第243話 セイントロード①
「はーい。それじゃうちのパーティの雇用条件と目的地を説明しまーす」
馬車の荷台の中。
ティアが胡蝶蘭とゼフィドを前に、これからのことや報酬などについて説明を行っている。
綺麗に背筋を伸ばして正座する胡蝶蘭は小さく拍手をしており、ゼフィドはあぐらをかいて特に微動だにせずティアを見据えていた。
俺はそれを御者台に座りながら聞いている。
「報酬は出来高というか、聖庁に着いたら国から出ます。金額は向こう次第だけど、10万ゼレルは固いと思っていいわ。というかそのくらいは私が交渉で勝ち取ります」
10万ゼレルというと200万から300万円くらいだ。
命がかかっていて、かつ期間はさほど長くないと思うと、妥当なのだろうか。
いや、冒険者のクエスト報酬で10万ゼレルも出ることはまずない。
ティアの巫女代理という立場を鑑みても、破格の報酬と言えるだろう。
「路銀は私持ちで、途中受けたクエストの報酬は半分をパーティ共通の財布に。残り半分をメンバーで均等に分割します」
あれ?俺は報酬の説明なんか聞いたことないけど、ちゃんと出るのかな?
まあ冒険開始時にティアにかなり色々買ってもらったり、お小遣いまでもらっていたりしたので別にどっちでもいいが。
今は食っていくのに困らないくらいの金はあるし。
住処も用意してくれるという話なので、あまり期待しないでおこう。
「あ、説明忘れてたけどフガクもちゃんと出るからね」
出るようだ。しかも忘れてたって。
たまに心を読まれてるんじゃないかと思うくらい鋭い洞察力を見せるときがあるので、若干怖い。
それか俺がよっぽど分かりやすいかだ。
あまり報酬とかを意識したことがなかったが、ティアはその辺りもきっちりしていた。
「随分と美味い仕事だな。要人の護衛でもせいぜい2万ゼレル出ればいい方だぞ」
冷静にゼフィドが問いかける。
単純な金額の多寡で一喜一憂しないところからも、彼が冒険者としてベテランだというのが窺えた。
「そうね。当然その分リスクはある。もう分かってると思うけど、私やフガクは刺客に追われてる。普通に死ぬ危険があると考えて」
"死の危険"という言葉に、わずかに馬車内の空気が張り詰めた。
たが、ゼフィドはもちろん胡蝶蘭もおそらく修羅場を経験したことのある猛者だ。
そもそも死の危険自体は彼らにとって常に隣り合わせのものだったのだろう。
特に狼狽えたりする様子も無かった。
「ティアさん、その刺客に彼女も……?」
胡蝶蘭が、荷台の端で眠り続けるレオナを見やる。
ティアは頷く。
「現場を見たわけじゃないけど、恐らくそう。彼女、レオナをプロスペリタスで騎士団に引き渡すのがまず最初の目的だよ」
「その後は?」
「皇都でシグフリード第一王子に旅の報告をする」
そこでついにこれまで話に出ていたシグフリード王子と会うことになるのか。
声だけ会話したことのあるシゼルという女性にも会えるはずだ。
「ざっと見積もって皇都まで1週間弱といったところか」
「話が早くて助かるよ。ちなみに私とフガクはウィルブロードに入って4日目。刺客にはほぼ毎日襲われてる」
”毎日”というところで、ゼフィドと胡蝶蘭の視線が俺に向く。
服から覗く皮膚が傷だらけなのに気づいたのだろう。
若干引き気味の視線を感じた。
「お前たちは何者だ。ウィルブロードの国から報酬が出るなら悪人ということはないだろうが」
「それはどうかな。善悪はあなた達が判断して。これはあくまで私の個人的な復讐の旅だから」
「復讐?」
そこからは、俺たちの旅の経緯をかいつまんで話した。
ティアがガウディスとイオという二人の人物を殺すための旅をしていること。
旅の途中でミューズという元人間の怪物を討伐していること。
そして、その中でミユキという仲間を失ったいきさつなどだ。
俺たちの命がけの旅の経緯を聞き、さすがのゼフィドも眉をひそめた。
胡蝶蘭などは唖然として言葉もないといった具合だった。
俺はこの旅しか基準がないからよく分からなかったが、何度も死にかけている俺達の旅はやはり異世界にあっても過酷なもののようだ。
「私からはこれくらいかな。はい、何か気になることがあればどうぞ。後顧の憂いなく、お互いが気持ちよく旅ができるようにしましょう」
状況によっては死が全速力で迫ってくるような旅だ。
後顧の憂いも何も無いと思うが、ティアは「後から文句言わないでね」とでも言うかのようだった。
ティアに話を振られ、ゼフィドと胡蝶蘭は顏を見合わせる。
「概ね問題ない。少し話は逸れるが、ティア、お前は『リンドウ』という女を知っているか? 皇都で衛生兵、軍属の看護師をやっている」
「リンドウ……いえ、さすがに一人一人の名前までは分からないな。軍医が2年くらい前に新しくなったのは知ってるけど。なんで?」
「いや、大したことでは無いんだが、俺の昔馴染みで……許嫁ということになっている。知り合いならそのレオナという少女を任せられると思っただけだ」
「許嫁ぇっ!?」
思わず俺は御者台から素っ頓狂な声をあげた。
モテそうな男だとは思っていたが、まさか婚約者がいるとは。
まあ男女のパーティで変な恋愛問題に発展し無さそうなのは安心感があるが。
「そんなに驚くことか?」
「ごめんつい」
「ゼフィド、あなたの出身は?」
「俺はアイホルン北部の出身だ。リンドウは族長の娘で、俺がガキの頃からそう決められていた」
人には色々な人生があるのだなと思った。
そのリンドウという女性と皇都で出会うこともあるかもしれない。
「そうなんだ。じゃあ皇都についたら一緒にいるの?」
「どうだろうな。俺も奴も、そういうのが面倒だから国を出て今も婚姻を結んでいないからな」
どちらにせよ、ゼフィドにも皇都に行く目的があるということだ。
何だかんだで俺たちの道筋が少しずつ重なっていく。
「蘭さんは? 何か気になることは無い?」
ティアが、黙って穏やかな表情で話を聞いていた胡蝶蘭に視線を移す。
おっとりとした彼女は、この旅が命がけになることを怖がってやしないかと少し心配だった。
だが、特段そんな素振りを見せていない。
逆になんでそんな平気な顔をしているのか。
その事実が、かえって彼女が何者なのか強烈に俺の興味を引いた。
「そうですね……拙はこうした冒険の旅自体が初めてなので、正直皆さんの足手まといになるのではないかと少し心配です。拙には人を斬ることしかできませんから……」
それが怖いんだって。
むしろそのトーンで「人なら斬れますよ?」と言ってくるのがヤバい。
俺は胡蝶蘭を怒らせないようにしようとひそかに心に決めた。
ミユキもそうだったが、普段温厚な人ほど怒らせると怖いって言うし。
「大丈夫だよ、フガクも3ヶ月前くらいまで全然素人だったからすぐ慣れるよ。戦力として当てになるってだけでも十分助かるから」
「そうですか。がんばります……!」
ぐっと拳を握る仕草が可愛くて癒される。
「そういえば、ゼフィドは蘭さんの刀を直せるって言ってたっけ?」
俺は先ほどゼフィドが言っていたことを思い出した。
胡蝶蘭が刀を取り戻せば、より強力な戦力となる可能性がある。
刀自体も大切なもののようだし、何とか取り戻してあげたいが。
「直すというか、打ち直しだな。鍛冶場があればどうにかなると思うが」
「直すのにどのくらいかかるの?」
ゼフィドの言葉に、ティアが質問を投げかける。
確かに、刀なんて数時間でできるようなものではないだろう。
胡蝶蘭も期待を籠った目でゼフィドを見る。
「……正直、どんなに作業を簡略化して刀の形をした刃物を作るだけでも3日は欲しい。蘭の場合は鞘も重要だろう。納得のいくものを造るなら最低10日だな」
最短3日か。
さすがに急ぐ身である俺達が、同じ場所に3日も留まるわけにもいかない。
またモルド達が襲ってこないとも限らないし。
俺とティアの微妙な空気を察したのか、胡蝶蘭も慌てて顔の前で両手を振った。
「い、いえ拙は急いでおりません! とりあえず代わりの刀があればもう少しお役に立てるので……」
「まあ今は無理か……皇都に着いてからだね」
「そうだな。適当なものを造るより、俺もその方がいいと思う」
「ごめんね蘭さん」
「いえそんな……! 拙のためにそこまで考えていただけるなんて、むしろ嬉しいくらいです」
胡蝶蘭は感激している様子だった。
素直な人だなと俺は好感を抱く。
物腰も丁寧で、本当にニライカナイのお姫様とかじゃないだろうな?
「代わりと言ってはなんだけど、このまま街道を進むと『アウリフェリア』っていう町がある。そこなら刀があるかもしれない」
「どういうこと?」
俺は言いながら、アウリフェリアの名前に聞き覚えがあることを思い出した。
それは魔王の記憶の中で、聖女アウラが生まれた町であり、人と魔族の交流の祭として『光龍祭』が行われた場所だ。
現代にもその町が残っていると知り、少し感慨深さを感じる。
「アウリフェリアは聖女アウラを祀る奉納殿がある。儀礼用の刀剣類を多く造る鍛冶の町でもあるの」
「確かに、アウリフェリアなら胡蝶蘭の言う刀もあるかもしれんな。だが、そんな宝刀を持ち出せるのか?」
ゼフィドの疑問ももっともだ。
国に納められた刀を勝手に持っていくことなんてできないだろう。
しかし、ティアはニヤリと口元に笑みを浮かべてドヤ顔を見せた。
ああそうか。だって彼女は……。
「私はウィルブロードの巫女代理なんですけど?」
確かにそうだ。
巫女代理にどのくらいの権限があるのか知らないが、ティアがそこまで自信たっぷりに言うなら可能なのだろう。
「じゃあアウリフェリアが次の目的地だね」
「そういうこと」
というわけで、俺たちの最初の目的地が決まった。
街道を進むだけではあるが、まる1日もあれば着くとのこと。
のどかに流れていく草原の風を感じながら、馬車を進める俺。
そんな呑気な俺の頭をどつくかのような言葉が、ティアから飛んでくる。
「ちなみにフガクの銀鈴もそこから持ってきたやつだから」
俺は「ん?」と思った。
国宝みたいなものだからと言われていた銀鈴が、モノホンの国宝だったことを今知らされたのだ。
これまで散々酷使してきたけど怒られたりしないよな?と急に腰の刃が重く感じられたのだった。
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