第232話 破滅の足音①
セラフィオンの街の一角、人気の無い倉庫の中に、ナーヴェスとファルザはいた。
空の木箱を椅子代わりにして、中性的な金髪の男、ドラクロワは彼らと対峙している。
またドラクロワの隣には、真っ黒な衣装に髑髏を模したような仮面をつけた男が立っていた。
「申し訳ありません、奴らを取り逃がしました」
「さーせん」
ナーヴェスはふてぶてしく、そしてあっさりとそう言う。
ファルザもまるで悪びれた様子も無く、鼻歌混じりで佇んでいる。
「うん見てた」
ドラクロワはセレスティア達がこのセラフィオンを通るだろうことは凡そ分かっていたので、刺客としてナーヴェスたちを送り込んだのだ。
彼らはバルタザルの研究所が保有する、強化された兵士の中でも特に顕著な力を持つ4人。
通称『四刃』だ。
ドラクロワは、『魔人』として人を越える力を後天的に付与された彼らをセレスティアに差し向けることにした。
理由は二つある。
一つは、ドラクロワ自身のダメージが大きく、自分が出向くのはややリスクがあること。
レオナから与えられた傷は想像以上に深く、その上で残りの護衛と戦えるかどうかが未知数であるためだ。
もう一つは単純な戦力として。
セレスティアの仲間は普通の魔獣や暗殺者程度では、もはや太刀打ちできないほどの脅威だった。
四刃以外の布石も打ってあるが、少なくとも正面からやり合うには彼らくらいの力は最低限必要だと考えていた。
「むしろ今回は実力を測れればそれでよかった。お前たちは遊び過ぎだ」
ドラクロワの隣にいる、髑髏の面の男が冷静な声で言った。
彼の名は『モルド』。
四刃のまとめ役であり、やや精神的に壊れている他の3名とは違い比較的まともな感覚も持ち合わせている。
倉庫の闇の中でもなお、髑髏の仮面の奥からは冷たい視線だけが光っていた。
ドラクロワとの仲介役を務めるリーダーだった。
「ふざっけんな! あの白黒頭ヤバいから。見てよアタシのこの傷!」
キンキンと高い声で自らの腹部から頬にかけて刻まれた傷を指差す。
とはいえ、常人よりも高い回復力を持つ魔人なので、既に血も止まり傷も塞がりつつあった。
「では本気でやって無様に敗走したと?」
「は? 違うし。ちょっと遊び過ぎただけだし」
モルドの淡々とした詰問に、ファルザが眉を潜めてそう返す。
「まあ我々も少し舐めてかかったというのはあります。それにしても思いのほか厄介な相手でしたねぇ。聞いていたよりも一人護衛は少なかったですが」
ドラクロワはセレスティアのパーティの顔を思い浮かべる。
彼らは4人。
レオナは意識を失っているはずだから、残りはSランク冒険者のクリシュマルドと、フガクという男のはずだ。
白黒頭がフガクだから、不在だったのはクリシュマルドということか。
別行動をとっているのか、パーティを離れたのかは分からないが、悪い傾向ではないと思った。
一番の脅威が勝手にいなくなったうえに、今はフガクが一人で二人を守っている状況なのだから。
「ドラクロワ、次は我ら4人で赴く。問題ないな?」
モルドが、それまで話を黙って聞いていたドラクロワに問いかける。
言われ、ナーヴェス、ファルザを眼鏡越しの翡翠の瞳でジッと見据えた。
「まあ、とりあえずフガク君を痛めつければセレスティアは苦しいだろうね。旅も過酷なものになるだろうし……」
ただ、ドラクロワには少しの懸念点もあった。
決着こそついていないが、ナーヴェスとファルザの二人がかりを退けたその力がまだ未知数だ。
「では予定通り」
「待った」
モルドが仕切りなおそうとしたとき、ドラクロワは口元に笑みを浮かべたまま割って入る。
「……?」
モルドが首を傾げる。
「もう一手打っておこう。フガク君の力が知りたい。”オーガ”を贈ってみるよ」
「つーか何で? さっさとセレスティアブチ殺しゃいいじゃん」
「確かに。ワタクシも早く斬りたくて斬りたくて」
ファルザやナーヴェスがドラクロワに怪訝そうな表情を見せる。
ドラクロワは目を細めた。
その表情に、ファルザもナーヴェスも押し黙る。
「ただ死を贈るなんてつまらないだろ。苦しい苦しい、過酷な旅を乗り越えて、”あーやっと終わった”。そんな安堵の瞬間に絶望と苦渋を舐める。セレスティアのそんな顔が見たいんだ」
ゼファーの報復、セレスティアの抹殺。
どちらもドラクロワにとっては重要なことではなかった。
ドラクロワは、”どちらでもよかった”。
セレスティアが苦難を乗り越えれば、それこそガウディスの言う”死の超克”を逆説的に証明することになるだろう。
だが一方で、そんな可能性を秘めた彼女が、絶望的な死を迎える。
それもまたドラクロワは見てみたかった。
『翠眼の死神』エレナ=ドラクロワは快楽殺人鬼ではない。
だが、人の矜持と誇りがへし折れる瞬間が好きだった。
セレスティアが頼りにする仲間たちが、一人また一人と自分のために倒れていく。
それでも踏み留まり目的を果たそうと言う瞬間に味わう絶望の表情は、きっとこの上なく甘美なものだろう。
「まあゆっくり行こう。まだ彼らの旅は始まったばかりさ」
ドラクロワの残酷な微笑みは、魔人たちのそれよりもよほど人間離れしたものだった。
―――
メルカディアへと向かう街道の途中、小一時間ほど走ったあたりで水場があったので、馬を休ませるついでに俺はティアからの治療を受けていた。
ナーヴェスから斬り刻まれた痕と、ファルザの暗器で貫かれた脚などの傷が深い。
一応ポーションなどで応急処置もしていたので出血は止まっていたが、念のためということでティアがヒーリングをかけてくれている。
「……また無茶してる」
青白い光が俺の傷を優しく包み、細かな傷はゆっくりと塞がっていった。
その光は痛みを癒すだけでなく、心の奥の焦りすらも鎮めるようだった。
だが、ナーヴェスの抜刀で斬られた左腕の傷は完治とはいかない。
腕にもかなりの痛みが残り、『神罰の雷』の反動か他の手足にも少し痺れがあった。
「ごめん、分かってはいるんだけど……」
「私も分かってる。ただの愚痴。フガクに無茶させてるのは私でもあるから」
ティアは傷口を真剣な眼差しで見ながらそう言った。
俺はチラリと眠るレオナを見る。
まあ二人を一人で守るのが結構大変だというのは認める。
だが、無茶かと言われると、少なくとも俺はそこまで無謀だとは思っていない。
これが無茶だと思われているのは、まだ俺がギリギリで戦っていると見られているからだ。
奴らを圧倒できていれば、ティアにここまでの心労を負わせることもないだろう。
俺は素直に反省した。
「フガク、正直に答えて。2日目にして連戦、3人を相手に戦ってる。この先持つ?」
ティアはジッと俺を見つめた。
綺麗な紅い瞳に俺が映っていた。
「……持つよ、余裕だ」
「気持ちの話じゃない。現実の話をして」
「現実の話だ。僕は君とレオナを絶対に守り切る」
このまま刺客に追われ続けるのがきついか?
そりゃきついに決まってる。
だが諦めるのか?
諦めてどうなる。
ティアを差し出す? レオナ共々みんなで仲良く死ぬ?
冗談じゃない。
持つか持たないか、いけるかいけないかの話ではないのだ。
根性論を言っているのは確かにそうだ。
だが、俺はここで余裕な顔をしておかなければならない。
そうでなくては余計ティアを不安にさせるし、何より俺自身が不安になる。
幸いティアの回復のおかげで動けなくはないし、”雷霆”と”迅雷”を使いすぎなければ戦い続けることは可能だろう。
今のところは。
「フガク!」
「ごめんティア、少し横になる。寝た方が回復も早いってことに今朝気付いたよ。交代の時間になったら起こして」
ティアの心配そうな顔に罪悪感を覚えながら、俺は外套にくるまり馬車の荷台で横になった。
とにかく少しでも回復させなくては。
怪我もそうだが、体力温存も重要だ。
メルカディアまでまだ1日以上かかる。
「ばか……倒れたら許さないから」
ティアは俺の背中をポンと拳で軽く叩き、御者台へと戻っていった。
俺はその小突かれた痛みすら笑えないレベルになってきていることに、確かにまずいなと思った。
実際持つか?
その感覚は常に頭に入れておかなければならない。
せめてあと1人護衛がいれば違うのだがと、眠りにつくレオナの顔を見ながら思った。
そしてここにミユキがいれば。
俺たちは4人いたからこそ余裕があり、互いをカバーできていたのだなと気付かされた。
しかし無いものねだりをしても意味がない。
俺は瞳を閉じ、大して眠くもないが無理やり脳と身体を休ませることにした。
4人で旅していた頃のあの安心感も、今は遠い過去の記憶みたいだ。
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