第238話 追放者たち③
「断る」
俺の誘いに対するゼフィドの返答は上記の通りだ。
すげなく断られる俺だが、当然想定はしていた。
俺だって逆の立場だったら「誰お前?」となるような誘い方だったし。
ただ、普通は「お前は誰だ?」とか「何で?」とか、一旦そういう聞き方になると思うのだが。
「え、えーっと……僕たちは聖庁まで行かないといけなくてですね……」
想定内だったとはいえ、これっぽっちも取り付く島すらない返答だったので若干焦る俺。
せめて話だけでも聞いてほしい。
「今断ったはずだが」
「なんで!?」
俺は涙目で詰め寄った。
俺がこんな厚かましい行動に出るなんて中々無いことだぞ。
頼むからちょっとくらい話をしてくれと思った。
「こっちの台詞だ。誰だお前は。何故お前と行かねばならない」
立て続けに訊かれたが、ようやく会話になりそうだったので少し安心する俺。
俺も真面目なトーンでゼフィドに答えを返す。
「申し遅れてすみません。僕はフガク。Bランク冒険者です。聖庁まで仲間を連れて行かなくちゃいけないんですが、戦力が欲しくて。ぜひゼフィドさんにご協力をいただけないかと。あ、もちろん報酬は出ますので!」
早口でひと通り言っておく。
報酬はティアかウィルブロードの王室が出してくれるはずだ。きっと多分。
出なかったら俺が自腹を切るしかない。
大丈夫、俺はこれまでのクエストで結構金がある。
Bランク冒険者を雇うのにどれくらいの報酬が相場なのかは知らんけど。
「戦力?」
ピクリと、ゼフィドは少し興味を持ったようだった。
彼は前線で自作の武器を試したり、自ら最前線でタンク役を引き受けるような猛者だということは知っている。
戦力として乞われること自体を悪く思うような人ではないはずだ。
ゼフィドの言葉に、俺はすぐに頷く。
「はい。実は仲間はウィルブロードの要人なんですが、刺客に追われていて、どうしても強い護衛が必要なんです」
「誰に追われている」
「……それは、仲間になってくれたら教えます」
ティアの素性を俺が勝手に教えるわけにはいかない。
せめて仲間になってから詳しく説明するのが筋だろう。
俺の返答に、ゼフィドは特に不快感を示すこともなく頷いた。
「悪いが他を当たってくれ」
「……え?」
ちょっと考えてくれる素振りを見せたのに、返答は残念なものだった。
俺は肩を落とすが、彼の表情は変わらない。
さすがに難しそうな気配を感じながらも、俺はもう一度だけダメ元の交渉をしてみることにする。
「どうしてですか? パーティを追放されてたし……」
失礼かと思ったが、正直なところを話してみる。
「あんたは今フリーだと知っているぞ」ということを示すためでもある。
ゼフィドは俺の言葉を気にする素振りも無く、足元に置いている武具に視線を送った。
「俺の仲間たちがこの近くにある森のダンジョンに挑む。だが俺の作った武具はいらんと突き返してきた」
アルベルが剣を突き返す光景は見ていたから知っている。
道具に罪は無いし、持って行けばいいのにと俺も思った。
「あいつらでは装備無しでは全滅の恐れがある。俺はあいつらの後を追って武具を届けなければならない」
そんなのここで渡しゃいいじゃん!とも思うが、それをアルベルが受け取るとも思えない。
全滅する前に、後ろから追いかけて死なないように防具を届けてやるつもりなのだろう。
律儀というか、そこまでする必要あるのだろうか。
まあ自分からいらんと言ったアルベルはともかく、シュライヤとマユの二人が彼らのゴタゴタのために危険な目に遭うのは少し可哀想な気もする。
「じゃあ僕も手伝いますよ」
「何?」
勝手に決めてティアに怒られるかもしれないが、ダンジョンは近くとのことだし、そんなに時間はかからないだろう。
それに、ゼフィドは俺と行きたくない理由ではなく、”今は”行けないと言っているだけだ。
彼は若干言葉が足りないところがあるようだが、悪い人物ではないと思った。
「それ届けたら僕の仲間になってくれますか? 大体、その量を一人で運ぶのはちょっと大変そうだし……」
剣に盾、アルベルの鎧もだろうか。
パワーはありそうなゼフィドだが、さすがに一人では骨が折れるだろう。
「だが……お前には関係ないはずだ」
「まあそうなんですけど。でも僕には、僕たちにはきっとあなたの力が必要だ」
後はもうゼフィドに決めてもらうしかない。
俺は真剣に言っていることが少しでも伝わるよう、彼の青色の瞳を真っすぐに見つめた。
身長差が20cm以上あるので見上げる形になる。
俺にもこのガタイがあればもう少し打たれ強くなるのだろうかと、ゼフィドが羨ましくなった。
「……分かった」
ゼフィドの声は低く、だが確かな熱を帯びていた。
「!」
俺は思わず肩を跳ね上げる。
「どうせ俺はパーティを追放された身だ。あいつらに武具を届けたら、お前たちと同行してもいい」
良い返事をもらえて、俺は心臓がドキドキしてきた。
新しい仲間で、しかも年も割と近い男だ。
せっかくなら仲良くなりたいし、気が合えばいいのだがと少し嬉しくなった。
「ありがとう。改めてよろしく。一旦仲間に報告と、紹介してもいいかな?」
「ああ」
俺はゼフィドに向けて握手を求めようと手を上げたその時だ。
視界の端に、見覚えのある影と見覚えの無い影がゆらりと踊った。
ゼフィドも俺の雰囲気の変化を察知したのか、顔をそちらに向けず小さく声をあげる。
「……あれがお前の敵か」
道の両側から一人ずつ歩いてくる影。
一人はナーヴェス。
腰に剣を下げて悠然と歩いてくる。
そしてもう一人。
髑髏のような仮面を被った研ぎ澄まされた体躯の男。
アルカンフェルにも似た達人のような雰囲気を纏い、俺達に静かな殺気を放っている。
「うん……悪いけど、いきなり巻き込むことになりそうだ」
俺は腰の銀鈴に手をかけ、奴らとの間合いを測る。
あと数歩こちら寄ってきたら、俺はこの街を戦場に変えることを決意した。
―――
「はむ……美味しいです……もぐもぐ」
ティアは隣でパクパクと上品な仕草でジャンバラヤを食べる”彼女”を、苦笑しながら見つめていた。
この宿兼ダイナーの店先で倒れていた藤色の着物の女と今、カウンターに二人並んで食事を摂っている。
「それはよかった……」
何故か。
倒れていた不思議な雰囲気の彼女に近づくと、彼女は盛大に腹の虫を鳴らしたのだ。
青白かった顔が見る見る赤らみ、どうやら倒れていたのは空腹だったからだと判明した。
店のマスターや恐る恐る見守っていた観衆は、異国の女の腹の音に、店先では笑い声の大合唱を起こしたのだ。
いたたまれなくなったのか、サッと起き上がってどこかへ去ろうとした女の手を、ティアは思わず掴んでしまった。
(まったく……なんの根拠も無いってのに)
我ながら何でそんなことをしたのかは分からない。
だが直感的に、この女を逃がすなと心の中の自分が叫んでいたのだ。
巫女代理だからとか聖女もどきだからとかは関係なく、このテの直感が当たることを知っているティアは苦し紛れに彼女にご飯を奢ることを提案した。
マスターも「安くしといてやるよ」と苦笑いしながら言ってくれたので、ティアはこうして二人並んでご飯を食べているわけである。
「で、何で倒れるほど空腹に?」
明らかに異国から来たという風体だが、言葉が通じないわけではない。
身なりも悪くないし、食べるものに困っているようには見えなかった。
「実は……路銀を落としてしまって……」
カチャリとスプーンを置き、深刻そうな表情で女はそう言った。
なるほど、お金が無かったのか。
見た感じ大人しそうな人だし、誰かに借りたり店先でお願いするといったこともできなかったのだろう。
「ふぅん。それは災難だったね」
路銀無しでは当然宿も利用できない。
華奢で涼やかな秋風のような美人だ。
眼が常に伏し目がちに閉じられており視線が合わないのも気になる。
この見た目では危険な目にも遭いやすいかもしれないと思った。
「はい……ですので、拙は貴女様からの施しに心から感謝を。ありがとうございます。それから、ご馳走様です」
カウンターテーブルにぶつけるような勢いで頭を下げる彼女。
ティアは小さく息を吐き、どうしたもんかと思った。
腰に帯びた漆塗りの鞘に納められた刀から、冒険者や剣士の類ではあるのだろう。
だが、雰囲気的にはどうにも強そうには見えなかった。
まあミユキやレオナなんかも強そうには見えないので、見た目で判断するつもりもないのだが。
「いいよ、これも何かの縁だし。それより、そろそろ名前を教えてくれない?」
いつまでも”彼女”のままでも困る。
ティアは首を傾げながら、女に優しく笑いかけてやった。
こんな20ゼレルの食事くらいで、命を救われたレベルのお礼を言われるのも気恥ずかしい。
「あ、失礼を致しました。拙は『胡蝶蘭』と申します。ここより遥か南西の島国、『ニライカナイ』より参りました」
「ニライカナイ……」
ニライカナイは、ウィルブロードと海を挟んだ西の大陸にある『アイホルン連邦』よりさらに南の島国だ。
この大陸ではあまり交流が無く、ティアも名前くらいしか知っていることが無い。
変わった響きの名前に、独特の民族衣装とも呼べる着物。
そして美しい装飾の刀など、何もかもが見たことの無い人種だ。
「どうぞ蘭とお呼びくださいませ」
とても物腰の穏やかな、ともすれば貴族の御令嬢や王室の姫君のような雰囲気がある。
胡蝶蘭は何故ニライカナイから遥々ウィルブロードにまでやってきたのだろうか。
「よろしく。私はティア。ねえ蘭さん……少し聞きたいことが……」
言っている間にフガクも戻ってくるだろう。
とりあえず聞くべきことをさっさと聞いておこうと思った。
何故ウィルブロードにいるのか。
その刀で戦えるのか。
戦力になりそうであれば……。
ティアが胡蝶蘭に言いかけたとき。二人の後ろに一つの影が立った。
ゾクリと殺気に全身の産毛が逆立つ。
「ねえ、それ美味しい?」
ピンク色に輝く瞳を細め、牙を模したマスク越しでも分かる狂気の笑み。
先日襲撃してきた刺客の一人、ファルザがそこに立っていた。
「暢気に飯食ってんじゃ……」
ファルザが手に持った短刀を振り上げる。
そしてティアは慌てて腰元の剣に手をかけた。
「ねぇよ!!」
ギンッ!!!
甲高い、刃と刃がぶつかる金属音が店内に響き、周囲が騒然となる。
「キャァァアアア!!」
「な、なんだ!?」
店内にいた客たちは慌てふためいたり、悲鳴をあげて壁際に逃げ出したりとさまざまな反応。
だが、ティアはそれが耳に入らないほど驚いた。
何故ならば――
「はア?」
ファルザの顔が歪む。
「御免……ティアさん」
ティアの水色の刃を鞘から一瞬にして引き抜き、ファルザの短刀を受け止めたのは胡蝶蘭だった。
ティアはそこでようやく、自分の鞘から刃が抜かれていることに気付く。
伏せられた目から放たれる静かな殺気は、まるで水面の波紋のようにファルザの元へと届く。
ファルザが目元を歪めて胡蝶蘭に視線を移した。
「一飯の御恩、拙は忘れませぬ。ティアさんが"斬れ"と仰るならば……拙が斬って御覧に入れましょう」
胡蝶蘭はファルザを見ず、ティアに問いかける。
ティアは戸惑った。
胡蝶蘭が刃を抜く瞬間が、自分の目には一切見えなかったことに。
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