第242話 新たなる仲間②
湿った空気が肺にまとわりつき、松明の煙が視界を曇らせる。
薄暗い洞窟内に、戦いの音が木霊していた。
「アルベル! そっち行ったよ!」
「分かってる!」
アルベルはマユ、シュライヤの2人と共に、メルカディア東の洞窟へとアタックかけた。
本来はゼフィドと4人で攻略を進める予定だったが、彼を追放したので今は3人だ。
彼を追放したその足でここへ向かった。
現在はダンジョン入口すぐのところで、既に魔獣に襲われ苦戦を強いられていた。
マユのダガーによる攻撃を潜り抜け、アルベルに迫る巨大な蜂のような魔獣キラービー。
アルベルは街で購入した剣を振るうが、重いうえに切れ味も悪くて使い勝手は最悪だった。
(くそ……! ゼフィドの野郎!!)
アルベルは、心の中でゼフィドに悪態をつく。
同時に、装備まで突き返すんじゃなかったと密かに後悔した。
奴がその手で打った刀剣は、店売りの汎用品と比べても遥かに質が高いうえ、持ち主に合わせて独自のカスタマイズを行っていた。
比較的小柄で、筋骨隆々としたゼフィドに比べても貧弱なアルベルが扱いやすいよう、軽量化と徹底した切れ味重視の剣になっていたのだ。
「シュライヤ何やってる! さっさとこいつを落とせ!!」
「だったらもう少し引き付けてよ!!」
2匹目のキラービーが襲い掛かってくるが、体力も満タンといった具合で動きが素早い。
アルベルの剣筋ではまるで捉えられなかった。
おまけに薄暗く天井も低い洞窟内では、剣をまともに振るうことすら困難だ。
イラつき、後衛で弓を構えるシュライヤに叫びかけると、彼女もイラッとした様子で言い返してきた。
(お前たちはゼフィドの武器を使ってるだろ……!)
奴に武具を突き返したのは自分だけだ。
だったらさっさとこのくらい仕留めろよと思ったが、そうはいかない。
その理由も薄々勘づいていた。
「しっかりしろアルベル! ……くそ、ゼフィドさえいれば……!」
マユがカバーに入ってくれたので、どうにか攻撃を食らうのは避けられたアルベル。
キラービーの針に刺されれば、物理ダメージは元より毒も食らうことになるだろう。
だが、アルベルはマユの発言にさらに頭に血を上らせた。
(どいつもこいつもゼフィドゼフィド……!! あいつと僕の何が違うってんだ!)
ゼフィドとは何年か前、ウィルブロード中部の街でたまたまクエストが被って知り合った。
そのままパーティに誘い、今に至る。
寡黙でタンク役として敵を引き付ける職人のような男で、自尊心の強いアルベルは自分の引き立て役として最適な男だと思ったのだ。
文句ひとつ言わず最前線で敵の攻撃を受け止め、とどめは背後の仲間たちに任せる。
言い方を変えれば、”一番美味しいところを都合よく提供してくれる男”だった。
ゼフィドがいると、笑えるくらいにクエスト攻略が上手くいった。
ダンジョン攻略を中心にクエストを受託していたアルベルだが、国からの依頼などにも応えたこともあり、街の人間や兵たちから感謝されるのは気分も良かった。
美女二人組の冒険者だったマユとシュライヤを誘ったのもその頃だ。
だが、彼女らが入ったころから、いや、自分たちのランクがBランクになったころからだろうか。
街やギルドでゼフィドの話を人づてに聞くことが増えた。
「アルベル、今度でかいクエストがあるんだ。ゼフィドを貸してくれないか?」
「アルベルさん。ゼフィドさんにお礼言っておいて。直してもらった盾の調子がすごくいいんだ」
そんな風に、いつしかパーティの中心はゼフィドになっていった。
イライラが募っていったアルベルは、ゼフィドを酷使するように難しいクエストを次々に受注していった。
だがそれでも奴は顔色一つ変えず、生傷の絶えない最前線に一人果敢に突っ込んでいく。
それが自分の使命だとでも言うかのように。
結果自分たちは、いつの間にかAランク冒険者も目前のベテランになっている。
仲間たちの目には、ゼフィドが一人突っ走ったように映っていたのだろう。
だが現実は、ゼフィドだけがクエストのレベルに合っており、自分たちはその後ろを恐る恐る着いていっただけだ。
(……僕だって……やればできるんだよ!)
アルベルはパーティを組んだときから、シュライヤに想いを寄せていた。
だが、ある日彼女にこっそりこう言われたことがある
「アルベル……ゼフィドって恋人とかいるのかな? 男同士だし付き合い長いんでしょ? 何か知らない?」
頬を赤らめながらそう訊かれたとき愕然となった。
もう誰も自分のことなんか見てやしない。
ここは自分のパーティではなく、ゼフィドのパーティなんだということを嫌というほど知らしめられた。
マユはマユでクエストの準備をゼフィドと二人で相談するようになっているし、アルベルの中には疎外感も生まれた。
実力差のあるパーティには、メンバー間で格差が生まれることが痛いほど分かった。
「アルベル!! ボーッとすんな!」
「ッ!!」
マユの声にハッとなる。
気が付くと、巨大な蛇の魔獣が勢いよく突っ込んできた。
「くそっ!!」
慌てて盾で受けるが、取り回しのしやすさはゼフィドが作ったものと比にならない。
かろうじて牙で噛みつかれることは避けられたが、アルベルは吹っ飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられた。
「アルベル!!」
シュライヤが弓を引き絞り蛇の魔獣へ向けて矢を放つが、外れてアルベルの顔の横の壁に突き刺さった。
「ぼ、僕を殺す気かへたくそ!」
「なんですって……!」
「喧嘩してる場合か!」
魔獣を後ろからマユが切り伏せ、どうにか助かったが。
そのとき見えた光景にアルベルは戦慄した。
マユの後ろから、さらに2匹の蛇の魔獣が現れたのだ。
「しまっ……!?」
マユは咄嗟に顔を腕で庇う。
アルベルは仲間を守ろうと立ち上がるが、間に合わない。
その瞬間だった。
バチッ! ザシュッ!
雷のような音と、何かを切り捨てる音が聞こえた。
「へ……?」
呆けた声を出すアルベル。
マユやシュライヤも唖然としている。
そこには、二人の男が立っていた。
一人はよく知らない白黒頭の女か男か分からないやつだった。
足元には細かく刻まれた魔獣が転がっている。
そしてもう一人は。
「ゼフィド!」
マユとシュライヤの嬉しそうな顔が無性に腹立たしかった。
魔獣の身体を力任せに真っ二つにして、相変わらず愛想のかけらもない顔でこちらを見下ろしている。
「ありがとうゼフィド! 追いかけてきてくれたんだね!」
マユがゼフィドに礼を言っている。
やめろ、そんな奴に礼をいうな。
自分だって助けようとしたんだぞと、アルベルは悔しさを滲ませた。
「ゼフィド……やっぱり私たち、あんたがいないと……」
シュライヤは完全に女の顔になっている。
やめろやめろ。
そいつはもう無関係な部外者だ。
助けてもらったことに礼くらいは言ってもいいが、それで終わりの関係のはずだ。
「何しに来た……」
アルベルは不機嫌な声色でゼフィドを睨みつける。
「……忘れもんだ、アルベル」
ガチャガチャと、足元に転がされる鎧と盾、そして突き返したはずの剣。
アルベルはギリリと歯噛みした。
「何のつもりだ?」
「言っただろう。死ぬかもしれんと」
ゼフィドの声には、責める色は一切なかった。
だがそれ自体が、アルベルにとっては苦痛だった。
「自分の作ったもんによっぽど自信があるらしいな」
嫌みの一つも飛ばしたくなる。
一応店売りの武具は装備しているのだ。
冒険者としてやってやれない装備ではない。
だがゼフィドは、それが当たり前かのように頷く。
「当然だ。それくらいでなくては、仲間の命がかかった武具など渡せん」
「ゼフィド……」
マユが感動したように呟く。
まただ。
こうした何でもないことのように自分の成果を出してくるところが、無性に気に食わなかったのだ。
「いらん、持って帰れ」
「断る」
「お前っ!」
アルベルはゼフィドに掴みかかろうとするが、やめた。
どうせ力じゃ叶わないし、何を言ったって動じないのだ。
言うだけ無駄だ。
「さっさと帰れ」
「ああ。用件は済んだからな」
ゼフィドは踵を返してその場を去ろうとする。
こういうところも嫌いだった。
クールで職人ぶっているところが、周囲から一目置かれて女にもモテるのだ。
これじゃまるで、自分が小物みたいじゃないかと。
「ま、待ってよゼフィド」
「そうだよ。礼くらい言わせてくれ。そちらさんは?」
シュライヤがゼフィドの腕にしがみつく。
マユは、ゼフィドの後ろで存在感を消していた白黒頭に視線をやった。
「あ、僕は彼の手伝いなので、お構いなく」
あっけらかんと言っているが、こいつも結構ヤバいと思った。
何なら、ゼフィド以上に魔獣を細切れに刻んでいる。
何者なのだろう。
「ねえゼフィド。戻ってきてよ」
「なっ!」
シュライヤが勝手にそんなことを言っていた。
奴はシュライヤをジッと見据え、すぐにこちらを見る。
絶対お断りだと視線で答えてやった。
「……」
ゼフィドは隣の白黒頭の方に視線をやる。
彼はどうぞお好きにとでも言うかのように、両手をゼフィドに差し出していた。
なんなんだこいつ。
「……私たち、やっぱりゼフィドがいないとダメだよ。あんたが敵を引き付けてくれたから、私たちは戦えてたんだってわかった」
「そうだね。不甲斐ないけど、あんたの力が私らには……」
「悪いな」
ゼフィドはマユの言葉を遮り、そう言った。
シュライヤは息を呑む。
「俺はもう新しいパーティを決めてしまった。それを裏切ることはできない」
そう言って、ゼフィドはしがみついたシュライヤの手をそっと振り払った。
彼女は何かを察したらしく、隣にいた白黒頭を睨みつけている。
「そ、そこを何とか」
「やめなよシュライヤ。分かった、追放しちまったんだ、あんたの自由だよな。またどこかで一緒にクエスト行こう。今までありがとな」
「ああ」
「あ、ありがとう……!」
最後にはシュライヤもゼフィドの手を取り礼を言った。
そして、ゼフィドは踵を返して洞窟の入り口の方へと歩き出す。
白黒頭もそれに続いたが、「いいの?」と言いたげにこちらとゼフィド交互に見ている。
「ゼフィド!!」
アルベルはゼフィドが持ってきた武具を捨てるのも面倒くさいと思い、とりあえずそれを拾いあげる。
そして奴の背中に向かって捨て台詞を吐いた。
「いつか見てろ! お前よりすごい冒険者になってやるからな!」
マユが苦笑し、シュライヤがため息をついているのが癪に障る。
だが、これくらい言ってやっても罰は当たらないだろう。
どうせ会うのは最後なのだから。
ピタリと足を止めたゼフィドがこちらを振り返る。
これまでの恨みとかで殴られたりしないだろうなと、アルベルは一瞬たじろいだ。
「アルベル。俺も驕っていたかもしれん」
「は?」
だが、口元にわずかに笑みを滲ませた奴の表情に、アルベルは呆けた声を出した。
「……世界には、俺より強い奴なんていくらでもいるぞ」
奴の目は、何故か隣の白黒頭を見ていた。
そしてそのまま白黒頭を連れてゼフィドは去って行く。
何を言われたのかはよく分からないが、アルベルは思わずそれを鼻で笑ってしまった。
「当たり前だろ」
そしてゼフィドの背中は見えなくなる。
奴はきっと、自分たちより先に遥か高みへ向けて歩き出したのかもしれない。
あの白黒頭がその一端なのかもしれないが、アルベルにとってはどうでもいいことだった。
だが、ゼフィドの最後の言葉だけは、忘れずに胸に留めておこうと思った。
アルベルは、ゼフィドが持ってきた装備を拾い上げて身に着け始めた。
<TIPS>




