だが、それを今日の今日まで返せと言われずに持っていることを許されていたわけで。
その意味を考えてしまうとどうしても気恥ずかしいわけで。
俺はモジモジと照れているフリをする。
「本当に違うからね? それならまずミユキさんに渡してるでしょ? なんかその反応すっごいやだ!」
「フガクはずっとその剣を使ってたのか?」
「うん、ティアと初めて一緒にクエスト行ったときからね」
「なるほどそうか」
「初めからずっと……」
胡蝶蘭が両手を口許に当てて頬を赤らめている。
ティアは頭に手を当て、耳を赤くしながら首をブンブン横に振った。
「じゃあ返して。そんなんじゃないから」
「そうまで言われるとちょっとショック」
「どうしろってのよ……」
まあさすがに本当に愛の証だとは思ってないが。
でも、そんな大事なものをずっと持っていても許されるくらいには、ティアからの信頼はあるということだろう。
その事実は素直に嬉しかった。
「分かってる冗談だよ。でも僕はまだこれ持っててもいい?」
「それは全然……いいけど」
ティアは唇を尖らせてそう言った。
その反応を、ルセリナはニヤニヤ、胡蝶蘭は微笑ましく見守っている。
「ルセリナが余計なこと言うからでしょ。意味出ないようにフガクには黙ってたのに。あと蘭さんも勘違いしないように」
「はいはい。そういうことにしといてあげるよ」
「ムカつくわね……」
「そういえば、ティアのそっちの剣ももしかしてここの?」
俺はティアがいつも腰にぶら下げている水色と銀の細工が美しい剣を指差す。
「これ? これは『蒼鈴』っていう銀鈴の兄弟剣だよ。聖女アウラの剣だね」
「へえ……」
ティアは聖女にまつわる国宝を二振りも奉納殿から持ち出した。
「自分で使うだけなら一つだけでよかったんじゃない? 何で二つも持っていったの?」
俺の質問に、ティアは「うっ」と再び口元を引きつらせた。
すると、すかさずルセリナが俺の肩をポンと叩く。
「野暮なこと聞きなさんな。旅の途中で出会うかもしれない、自分だけの勇者様に渡すために決まってるでしょ」
「ルセリナそろそろ一回ブン殴るよ」
ティアは軽くルセリナを肩パンした。
まあティアがそんなロマンティックな目的のために剣を持ちだすとは思えない。
話半分に聞きつつ、銀鈴と蒼鈴という二振りの兄弟剣を、俺とティアがそれぞれ持っているという事実は感じ入るものがあった。
しかも、銀鈴は聖女が勇者に渡した剣だ。
魔王の力を持つ俺がそれを持っているというのは、知らずにとはいえ何ともティアらしい皮肉が効いているなと思った。
「それじゃ『霞鈴』出してあげるけど、責任は持たないからね」
「分かってるって。シグにも言っとくから」
「王子はティアに甘いんだから……よく陛下に怒られないよね」
そう言いつつ、ルセリナは奉納殿の扉を開けた。
重い鋼鉄製の扉を開けた先でもう一つ扉をくぐると、十数歩ほどの木造の一室が現れた。
湿った木の香りと冷たい空気が、室内の静寂を支配していた。
壁3面が全て棚になっており、そこにはさまざまな形状の木箱などが収められている。
部屋の真ん中には石造りのテーブルがあった。
「刀剣以外にも色々あるんだな
「ええ。要は聖庁の貴重品が収められた蔵みたいなものだから。24時間体制で衛兵が詰めて、毎日物があるかをチェックしているんだよ」
ゼフィドの質問にティアが答える。
木箱の中身が何かは分からないが、きっと歴史ある貴重なものばかりなのだろう。
売ったら全部でいくらになるんだろうとか考えてしまう、俺のしょうもない庶民的感覚が悲しくなる。
「まったく、ティアくらいだよここを私物の倉庫だと思ってるの」
ルセリナは奉納殿の一番奥、白布をかけられた木箱を取り出してテーブルの上に置きながら呆れたように言った。
「ここはディヴィナリア教に、ひいては聖女に捧げられる供物の置き場だもん。ってことは、実質今は私のものってことでしょ?」
「代理のくせに大きく出たね」
そして木箱を結んでいた紐を解き、蓋を開く。
そこからは、黒い鞘に納められた一振りの刀が出てきた。
ルセリナはそれを両手で取り出し、ティアに渡す。
「これが聖女カリン=アルヘイムが、20年前に巫女になったときに奉納された刀剣“霞鈴”。聖女のありがたい祈りが込められた宝刀だよ」
ルセリナの解説を聞きつつ、ティアは霞鈴を胡蝶蘭に手渡した。
「蘭さん、どう?」
「失礼いたします……」
胡蝶蘭はそれを握り、そっと鞘から刃を引き抜く。
刀身は淡く霞を纏うように白く光り、鞘には銀糸で紋が縫い取られていた。
“霞鈴”――かつて聖女カリンが祈りを込めた刀。
その刃を見つめながら、胡蝶蘭は小さく息を呑んだ。
「とても……とても美しい刃です。拙には少し重いですが……これならば」
刃の煌めきに見惚れる胡蝶蘭の横顔は、清廉な剣士のそれだった。
俺には刀の良し悪しは分からないが、霞鈴がとても丁寧に作られた宝刀だと言うことは分かる。
「いけそう?」
「はい……ですがこれを本当に拙が持っても構わないのですか……? 多くの血を吸うことになるやもしれませんが……」
「刀ってそういうもんでしょ」
「ちょちょちょっと待った!」
ティアと胡蝶蘭のやり取りに、ルセリナが割って入る。
「何?」
「何じゃないよ! それで人を斬る気?」
「剣なんだから当たり前じゃない。あ、人だけじゃなくて魔獣とか化け物も斬ると思うよ」
「それはカリン様がウィルブロードの民の平和を祈った剣だよ。それをティア……」
ルセリナは眉をひそめ、口元を引きつらせている。
だが、ティアは特に気にしている素振りもなく頷いた。
「平和は数多の血と屍の上に築かれるものだよ。それを忘れないために、巫女の祈りは剣の形をしているの」
「っ……」
ティアはルセリアに、それが当たり前かのようにそう言った。
淀みないティアの瞳に、俺は彼女の巫女代理としての哲学を見た気がした。
それは刀を持ちだすための方便なのかもしれないが、言っていることは間違っていないと思ったのだ。
「フガク、銀鈴も、蒼鈴も、そしてこの霞鈴も。巫女が奉納する刃には皆”鈴”の名前と音がある。なんでか分かる?」
そしてティアは、隣にいた俺にそう質問を投げかけた。
分かる訳ない。
と言いたいところだが、少し分かる気がした。
俺は柄の装飾から微かに鳴る銀鈴の音を、いつも聞いていたから。
「道を……間違えないためだ」
俺の言葉に、ティアは優しく微笑み頷いた。
「迷いそうなときはその鈴の音が思い出させてくれる。自分の進むべき道をね。だから大丈夫だよルセリナ。蘭さんは無駄なものを斬ったりしないと思うよ」
「は、はい……! 心して使わせていただきます!」
胡蝶蘭は刃を鞘に戻し、そっと胸に抱いた。
ルセリナは頭をボリボリかきながら、はぁと深くため息をつく。
「ティア、巫女代理のいい感じのお説教されても結局武器として使うんでしょ……」
「そういう話なら待て、蘭」
すると、今度はゼフィドが胡蝶蘭から霞鈴をそっと取った。
「ゼフィドさん……?」
「お、いいね色男。ちょっとはこのティア様に言ってあげてよ。それは大事な国宝なんだから刃傷沙汰に使うんじゃないぞって。銀鈴はまあ勇者の剣だからまだ分かるけど」
ゼフィドは刃をじっと眺め、柄や鞘の中まで丹念にチェックしている。
一体何を見ているのだろうか。
俺達だけでなく、ルセリナも何事かと訝しんだ。
「蘭、一晩、いや二晩俺に預けろ。儀礼用の刀剣でこのままだと使えん。鍔の内側や目釘も劣化しているから補強する」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
「ああ、首を一太刀で斬れるようにしてやる」
「君ら物騒過ぎだって」
ルセリナはがっくりと肩を落とした。
もう好きにしてと言われたので、俺たちはありがたく霞鈴をいただいていくことにした。
「それじゃルセリナ、ありがとね」
「いーよいーよ。私ゃ上から怒られてもティアが無理やり持っていったんですって言い張るから」
俺たちは奉納殿から出て、ルセリナに別れを告げる。
彼女ももうヤケクソになっているようで、ティアが三振り目の剣を持って行くことを了承した。
「あ、そこの白黒頭の君」
「はい」
ルセリナはティアと握手をかわしたあと、俺の方に近寄って来た。
そして銀鈴を指さす。
「”それ”は聖女から勇者に贈られた愛と信頼。でも受け取った勇者にとっては、それがある限り彼女を裏切らないという”誓い”の証でもあるの。……ティアのこと、よろしくね」
そして彼女は俺にも握手のために右手を差し出した。
俺は銀鈴にそっと触れた後、その手を握り返す。
「大丈夫です。僕は最後までこの銀鈴を手放さない」
俺はその時思い出した。
400年前のあの時、勇者シルビアがアウラから託されたはずの銀鈴を持っていなかったことを。
彼女はきっと、自分が銀鈴の誓いを破る行いをすることを分かっていたから。
聖女アウラへの裏切りだと、自らも思っていたのだろう。
だからこそ、シルビアは銀鈴を魔族との戦いに持っていかなかった。
俺は遠い記憶を思い起こしながら、絶対にこの銀鈴と共に最後まで戦い抜くのだと心に誓った。




