第244話 セイントロード②
メルカディアを出発した日の夜、俺達は久々に野営を行うことにした。
ティアと二人になってからは、馬車の中で夜を明かすことが大半だったので、久しぶりに火を起こす。
街道の傍の水場には、旅人や冒険者たちが点々と焚火をして夜を越す準備を行っていた。
一昨日はミューズが現れたが、今夜は何ごとも無ければいいのだが。
俺はゼフィドと二人焚火を囲みながら、ウィルブロードの草原を照らす星明りを見上げていた。
風が草原を渡るたび、星がひとつ溶けるように揺れた。
「ほら、焼けたぞ」
ゼフィドが、ジューッという美味しそうな匂いと音を漂わせた鳥型魔獣の肉を手渡してくれる。
驚くべきことに、先ほどゼフィドが水場にいた魔獣を狩ってきたのだ。
彼には狩猟スキルがあるので、こうした食料調達もお手の物だという。
武器も自分で作れるし食料も取れる、本当に冒険者が天職のような男だと思った。
「ありがとう。ゼフィドはアルベルたちともよく野営してたの?」
俺はそれを受けとり、一口噛り付いてみる。
ジューシーな肉の旨味が口いっぱいに広がり、パリッとした皮の香ばしさがたまらない一品だった。
ちなみに、ティアたちは先に馬車の中で休んでおり、しばらくしたら交代することになっている。
「そうだな。まあアルベルも他の二人も野営を好んでするタイプではなかったから、たまにだが」
好んでするタイプはそんなにいないとは思うが、確かにアルベルなんかは野営は嫌いそうだなと勝手なイメージを持った。
むしろゼフィドがどこでも平気過ぎるんじゃないかという気もする。
「僕らも野営は久しぶりだよ。最後にしたのはロングフェローの最後の方だったかな。まだ4人いたころだ」
最後はフレジェトンタへの山道に入る前、レオナと一緒に鍋を囲んだときだろうか。
ほんの1週間程度前の話で、まさかその翌週に違うメンバーで旅をしているとは思わなかった。
「……仲間を失ったと言っていたな」
ゼフィドも肉をかじりながら、ポツリと話す。
寡黙な男だが、彼なりに俺達のことを知ろうとしてくれているのかもしれない。
無口だがコミュニケーションを拒否しているのではなく、必要なことだけを喋るタイプだと予想している。
「まあ、そうだね……」
「仲間の一人は昏睡状態、辛い旅だったな」
「うーん……どうかな」
ついこの前のことだから、正直まだ実感は無い。
それに俺には今明確な目的と目標がある。
辛いかと言われると実はそうでもないのだ。
言い換えると、考えてる暇がない。
「でも、とりあえず急いでミユキさんのところに行かなくちゃとは思ってるよ。モルド達の襲撃もあるし、ティアを一刻も早く聖庁まで送り届けないと」
俺もそうだが、ティアだっていつまで持つかは分からない。
体力で言えば俺とどっこいくらいなのかもしれないが、ティアは旅の指針を決めるのに絶えず頭を使っている。
彼女の気力が途切れるところは想像もつかないが、現状の危険な旅路は早く終わらせなければと若干の焦りもあった。
「新参者の俺が言うことでもないが、焦るな。焦っても馬は速くならない」
「分かってるんだけどどうしてもね」
とはいえ、雑な行動は取り返しのつかない失敗を招く可能性がある。
俺はパチパチと爆ぜる焚火を眺めながら、ミユキのことを思い出していた。
大丈夫だろうか、辛い目に遭っていないだろうか。
そんなことばかりが頭の中を駆け巡る。
「……俺がパーティを組んで冒険者になったのは、国を出たリンドウを追いかけるためだった」
すると、ゼフィドがそんなことを話しはじめた。
もしかすると、俺を元気づけようと思ってくれているのだろうか。
「最初はアイホルンからロングフェローに渡り、あいつに会うまでに3年かかった」
俺はその言葉に聞き入る。
リンドウという許嫁に会うために、ゼフィドはどんな旅を繰り広げたのだろうか。
「だからまあ……なんだ、目の前のことを一つずつやっていけば必ず辿り着く。お前は今それをやってるんだろう?」
「……そうだね」
ゼフィドは言葉少なく、俺を励ましてくれているようだ。
不器用な男の、不器用な優しさが俺は嬉しかった。
「パーティも何度か変わったが、正直ここまで心強いと思えたのはお前たちが初めてだ」
タンク役は、仲間の代わりに敵の攻撃を引きつけ、その隙に仲間が敵を撃破する囮役や盾役でもある。
パーティ内で実力差があると、それだけ敵の攻撃を引きつける時間も長くなりダメージも大きいだろう。
「僕らだっていつもギリギリだよ。魔獣はともかく、ミューズや他の敵はヤバい連中ばかりだ」
「腕が鳴るな」
ゼフィドの表情は変わらなかったが、どこか満足気だった。
本当の意味で背中を預けられる、タンク役としての本領を発揮できる機会を探していたのかもしれない。
「僕もゼフィドや蘭さんがいてくれて心強いよ」
いや本当に。
連日肉体を削っていた中で、頼れる戦力を二人も得られたことは僥倖だった。
物理的にもそうだが、精神的な負荷も大きく軽減された。
ティアを胡蝶蘭が守ってくれれば、俺とゼフィドで敵の相手が余裕を持ってできるからだ。
「……ミユキというのは、どんな仲間だったんだ?」
「え? ミユキさん? それ僕に語らせる? 長いよ? それはもう可愛くてね。僕より年上なんだけど、何というか守ってあげたくなるタイプと言うか。あ、僕より全然強いんだけどね」
「長いのは勘弁してくれ」
俺とゼフィドはしばらく、そんな冗談めかした会話を繰り広げた。
これまで女性ばかりのパーティーで何かと気を使うことも多かったから、正直男のゼフィドがいるのは嬉しい。
そうしているうちに夜は更けていく。
きっとまた遠くないうちに敵との戦いは起こるのだろうが、それでも俺の心と身体は以前よりも軽かった。
―――
メルカディアの街の外れ、使われていない倉庫の中にモルドは戻って来た。
リュシアンをナーヴェスと二人がかりで引きずり、今は倉庫の端に転がって眠っている。
そこでは例によってドラクロワが木箱の上に座りながら何やら手元の端末を操作している。
「え? 負けたの?」
軽い調子でそう言ってくるドラクロワに、モルドは無言で返事をする。
負けたかと言われれば、決着がついていないので微妙なラインだ。
だが、勝負の内容からいけば完敗と言えるだろう。
あのまま向こうが徹底抗戦で決着までなだれ込めばどうなっていたかは分からないが、それでも四刃を全員退けられたことは疑いようのない事実だった。
「ち、違うってエレナ。アタシたちも知らない仲間がいてさ。そいつらが結構ヤバくて」
「あ、言い訳? 別にいいよ責めてないから」
「うぐっ」
ドラクロワはこちらを一瞥もしない。
ミューズ/オーガの情報が送られてきているらしく端末を操作しながら、ドラクロワは終始軽い調子だった。
自分たちが敗北したことにも、毛先ほどの興味もないかのような。
その仕草が、妙にモルドの癇に障った。
「あのフガクという男、やはり我らの想像の埒外だ」
「しかも新たに増えた二人の仲間。一人はAランク冒険者のゼフィドという男のようですねぇ。もう一人の女は知りませんがね」
「想像していなかった。思った以上だった。知らなかった……うんうん、分かるよ」
「!」
ドラクロワの翡翠の瞳はこちらを見ない。
煩わしそうな気配すら感じられた。
だが、その声のトーンは寒々しいほど淡々としていて、場の空気を凍り付かせる。
「ただ君達さあ、そもそも戦いってそういうもんだよね。事前情報で相手のこと100パー分かるんだったら誰も苦労しないよ? 君ら何年魔人やってんの」
「……返す言葉もない」
モルドは静かに、だが殺意を込めてそう言った。
ドラクロワへの殺意ではない。
自分たち全員をコケにするかのように圧倒したフガクとセレスティアに対してだ。
「別にいいよ、君達には大して期待してないし。聞いてる感じだと、フガク君なんかはボクでも正面からぶつかれば怪しい」
ドラクロワの言葉には、失望の色すら無かった。
始めから期待などない。
「できそうならやっといて」とでも言うかのような気軽ささえある。
モルドは静かに拳を握った。
「本命はオーガちゃんだし、今回はその実験も兼ねてる。でもフガク君を削ることもできなかったんだねー」
「わ、悪かったよエレナ! 次は絶対仕留めるからさ!」
ドラクロワの声色に、ファルザも少し焦ったように弁明する。
モルドは何も言わなかった。
敗北は事実であり、何を言われても言い訳のしようもない。
力を誇示する魔人部隊である四刃が、正面からの戦いで負けたのだ。
「次?」
ファルザの言葉に、ドラクロワは初めてこちらを見た。
翡翠色に輝く瞳が、ジッとファルザを見据え、彼女は借りて来た猫のように大人しくなった。
「次があるなんて幸せなことだね。魔人の実験部隊である君たちが負けるようなことがあれば……そうだね、魔人なんていらないって思われちゃうかもね」
ドラクロワは口元に空々しいほどの無感情な笑みを浮かべた。
彼は、自分たちがどんな結果を出しても、本当にどちらでもいいのだろう。
ただ四刃の敗北は、魔人部隊そのものの存在意義を問うことになる。
モルドの胃の奥が、焼けつくように痛んだ。
そして、もはや自分たちには後が無いことをようやく悟ったのだった。




