第229話 止まり木のように
丁寧に整えられたツインの客室に入ると、俺はレオナをひとまずベッドに寝かせた。
薄い胸板が上下に動いているので、呼吸をしていることに安堵の息を漏らす。
部屋は綺麗に清掃されているが簡素な造りで、ベッドが二つと小さなテーブル、丸椅子が2個置いてあるだけの部屋だった。
一応洗面台にトイレ、シャワー室もあるのでごくオーソドックスな造りの旅の宿だ。
ただ、問題は3人で2つのベッドを使用しないといけないということである。
俺はもしかしての展開をつい思い浮かべてしまうが、駄目駄目と首を振った。
俺にはミユキがいるのだ。
ティアとはクエストや馬車などで一緒の空間で寝たことはあるが、同衾などもっての他だ。
変に意識したもんだから、ティアのスカートから見えるむっちりとした太ももや、ミユキと同等以上にふくよかな胸につい目を奪われてしまう。
「フガクそっちのベッド使って。私はレオナと一緒でいいから」
「あーい」
まあそりゃそうだ。
俺は何を意識してるんだかとため息をついた。
「期待した? 悪いけど、ミユキさんは裏切れないから」
そう言って冗談っぽく笑ってくれる。
こういうところもティアの良いところだと思った。
男のSAGAみたいなところを、変に意識せずに流してくれるのがこっちとしても助かる。
「そりゃ残念だ」
俺も冗談で返しておく。
まあ実際ティアの人間離れした美貌や、女性的な曲線を描く身体つきは非常に魅力的だとは思う。
だが俺はそれ以上に、彼女と築き上げた信頼関係に誇りを持っている。
なので、劣情を催したりはしないのだ。
多分。
「ごめんティア、ちょっと寝てもいいかな」
いずれにせよ、ぶっちゃけティアのことを意識している余裕すら無い程自分が疲弊していることが分かる。
ベッドに座った途端、脳が強制的にスイッチをオフにしようとしてきた。
このまま寝て死んだりしないよな?と思いつつ、俺は汗や血を流すこともできないまま、ベッドに倒れ込んだ。
「もちろん。ゆっくり休んで。それからフガク……」
「うん……?」
俺は枕に顔を埋めながらチラリと横目にティアを見る。
レオナの眠るベッドに座り、ティアは慈しむように微笑みを浮かべてくれた。
「ありがとう。フガクがいてくれて、正直助かってる」
「……はは……そりゃこっちのセリ……フ……」
俺はティアに最後まで返事をすることもできないまま、スーッと暗闇の奥深くに落ちていくかのように眠りについた。
―――
ゴーン……ゴーン……
遠くに、聖堂の鐘の音が聞こえた。
俺はハッと目を覚ます。
宿の木造の天井が視界に飛び込んできた。
窓の外を見るともう暗いが、夜中というほどではないらしい。
街の喧騒が遠くに聞こえていた。
「いっ……つ!!」
俺はゆっくり起き上がると、激痛に顔をしかめる。
筋肉痛なのか、斬られた痛みなのか、殴られた痛みなのか、もう分からない。
分からないが、とにかく体を動かすだけで身体の全てのパーツが引きつるような痛みを訴えた。
「あ……」
「え……?」
ティアの声がしたので、そちらを見る。
そこには、上半身裸で下も薄水色の下着一枚のティアがいた。
柔らかな曲線を描く白い肢体が、薄暗い部屋の中で淡くその存在を主張していた。
そして当の本人は、こちらを呆けた顔で見ている。
「わぁああっ!! ご、ごめん……!! いてぇ!!」
俺は咄嗟に顔を背けたが、痛みで悶絶した。
見てしまった。
ミユキのですら下着姿くらいしか見たことが無いのに。
ティアの白く繊細な裸体を、この目に焼き付けてしまった。
「……ううん、私こそ。シャワー浴びたんだけど着替え忘れちゃって。それで……フガク寝てるしいいかと思って……なんかごめん」
俺は女子3人と旅をしていたが、案外ラッキースケベの回数は少ない。
あまりにも無防備なレオナのパンツと、せいぜい二人の下着を軽く見たことがあるくらいだ。
俺は心の中でミユキに謝る。
いや、それ以前にティアにも謝った。
「み、見てないから!」
見たけど。
正直すごかった。普段きっちりとした綺麗な格好で、あまり肌を見せないだけに破壊力があった。
服の上から何となく察していたが、あんなに豊満な体つきだったのか。
「いいよ別に。一緒に旅してたらこういうこともあると思ってるし。こっちこそ、変なもの見せてごめんね」
「へ、変じゃない! すごくキレ……あ」
「ふふ、見てたでしょ」
墓穴を掘らされた俺だが、ティアはおかしそうに笑った。
前にエルルでティアのパンツを見てしまったときは、そこそこ怒られてミユキにも冷たい目で見られた気がしたのだが。
俺達の仲も、もしかしたらあの時と少しずつ変化しているのかもしれないなと思った。
「あ、もう服着たから。こっち向いて良いよ」
言われ、ティアの方に視線を向ける。
すると、ティアは寝間着なのかシャツとショートパンツ姿になっている。
ミユキもそうだったが、普段割と露出を抑えた格好をしているので、こういうときのギャップは強い。
「ティアさん……改めてすみませんでした」
俺はベッドの上で正座して頭を下げておく。
「いいってば。それより、フガクはシャワーどうする? 身体くらいは拭いた方がいいかも」
さらっと流してくれたので、俺もこれ以上引きずらないようにする。
ティアの言う通り、体を綺麗にしたい。
ただ傷だらけなのでシャワーはやめておいたほうがいいだろう。
着の身着のまま寝てしまったので、血と汗がぬぐい切れていない。
ベッドを汚してしまったかと思ったが、血も乾いていて見た目には大丈夫そうだ。
出血し続けているということも無いらしい。
「そうしようかな」
「大丈夫? 痛そうだったけど」
「うーん、まあ何とかするよ」
「よかったら背中くらい拭いてあげるよ」
思わぬ申し出があった。
ただ正直ありがたい。
腕を背中に回すのも激痛を伴う今の俺にとっては、実際助かる話だ。
しかし、いいのだろうか。
「別に浮気してるわけじゃないんだから。ミユキさんはこんなことじゃ怒らないよ」
まるで俺の心を見透かしたように、ティアがクスリと笑ってそう言った。
なんだか、ドギマギばかりしている自分に罪悪感が沸いた。
既にタオルを持って風呂場でお湯に浸けてきてくれているようだ。
なら、お言葉に甘えるとしよう。
「上脱いで」
言われ、俺はボロボロのシャツを脱ぐ。
鏡も無いのでどうなっているのかは分からないが、見えている部分はほとんどが傷だらけだ。
ティアには以前も上裸でヒーリングしてもらったことがあるので、それ自体は恥ずかしくない。
そう言えば、あの時もフェルヴァルムと戦い、その後ミューズを倒した後だった。
「すごい……よくこれで動けるね」
ティアは感嘆の声をあげている。
マジマジと見てくるうえに、若干引いてませんか?
それは俺が言いたいくらいだ。
「私たちを、守ってくれてる証だね」
そんなことを言いながら、ティアは俺の背中を優しくタオルで拭ってくれる。
肌をくすぐる彼女の吐息と、ミユキとは違う甘い匂いに少しだけ身体が熱くなった。
「ティアこそ大丈夫? 無理してない?」
「何が?」
肌に当たる、お湯で濡らしたタオルの感触が心地いい。
汚れと一緒に、疲労や痛みも消えていくかのようだ。
「何って……僕たちを皇都に連れていかなきゃって」
「まあ無くはないけどね。フガクも、ミユキさんも、レオナも、みんな命を懸けてくれてる。私も、そうしてるだけだよ」
ティアは淡々とそう言った。
確かに俺達はもう、互いのために自らの身を投げ出すことも厭わないほど、だけど決して互いに無謀な死を許さないほどの関係になっている。
俺とティアが今二人で踏ん張っているのも、また4人で次へ進むためだ。
「また4人で、旅ができるかな」
「どしたの急に」
ティアは少し目を細め、レオナの寝顔に視線を落とした。
今は眠っているレオナも、シェオルに旅立ったミユキも。
俺とティアをくわえた4人で、今度は自由気ままな、命に関わらない旅がしたいと思った。
「いや、ティアの復讐の旅が終わったら、今度は大陸中の観光地を回るような、そんな楽しい旅もいいかなって」
まあ適当な世間話程度の妄想だが、実際悪くないと思った。
今の旅でも楽しい部分はあるが、いつかシリアスな目的も無く、ただ4人で楽しむためだけの旅を。
「……そうね、自分の復讐が終わった後のことなんて考えたこともないけど……いいかもね」
ティアは薄く笑ってくれた。
「じゃあ約束だね」
「ええ……じゃあ、約束」
その言葉は、夜の灯のように柔らかく、俺の胸に灯った。
これは死亡フラグなのかもしれない。
だが俺は、決してそれだけだとは思わなかった。
俺は今、ミユキとの約束を果たすためにこの旅路を歩んでいる。
俺を最後の瞬間まで生かし続けるのは、きっとそんな他愛も無い約束なのだ。
だからティアも、そしてレオナとも、俺はこの約束を果たすために旅を続けたい。
はじめはこの世界で何の目的も無かった俺に、今は多くの約束と目的がある。
その全てを果たすため、俺は死ねない。
この身体に刻まれた数多の傷と一緒に、俺は誓いを胸に刻んでいるのだ。
「はい、おしまい。後はシャワー室でどうぞ」
ティアは、俺に濡れたタオルをポイッと投げて寄越した。
そして自分は、レオナが眠るベッドの隣に潜り混んでいく。
「ありがとティア。おやすみ」
「ええ……おやすみなさい、フガク」
そう言って布団をかぶったティアの耳は赤く、口元には小さく微笑みが滲んでいた。
夜が明けたら、またこれまでとは違う過酷な旅が始まる。
だが今夜は、なんだかよく眠れそうな気がした。




