第245話 祈りは剣の形をしている①
ウィルブロード入国から5日目の昼、俺達はアウリフェリアに到着した。
かなりハイペースで馬車を走らせているからか、刺客と戦ったり寄り道をしたりした割には早く着いたい印象だ。
「ここがアウリフェリア……美しい町ですね」
胡蝶蘭が感嘆の声と共に息を吐く。
その町は岩肌を縫うように、清らかな川が町の中央を流れていた。
白い石畳の橋の上からは、川面にきらめく灯籠の光が見え、遠くで笛や太鼓の音が風に乗って届く。
アウリフェリア―――ウィルブロードの南西部にある、聖女アウラを祀る町。
大きくはないが、今は『光龍祭』と呼ばれる祭りの最中とあって、細い路地にも人の波ができていた。
「この祭り、昔からずっと続いてるんだね」
「そう。400年前、アウラが始めてから毎年ね」
魔王も訪れたその祭は、露店に甘い果実酒や光石細工のアクセサリーが並び、子どもたちが駆け回っている。
街の入口には、掌を天に掲げるアウラの像が立っていた。
俺が400年前の記憶で見た彼女とは少し印象が違うが、優しい面立ちは同じだ。
川のせせらぎと祭囃子、祈りの声がひとつになり、まるで町全体が聖女アウラという存在の息吹で満たされているようだった。
「刀は奉納殿か?」
御者台のゼフィドがティアに問いかける。
「ええ。でもさすがに勝手には持っていけないから管理棟に行こう」
「わかった」
当たり前だが、さすがの巫女代理でも奉納殿に勝手に入って刀を取っていくわけにはいかない。
町の奥、川沿いの岩山をくり抜いたような場所に”奉納殿”がある。
白い石造りの大階段が伸びており、観光客や僧服を着た人々が詣でているようだ。
ここは人の祈りと歴史が400年以上、確かに積み重ねられた場所なのだと俺は思った。
それから俺たちは町の中の坂を上り、奉納殿の敷地内にある管理棟へと赴いた。
神社の社務所のような場所で、紺を基調にした聖庁の制服に身を包んだ職員たちが、忙しなく筆を走らせていた。
「こ、これはティア様!! 何年ぶりでございましょう!」
俺達が管理棟に入ると、一人の壮年の職員がバタバタと忙しなく駆け寄ってきた。
どうやらティアのことを知っているようで、感激しきった様子で俺たちを出迎えてくれた。
ちなみに中に入ったのは俺、ティア、胡蝶蘭の3人で、ゼフィドは外で馬車とレオナを見ている。
「旅に出る前だし3年くらいじゃない?」
「おいみんな! ティア様が、代理がお帰りになられたぞ!」
職員の一人が声を張り上げた瞬間、ざわめいていた管理棟の空気が一変した。
書類の音も、筆を走らせる音も止まり、全員の視線がティアに集まる。
すると、他の職員たちも口々に「おかえりなさい」「お待ちしていました」と言葉を発した。
「すごい歓迎ですね……」
驚いた様子の胡蝶蘭に、ティアが苦笑する。
「彼らは聖庁の職員だからね、私やカリン様と一緒に仕事をしていたんだよ」
聖女アウラの奉納殿だし、そういうことか。
ティアが珍しく気恥ずかしそうにしているのが印象的だった。
「おお……あなたが銀鈴を託されたのですか……?」
「え?」
すると、職員の中でもとりわけベテランっぽいおじいさんが、俺の腰にぶら下がった銀鈴を見てそう言った。
俺はふいをつかれて呆けた声を出す。
そう言えば、ヴァンディミオン大帝にも似たようなことを言われたような気がする。
エリエゼルもこの剣を知っていたようだし、国宝ともなれば有名なのだろう。
だが、それだけではない気がした。
「えっと、それどういう……」
「いいからいいから、気にしないで。アラン、そういうのじゃないから」
しかし、ティアは俺の両肩を持ってずずいと横に押しのけた。
何か隠してない?と思ったが、またあとでティアに聞こう。
「それでティア様、本日はどのようなご用件で?」
「ルセリナいるかな? 奉納殿に用があるんだけど」
「ルセリナなら丁度奉納殿に行ってますよ。記帳の時間なんで」
別の職員が事務所の奥からそう教えてくれた。
ルセリナとは誰だろうか。
ティアはそれを聞いて頷く。
「了解、ありがとう。ごめん、悪いんだけどちょっと馬車を見ててくれない? 中で女の子が寝てるから」
「構いませんよ」
そしてティアは職員と共に管理棟を出ていく。
俺と胡蝶蘭もそれに続いた。
馬車で待機していたゼフィドと合流し、俺たちは裏の山道のような道から奉納殿へと歩く。
「無事に入れそうなのか?」
「問題ないと思うよ」
「本当に巫女代理なんだな」
ゼフィドが感心したように言い、ティアは肩をすくめて笑った。
「疑ってた?」
「そういうわけではないが……」
そんなやり取りをしながら5分ほどで到着したその場所は、年季の入った木造の神殿の小さな神殿だった。
蔵のようにも見える奉納殿では、表側にはお参りをする人々が石造りの階段で列を成している。
「ティア。ルセリナっていう人は?」
俺たちはその裏手の入口から入る予定だ。
奉納殿の大きさは日本における一般的な2階建て住宅くらいの大きさだった。
表側から内部に納められている宝物などは見えないようで、あくまでアウラが祀られているということで参拝客たちは訪れているらしい。
俺は奉納殿の前で祈りを捧げる人々を横目に見ながら、ティアにそう問いかけた。
「聖庁で一緒に働いてたの。年は結構上なんだけど、友達みたいなもんかな」
「へー……」
さすがにウィルブロードまで来ると、ティアの知り合いも増えてくるなと思った。
ティアが聖庁の職員、巫女代理という実感はこれまであまり無かったが、実際に働いている人の反応を見ると本当にそんなんだと少し驚いた。
「こら、誰が友達だって? 年が結構上も余計だね」
すると、俺たちの背後から声がかかった。
そちらを振り返ると、ダークグレーのロングヘアを綺麗に巻いた、美人のお姉さんが立っていた。
柔和な笑みに、紺色を基調とした制服を着用しており、手には書類を挟み込んだボードとペンを持っている。
「あ、彼女がルセリナ。年は今年さんじゅ」
「おいおいティア様、年齢はトップシークレットだゾ!」
ティアの額をペンでポンッと叩きながら、ルセリナがウィンクを飛ばした。
なかなか陽気な女性のようだ。
ティアも少し浮き足立っているような様子があり、素直に友人と再会を喜んでいるような雰囲気が感じられた。
「おやおやいい男がいるね。ん? 君も男の子かな? ……ふむふむ」
すると、ルセリナはゼフィドと俺を交互にマジマジと見てくる。
何やら上から下までさっと見てうんうん頷いていた。
これ性別逆だったらセクハラだな。
「ねえ、君たち彼女いる?」
「残念二人とも彼女持ちです。婚活はよそでやってくださーい」
ティアがルセリナの後頭部に軽くチョップをしている。
本当に仲が良さそうだ。
「ちぇ。で、どしたのティア、わざわざアウリフェリアまで。旅に出てたんじゃなかった?」
「見ての通り戻ってきたんだよ。ねえルセリナ、奉納殿の中にこんな感じの刀無かったっけ?」
そう言ってティアは、胡蝶蘭の腰にある鞘を指差した。
「んー?」
今度は胡蝶蘭の腰回りをマジマジと見ている。
そしておもむろに、胡蝶蘭の腰を前から両手で鷲掴みにした。
「ひゃっ!」
飛び上がって顔を真っ赤にしている胡蝶蘭。
「良い腰回りだね君」
「え、ええ……?」
「おじさん早くして」
ティアが呆れて胡蝶蘭からルセリナを引きはがしている。
性別どうこう以前に言動がセクハラじみている人だ。
胡蝶蘭もやや引き気味な表情で一歩後ずさって俺の後ろに隠れた。
「フガクさん、拙の腰は良いのですか……?」
「さ、さあどうかな……」
答えにくい質問を投げないでくれ。
俺が「めっちゃ良いよ!」って答えたらそれはそれで変な意味が出る。
確かにスレンダーな胡蝶蘭だが、着物で分かりにくいもののお尻周りはなかなか……いかんいかんこれじゃルセリナのこと言えない。
俺は慌てて首を横に振った。
「ちょっとしたコミュニケーションじゃない。で、刀ね。あるよ、”霞鈴”でしょ」
「かりん?」
ティアのお義母さんと同じ銘に、俺は思わず呟いた。
ティアは頷く。
「カリン様が正式に巫女になったときに奉納した刀剣。だいぶ記憶薄かったけど、やっぱり似たような感じだったみたい」
「し、しかしティアさん、そんな大切なものを拙がお借りするわけには……」
「いいよ気にしないで。カリン様もそういうの全然使ってって言う人だったから」
思い入れのある刀なのかと思ったら、そうでもないようだ。
胡蝶蘭は眉をひそめて遠慮しているようだが、ティアは特に気にしていない。
「え、持ってく? どゆこと?」
「だから、刀が必要なの。”霞鈴”出して」
「うそでしょ……あなたもう3本目だよ。さすがに怒られるって」
「怒られないよ私聖庁のトップだもん」
「いやいやいや……」
ルセリナは顔を引きつらせながら頭を抱えている。
そして彼女の視線が、俺の腰元にある銀鈴に移った。
「彼に銀鈴渡したんだね」
「ん? あー……まあ」
「銀鈴って何なんですか?」
ティアは「あっ」という顔をしたが、気になるからこの際訊いておこう。
俺の質問に、ルセリナは不思議そうな顔をした。
「ティア、教えないで渡したの?」
「いや……別に深く考えてなくて……」
「えっと……?」
何なんだ。
ここに来て銀鈴がこんなに注目されるとは思っていなかった。
俺は困惑しながら二人に視線を交互に移す。
そしてルセリナは言った。
「銀鈴はね、聖女が勇者に渡した剣。愛と信頼の証なんだよ」
ルセリナが優しい笑顔で告げたその言葉に、ティアは顔を赤くしながらため息をついた。
……俺は視線を逸らすしかなかった。
俺はその言葉に、ティアをどんな顔で見ればいいか分からなくなるのだった。
さっきまでの祭囃子の音が、やけに遠く感じる。
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