第228話 痛みの道しるべ
俺たちは街道の端で、国境警備のウィルブロード兵による事情聴取を終えたところだった。
ルキが襲いかかった場面は多くの目撃者もおり、すぐに釈放された。
たぶん、ティアが王室か聖庁に連絡を入れていたのだろう。
俺は今、馬車の横に座り込んでティアのヒーリングによる治療を受けている。
「……フガク、死ぬって言ってるよね……」
ティアは少し機嫌が悪かった。
もともと俺に『神罰の雷』はできるだけ使うなと言っていたほどだ。
フェルヴァルムとの戦いについては、ミユキの運命がかかっているから協力してくれたが、今回はそうではない。
俺が続けて2発も、ほんの一瞬とは言え『神罰の雷霆』を撃ったことを気にしているようだ。
「撃たなきゃ死んでた」
ルキはそんなに甘い相手じゃない。
ミユキやレオナのような戦力が他にいたならともかく、今は俺一人だ。
確実に倒すためには、俺も痛みを伴わなければならない。
「……分かってる、ごめん。嫌な言い方した」
ティアは言うべきか迷ったのだろう。
彼女は口には出さないが、自分たちを守るために俺が戦ったのだと思っている。
ルキの場合は戦わなきゃ終わらないというのが大きな理由だが、それでもティアにとっては歯がゆかっただろう。
「い、いや僕の方こそ心配してくれてるのにごめん……」
少し気まずい空気が流れる。
二人旅というのはフォローしてくれる人がいないから、こういうとき少し困るなと思った。
特に、空気を読まず茶化してくれるレオナのありがたさが身に染みた。
「……とにかく、今日はセラフィオンで一泊しよう。少し休んだ方がいい」
「僕は大丈夫だよ。早く先に行かないと」
「駄目。馬も休ませないとだし、レオナも……」
点滴など、レオナの生命を維持する薬や器具はリヒテンハルの病院でもらうことができた。
だが他にも身体を綺麗にしたり、随時医者に見せて経過を確認するなどの処置が必要だ。
俺はそれを思い出し、黙って頷く。
「……フガク、お願いだから無茶をしないで。皮肉じゃない。私の本心よ」
ティアは心配そうな眼差しを俺に向けている。
その気持ちは痛いほど伝わってくる。
傍目に見たって、俺の状態はまともじゃない。
体中に火傷、裂傷、打撲、骨にヒビなんかも入っているかもしれない。
この状態で皇都に行くだけならまだしも、シェオルなんかに行けるのだろうか。
俺は考えないようにした。
今俺を支えているのは、ティアたちを無事に送り届けることと、ミユキを迎えに行くという二つの目的に対する執念だけだ。
不安は俺の心をへし折ってくる。
できるだけ身体を回復させながら、目的地を目指すしかない。
「行きましょう。立てる?」
「もちろん」
俺は手を差し伸べてくれたティアの手を取り、馬車に乗り込む。
御者台にはそのまま彼女が座った。
「レオナを引き渡す」
馬車を動かして、すぐにティアがそう言った。
俺は一瞬驚く。
ティアに限って見捨てるということは無いだろうが、誰に?というところが抜けているからだ。
「えっと、病院?」
「ううん、皇都から迎えを寄越させる。さっき国境の兵士に取り次いでもらったから。ここから6日ほどで辿り着く『プロスペリタス』という町で、騎士団の護送を依頼した」
自分たちと皇都側の騎士団が同時に出発し、落ち合うのに丁度いいのがその『プロスペリタス』だそうだ。
「レオナはどのみち早く皇都の病院で診せた方がいいし、中継点で引き渡したほうが私たちも早く皇都に着けると思う。間の『メルカディア』って大きな街で補給をして、そのままプロスペリタスに向かうね」
「待って待って、ちょっと整理したい」
言われ、俺は馬車内で地図を広げる。
これまでの旅でもおなじみの、ルート整理をするとこうだ。
①セラフィオンを出発し、メルカディアという街で補給と休息
②メルカディアからプロスペリタスへ行き、レオナを引き渡す
③プロスペリタスから皇都アリギエリへ
④皇都から聖庁のあるベアトリスへ
「覚えきれるかな……」
「街道を通るだけだから覚えなくていいよ」
これまでよりも旅の旅程が少し複雑になったが、基本的には街に寄りながら北上するだけだ。
「セラフィオンで騎士団に引き渡すのは?」
「それも考えたけど……やっぱり信頼できる人に直接預けたい」
セラフィオンを管轄している騎士が信用できないわけではないが、ティアの顔見知りというわけではないようだ。
皇都から直接知り合いを手配し、その人に最短で引き継いで病院まで移送できるのが、プロスペリタスということだった。
「……私のこと、薄情な女だって思う?」
ティアは淡々と言った。
だが、その言葉にはティアらしくない辛そうなニュアンスがある。
レオナが動けなくなったから、早々に手放そうとしているのではないか。
そう俺に思われると考えているのだろうか。
「そんなわけないでしょ。僕もティアの判断が正しいと思うよ」
「ありがと……」
ティアもだいぶ気を張っていると思った。
これまで俺とミユキとレオナ、3人分の戦力があったが、今は実質俺一人。
ティアも戦えないことはないが、ルキクラスの刺客が来ればさすがに無理だ。
戦力の減少はそのまま負担とリスクが俺に一極集中することになる。
そこをかなり気にしているようだった。
「ティア、もっと頼ってよ」
「え?」
「僕は全然余裕だ。君とレオナを守って、せいぜい2週間くらい戦い続けられる。僕を当てにして」
俺はティアのその内心が分かっているからこそ、そう笑いかけてやる。
彼女が不安なのは、俺が頼りないからだ。
満身創痍の俺がどこまでやれるのか、測りかねているからこそ普段以上に慎重になり過ぎるし、思い切った判断もできない。
俺はミユキと共に、彼女の双剣の一振りだ。
刃こぼれして使い物にならない剣になったつもりはない。
そう彼女に思わせなければならない。
「……十分頼ってるよ」
ティアはこちらを見ずに告げた。
その声は、少し嬉しそうに聞こえたのは俺の気のせいじゃないと思いたい。
とにかく今日はセラフィオンで休める。
1泊でしっかりと身体を回復させ、明日以降の旅に備えなければならない。
やがて、街道を抜けて街に入った瞬間、空気の色が変わったように感じた。
石畳は白銀に近い灰色で磨かれ、並ぶ家々の屋根は蒼く澄み渡っている。
遠くの尖塔には陽光が反射し、まるで天へと祈りを捧げる槍のようだった。
ここが――ウィルブロード皇国の玄関口、セラフィオン。
ロングフェローの街々にあった鉄と煙の匂いはここにはない。
代わりに鼻をくすぐるのは、冷たい風と、教会の中から微かに流れてくる香油の香り。
この国を象徴するディヴィナリア教の聖堂が、街の中央で青白く輝いていた。
「なんか雰囲気だいぶ変わるね」
「そう? ウィルブロードといえばこんな感じだよ」
空は驚くほど高く、雲さえも薄く伸びているように感じる。
大きな教会が目立ち、静謐で清らかな気配が漂っているためだろうか。
空気も爽やかなハーブのような香りがしていた。
聖堂の壁は白磁のように滑らかで、窓という窓には蒼いステンドグラスがはめ込まれている。
陽光が差し込むたび、石畳に神聖な光の文様が揺れた。
「何と言うか……綺麗な街だね」
「お気に召したようで何よりだよ」
ティアの冗談めかした言葉を聞きながら、一先ず俺たちは宿屋を目指した。
街並みは整然としていて、まるで誰かが糸で引いたように真っ直ぐだ。
露店の果物や香草までもが、まるで展示品のように美しく並べられている。
人々の衣服も白や淡い水色が多く、旅人の装束がやけに目立った。
「まあでも……久しぶりに帰って来た感じがする……」
そう言ってティアは、懐かしそうに目を細めた。
俺はその横顔を見て少し安堵しながら、流れていく街並みをぼんやりと眺める。
今回はギルドでクエストを受託することも無い。
とにかく寝床を確保し、早く身体を休めるだけだ。
「部屋、空いてますか?」
「今は一部屋だけ空きがございますが、よろしいですか?」
宿の前に馬車を停め、ティアが入口でそう訊いているのを何となく聞き流す。
ん?
ふと、今の店員との会話は聞き流していい言葉じゃなかったような気がした。
「え、一部屋?」
俺の呟きに、ティアがこちらをチラリと見る。
「……いいよね?」
ティアがわずかに首を傾げる。
その上目づかいが、雷よりも心臓に悪かった。
どうやら俺は、ティアとレオナの3人で一部屋で眠らなければならないらしい。
実質ティアと二人きりで夜を過ごすことになり、俺は言葉に詰まる。
戦いの痛みより、もっと気になる一夜になりそうだった。
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