第230話 魔人襲来①
翌日夜明け後すぐ、俺とティアは宿を出た。
しっかりとベッドで休めたからか、頭は幾分かすっきりしている。
ただ、傷や負ったダメージについては正直なところ治ったとは言い難い状態だった。
まあ一晩で大けがや大やけどが治れば医者なんかいらないわけだから、とりあえず動けるところまで回復できただけでもよしとする。
出血自体は止まっているので、無茶をして傷を開かなければこれ以上悪化することはないだろう。
「この時間はさすがに人気も少ないね」
「そうね。ただ、ディヴィナリア教の教会とかはもう開いてるよ」
俺は御者台に座り、ティアと二人でパンを齧りながら馬車を動かしていく。
朝の静謐でひんやりとした風が頬を撫で、眠気覚ましには丁度いい。
今回泊まった宿が隣でレストランも経営しているようで、昨日のうちにティアが手配してくれていたのだ。
自分も疲れているだろうに、俺は朝からティアに感謝した。
「ティアもディヴィナリア教の信者ってことなの?」
国教を管理する聖庁の便宜上のトップ、”巫女代理”がティアだ。
そう言えば食事時にお祈りをしている姿も見かけたことはあるが、毎回じゃない。
ディヴィナリア教がどんな宗教なのかは知らないが、教義なんかは結構緩いのかもしれない。
「まあ立場上、建前としては」
「建前かよ。……どんな宗教なの?」
いいのかそれで。
俺は苦笑しつつ、せっかくだからとティアに講釈をお願いする。
自分から頼んでおいてなんだが、眠くならない程度に、簡潔にお願いします。
「『エクレシア・ルクス・ディヴィナリア』は、神の奇跡をその身に宿した巫女、すなわち聖女が祈りによって神敵を討ち滅ぼしたとされる伝説が元になってるの。巫女の神託に従い行動すれば、神の愛によって天国へと至るという教義だよ。」
つまり聖女の背後にいる神を崇拝する宗教ということらしい。
変なオカルトっぽさもなく、だからこそ国教にもなっているのだろう。
「そして聖女は、ウィルブロードの皇帝の下に位置する。だからディヴィナリア教が王室の権威の象徴にもなっているという構造ね」
「でも聖女は今不在なんでしょ?」
「前にも言ったけど、聖女は200年周期で何故かウィルブロードに生まれるの。この辺りが奇跡の所以ね。だから聖女不在の間でも、聖庁の代表として巫女代理が立てられる」
アウラも、ティアの義母カリンも本物の聖女なら、向こう200年は聖女不在の空白期間が続くというわけか。
とはいえ、形式上は代理で成り立つのだろう。
そこで俺は、2つの疑問が浮かんだ。
「勇者はどこで出てくるの?」
確か『神聖なるもの』と呼ばれ、聖女と共に信奉されていると聞いた。
神敵を討ち滅ぼした伝説とやらにも出てくるのだろうか。
「勇者は完全な後付けね。400年前の魔王討伐以降、誰かが教義に入れたらしいよ。巫女と共に聖なる剣で神の敵を討つ尖兵だって」
確かにシルビアの強さは次元が違った。
あの鮮烈さ、魔族をまるごと滅ぼしたという神がかり的な力は、人類の歴史を覆したといっても過言ではないだろう。
彼女が逸話の元になっているなら頷ける。
「なるほどね。もう一個いい?」
「どうぞ?」
「200年前にも聖女はいたの?」
アウラが400年前の人物だから、200年周期で生まれるなら間にもう一人いるはずだ。
俺の疑問に、ティアはパンを咀嚼しながら頷いた。
「『アモン=アンテノーラ』。それが200年前の聖女の名前だよ」
アウラ→アモン→カリンという系譜で今に至るわけか。
しかしまたアンテノーラだ。
やはり長命種というのは伊達ではないのか、どの時代でもその長い寿命を活かして知識や技術を蓄え、歴史の表舞台にも関わってくるのだろう。
「なるほどね。よくわかったよ」
「第2回も承るけど?」
ティアは機嫌良さそうにそう言った。
「勉強したい気分のときに頼むよ」
「いつでもどうぞ。あ、そこ曲がってくれる? そっちが街の出口だから」
講義はまた頭がクリアな時にまたお願いしよう。
ティアとの会話で痛みを紛らわせつつ、俺は馬車で道の角を曲がり、路地へと入る。
まだ両脇に出ているはずの店も開いておらず、人通りは無かった。
「ん?」
俺はふと気づく。
50mほど先、一人の人影が、音も無く路地に出てくるのが見えた。
一瞬普通の通行人かと思ったが、その姿を見て俺は思わず目を疑った。
肩口くらいの長めの髪をなびかせるその男は、均整の取れた身体にピッタリと張り付くような黒い衣装を纏い、腰には鞘に納められた剣を帯びている。
変わった格好だなと思ったが、そこまではまだいい。
冒険者は名を売るために、見た目で個性を出す者もいるからだ。
だが、その男は明らかに異質な、陶磁のように真っ白い仮面を着けていた。
目元も真っ黒でその向こうの瞳を覗くことはできない。
「フガク……」
ティアは俺の外套の裾をそっと摘まんだ。
男がこちらに向かってゆっくり歩いてくるのを警戒しつつ、背後に視線を送る。
すると荷台の向こうから、同じようにピッチリとした黒い衣装を纏う金髪の女が歩いてくる。
カツン、と石畳に落ちる足音がやけに響いた。
「ティア……もしかして」
女は口元まで黒いマスクで覆い、獣の牙の意匠が施されている。
仮面はしていないが、その瞳は鮮やかなピンク色で、視線が合った俺を嘲笑うように細められた。
「ええ、気をつけて……」
空気がピンと張り詰める。
明らかに普通じゃない雰囲気の二人が、馬車を挟み打ちしようとしている。
昨日のルキの関係者か?
いや、何となくだが違う気がする。
ルキは仲間と一緒に襲いに来るタイプじゃない。
あいつにそんな協調性はない。
俺はそう判断し、視線を前に向けたまま小さくティアに声をかける。
「ティア、手綱をお願い……」
「フガク、本当に無理は……」
ティアの言葉に応えず、俺は御者台で立ち上がった。
腰の銀鈴に手を添え、前方の剣士らしき男を見据える。
「馬車を走らせて。僕なら余裕で追いつける」
「待っ……!」
バヂッ!!
ティアの声を置き去りにして、俺は『神罰の雷』を発動した。
体に走る雷撃の痛みに顔をしかめるが、すぐにティアがホーリーフィールドをかけてくれたらしく痛みが緩和された。
そして、目の前の男に向けて雷鳴と共に失踪する。
キィィィィィイイイインンッッ!
「!」
斬りかかった俺の剣を、その男は鞘からわずかに刃を覗かせて受け止めた。
高い金属音が木霊する中、男は仮面の下で笑ったように感じた。
「んんん! よもやそちらから向かってくるとは、豪気なお方のようですねぇ」
思いのほか丁寧な口調で、だがどこか俺を小馬鹿にするように男は言った。
俺はすかさず『魔王の瞳』を発動する。
―――――――――――――――
▼NAME▼
ナーヴェス
▼AGE▼
41
▼SKILL▼
・魔人の肉体 A
・抜刀術 A
・格闘 B+
・暗殺 B+
・身軽な肉体 A
―――――――――――――――
「魔人!? そうかお前たち、ティアへの刺客か」
かつてリュウドウと剣を交えたとき、同じスキルがあったことを思い出し俺は確信する。
こいつらはバルタザル、ガウディスの研究所から派遣されたティアへの刺客だ。
「おお、話が早くて助かります。ワタクシはナーヴェス。そしてあちらが」
ギンッ!!
俺は再び閃光と共に跳躍してナーヴェスに切りかかるが、奴は再び俺の剣を鞘からわずかに出した刃で受け止めた。
速い。
俺の『神罰の雷』に着いてきている。
「話は最後まで聞くものですよ。彼女がファルザ……」
「キャハハハッ!! 何かチビガキが一人寝てんだけど! こいつ殺していい?」
甲高い女の声が馬車から聞こえた。
背後を見ると、馬車の荷台の最後部に女が立っていた。
そして眠っているレオナを見下ろし、残酷にそのピンクの目を細める。
「くっ!」
バヂッ!!!
ティアが驚き腰の剣に手をかけるよりも早く、俺は再び瞬時に馬車へと失踪する。
そしてその勢いのまま荷台の中へと飛び込み、女の薄めの胸へと飛び蹴りを食らわせる。
「はっや!」
受け止めた!?
俺の雷速の蹴りを、女は拳にはめ込むカイザーナックルのような武具で受け止めている。
だが勢いは殺しきれなかったのか、女は俺と共に馬車の荷台から飛び出した。
「チッ! 邪魔すんなよ白黒頭!」
俺はすぐに『魔王の瞳』を発動。
ファルザと呼ばれた女のステータスも確認する。
―――――――――――――――
▼NAME▼
ファルザ
▼AGE▼
28
▼SKILL▼
・魔人の肉体 A
・投擲 B+
・格闘 B
・暗殺 B
・身軽な肉体 A
―――――――――――――――
魔人が二人も刺客として送り込まれたようだ。
しかもこんな状況で。
俺は相手に気取られぬようにはしたが、冷や汗が流れていくのを感じた。
「フガク!! 死なないで!」
ガラガラと馬車の速度を上げながら叫ぶティアの前に、ナーヴェスが立つ。
そのまま奴は腰の剣に手をかけ、抜刀の構えを取った。
「おやおや、通っていいとは言ってませんよ」
まずい!
俺は稲妻と共に、再び奴の元へ戻る。
路地を行ったり来たり、その都度『神罰の雷』を発動するのは確実に俺の身体に反動を与える。
心臓の鼓動が雷鳴と同期しているようだった。
だが、出し惜しみしている場合ではない。
「させるかッ!!」
「むっ!」
間一髪、俺は馬車との間に割って入り、ナーヴェスの剣を銀鈴で受け止めた。
そしてそのまま身体を回転させ、奴の肩から袈裟懸けに斬りつける。
「ぬぅ……! 小賢しい!!」
一歩下がったナーヴェスの脇を通り抜けたティアの馬車は街の外を目指して走り抜けて行った。
「何の用か知らないが、僕たちは急いでる。邪魔をするなら……ここで斬り捨てて行くぞ」
ズキズキと身体に走る鈍痛に、俺はどこまで耐えられるか。
いや、最後まで耐えてみせる。
前方のナーヴェスと後方のファルザ。
二人相手だろうと、たとえ相手が魔人だろうと関係ない。
俺は銀鈴の柄を握り締め、再び閃光と踊るべく瞳を閉じた。
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