第239話 反撃の狼煙①
ゼフィドは、路の両端から近づいてくる刺客たちを察知したときの、このフガクという男の雰囲気の変わりように驚いた。
声をかけられたときは、少年か少女か分からないような呑気な表情で、正直大丈夫か?と思った。
まるで道端の少年が昼寝の起き掛けに声をかけてきたような――そんな気の抜けた顔をしていた。
腰に帯剣しているので冒険者などではあるのだろうが、とても強大な魔獣と戦えるとは思えないほど普通の男だ。
だが。
「ゼフィドさん、巻き込んでごめん。アレだったら適当に隠れてて」
正気で言っているのか?と思った
自分で言うのも何だが、体格で言えば自分の方が遥かに大きい。
それよりも一周り以上も線の細い男が、"守ってやるから隠れてろ"と言っている。
ゼフィドは、自然と口元に笑みを滲ませた。
「左の帯剣している方は引き受ける。それから俺のことは”ゼフィド”でいい」
ゼフィドは、パーティでの戦いではいつも自分が先頭に立って敵の攻撃を引きつけ、その隙に他のメンバーが各個撃破していくという戦術を取っていた。
だからこそ新鮮だった。
この男は、自分と肩を並べるどころか、先導して戦うと言っているのだから。
「助かるよ!」
そしてフガクの敵を見据える目の鋭さに、ゼフィドはさらに驚かされる。
自分の10年近くに渡る冒険者人生で培った勘が告げている。
この男は、数多の修羅場で死線を潜って来た戦士だと。
背筋が自然と粟立つ。
筋肉が戦闘の記憶を思い出したように熱を帯びた。
そしてバヂッ!と、弾け飛ぶようにしてフガクが髑髏の面を被った刺客の元へと駆けていく。
何らかのスキルなのだろうが、閃光のように駆け抜けていく姿は完全には目視できないほどの速度だった。
あれなら心配はないだろう。
ゼフィドは背中に憂いの無い戦いをするのは、本当に久しぶりだった。
「んんん!? あなた初めて見る顔ですねぇ。フガク君のお仲間ですか?」
「!」
いつの間にか肉薄していた、剣を持った仮面の男にゼフィドは驚く。
速い。
これまで戦っていた魔獣と比べても、遥かに強いと感じた。
「ワタクシはナーヴェス。他人だったら申し訳ない。とりあえず斬り捨て御免!」
一瞬にして腰を落とし、剣を抜くナーヴェスと名乗った刺客。
ゼフィドは久方ぶりのヒリつくような死の感覚に、咄嗟に足元にあった盾を足で蹴り上げて手に持つ。
そして。
ギンッ!!という音と共にナーヴェスの剣を受け止めた。
剣と盾がぶつかり石畳に火花が散る。
突如始まった真剣での殺し合いに、街の人々の悲鳴が遠ざかっていく。
フガクは一体、どれだけの間こんな殺し合いの旅路を歩いてきたのだろうか。
そんなことを考えながら、ゼフィドはその巨木の如き足でナーヴェスに前蹴りを繰り出した。
「お? 結構やるようですねえ」
ナーヴェスはそれを受けつつも背後に跳んでダメージを抑えている。
どうやら相手にとって不足は無い。
ゼフィドは眼前に盾を構えながら、本気で挑まねば自分が死ぬことを自覚した。
―――
突如始まった戦闘に逃げ惑う群衆。パン屋の籠が転がり、遠くで馬が嘶く。
人の悲鳴が潮騒のように遠ざかり、冒険者たちも何事かと遠巻きに俺たちを見守っている。
俺はナーヴェスの刃を盾で受け止めるゼフィドを見て、任せられるかもしれないと思った。
一切慌てふためくことなく、奴と対峙し反撃までしていたのを横目に見て、俺は目の前の相手に集中する。
―――――――――――――――
▼NAME▼
モルド
▼AGE▼
38
▼SKILL▼
・魔人の肉体 A
・短剣術 A
・格闘 A
・暗殺 A
・身軽な肉体 A
―――――――――――――――
奴に肉薄する寸前に発動した『魔王の瞳』。
オーソドックスながら高レベルのスキル群。
その雰囲気からも達人の気配が伺える。
俺はレオナとアルカンフェルの中間のような能力を持つ相手だと判断し、奴の首筋に剣を薙ぐ。
「ふむ、実際に見ると確かにこの敏捷性は脅威だな」
低く掠れた声。
まるで地の底から響くようだった。
ガギンッ!
俺の銀鈴を短剣で受け止めたモルドという男。
すぐに身を屈め、俺のボディに拳を打ち込んでくる。
「魔人は随分と大安売りしているんだな!」
俺は背後に向けて雷鳴と共に飛んで交わす。
しかしモルドはその動きを読んでいたかのようにピッタリとくっついてきた。
「……だが戦いは素人だな」
「!?」
奴が薙ぎ払った刃が、俺の鼻の上を掠めた。
視界の中で血液が丸く浮かび弾けていくのがスローモーションで見える。
その奥にいる髑髏のような仮面の奥からは、冷徹な殺意の視線が見えていた。
「悪かったな! 名前くらい名乗れ!」
バヂッ!と弾ける閃光と共に俺はモルドの横腹を切り裂きながら疾走するが、それも奴の短刀によって受けられた。
こいつ、ナーヴェスやファルザよりも迅く、強い……!
「よかろう。我はモルド。四刃が筆頭にして人を超えし者だ」
距離を取って対峙すると、モルドは自ら名乗ってくれた。
四刃。ナーヴェスやファルザもそうだとすると、あと一人いるということだろうか。
あるいは、それが俺たちに刺客を差し向けている者?
いずれにせよそれだけでは大したことは分からない。
「ご丁寧にどうも! 僕は……」
ザッ!と、一瞬にしてモルドの懐に入り込む。
戦いの素人で悪かったな。
こちとら異世界に呼ばれてから必死で我流でやってるもんでね。
誰か戦い方とやらを懇切丁寧に教えて欲しいものだ。
「フガクだ!」
「ふっ! 無駄……むっ!?」
腕に纏わせた雷が、閃くように弾ける。
奴の見立てよりも遥かに早く、銀鈴が奴の首を胴体から切り離そうと加速する。
それをモルドはギリギリのけ反り、刃で逸らしてかわすが、奴の胸元には真一文字に深々と傷が刻まれた。
「いい加減しつこいなお前ら。言っとくが、僕の消耗を期待しているなら無駄だぞ。お前らを全員斬って行く余裕くらい、まだ全然あるからな」
俺は胸元から流れる赤い血を抑えるモルドを見据える。
いや、俺ももちろん激しく消耗しているが、そう悟られるのはうまくない。
だから俺は、余裕と嘯きこいつらにさっさとお帰り願うことにした。
―――
ティアは、胡蝶蘭が驚異的な速さで剣を引き抜いたことに驚いた。
しかも彼女が腰から下げている漆塗りの鞘ではなく、ティアの腰にある剣を抜刀したのだ。
鮮やかなまでの抜刀に、ティアは一瞬思考が空白となった。
「なんだ。お前……?」
ファルザの声色が低くなり、胡蝶蘭を睨みつけている。
そして当の胡蝶蘭はと言えば、相変わらずの伏し目で、だが涼やかな殺気を放ちながらティアに問いかけた。
「ティアさん……拙にご指示を」
先ほどまでのほほんとご飯を食べていた異国の女性が、今は修羅のごとき雰囲気を放っている。
空気がピンと張り詰めている。
ファルザもそれを分かっているからこそ、刃を合わせたまま動かないのだろう。
「逃げろ!!」
「早く衛兵を呼べ!?」
胡蝶蘭とファルザの剣戟の音に、周囲の客たちが驚き椅子を弾け飛ばすようにして距離を開ける。
店を飛び出して出ていく者もいれば、その場に蹲る者もいた。
その騒ぎにようやくハッとなったティアは、咄嗟に2階にいるレオナを守らなければと思った。
「蘭さん! 斬って良し! 1分持ちこたえて! 馬車で逃げる!」
思考が動き出してからのティアは速い。
胡蝶蘭にそう告げて、返事を待たずにダイナーの2階の部屋へと駆けていく。
彼女を完全に信じきったわけではないが、あの速度での抜刀、覚悟の決まりきった佇まい。
十分やれると思った。
「承りました。ティアさん、鞘を」
胡蝶蘭がこちらに向けて片手を伸ばす。
意図は分からなかったが、ティアは腰にぶら下げたままの鞘を、すぐに取り外して胡蝶蘭に投げ渡す。
それはティアにとっては大事な剣であったが、託すだけの価値のある人物だと踏んだ。
「へぇ、アタシとやるって!? バッカじゃない!?」
ファルザは店内のテーブルを蹴り倒しながら距離を取る。
ティアは階下で、剣を鞘に納めて腰を低く落とした胡蝶蘭を見た。
そして。
「じゃあぶっ殺してアゲル!!」
甲高い声を上げながら胡蝶蘭に向けてファルザが突進したのを横目に見ながら、ティアは部屋に入りレオナを背負う。
そして再び部屋から飛び出ると、階下に向けて猛ダッシュした。
「蘭さん! 一緒に来る!?」
ティアは胡蝶蘭とファルザの攻防を見逃したが、暗器の射出を刃で全て弾き落したのだということは、状況を見てすぐに分かった。
「是非に……!」
胡蝶蘭は口元に静かな笑みを浮かべた。
上品なその仕草に、ティアも小さく笑みを返す。
「逃がすかよ……!!」
ファルザがティアに向けて手をかざし、暗器を射出しようとする寸前。
「斬ります。お覚悟を……」
低く身を屈めた胡蝶蘭が、背中からファルザの懐に入り込んだ。
「なっ……!?」
あまりの超接近戦に、ファルザも思わず怯む。
そこから一体、何ができると言うのか。
だが、胡蝶蘭は足をさらに一歩前に出し、完全に背中をファルザに着けた状態で剣を引き抜く。
「チッ!」
ファルザは瞬間的に後ろに跳ぼうとしたが、まるで間に合わなかった。
ティアが瞬きをした瞬間には、ファルザを脇腹から肩口まで逆袈裟に斬る胡蝶蘭がいた。
一寸遅れて空気が裂け、耳の奥で風鳴りが聞こえた。
「グッぁあ……!」
もはやティアの目では目視すらできない抜刀の速さ。
ファルザは店の壁まで吹っ飛び、壁際の棚に並んでいた本を頭から被っていた。
「いくよ!」
何をしたのか、何で自分の刀を使わないのか、そもそも何者なのか。
胡蝶蘭に訊きたいことは山ほどあるが、その全てを後回しにしてでも、彼女は得難い人材だと思えた。
ティアの後を涼しい顔で着いてくる彼女をチラリと振り返る。
少し、勝ちの目が出て来たと感じられた。
ティアはレオナを馬車の荷台に放り込み、胡蝶蘭もそこに飛び乗ったことを確認して馬車を出す。
フガクはギルドの辺りにいるはずだ。
彼を回収し、このまま街を出てしまおう。
ティアはほぼ確実にフガクの元へも刺客が送られているだろうと予測しつつも、胸の中に微かな高揚があることを感じるのだった。




