第227話 黒鉄の軋む音
俺は国境から『セラフィオン』の街との間にある街道で、暗殺者ルキと対峙していた。
ウィルブロードに入ってわずか15分後の出来事で、俺たちの旅路は最悪ともいえるスタートを切ることになる。
俺はフェルヴァルム戦でのダメージが癒えぬまま、さらにこの先2週間近い旅程を残したまま、ルキと全力の戦闘を行わなければならない。
だが、こいつは手を抜いて勝てるような相手でもない。
俺は全身の痛みをこらえながら、こちらに狂った笑みを見せるルキを睨みつけた。
「おいそこ! 何をしている!!」
国境警備のウィルブロード兵が、慌ててこちらに向かって走って来た。
黒地に銀の意匠が特徴だったロングフェローに対し、彼らの騎士服は紺色をベースに銀の意匠となっている。
俺が普段着用している外套と似たカラーリングで、選んでくれたティアがあえてそうしたのだということに、このタイミングで気付く。
「邪魔だッ!!」
「ぐぁっ!」
ルキは近づいてきた騎士の顔面にソバットをくらわして数メートルも吹き飛ばす。
あの体格だ、本気で殴られれば鍛えられた騎士でも一撃で意識を奪われる。
が、俺はそれを奴の隙と見た。
『神罰の雷』を発動し、奴との間に雷のレールを敷く。
雷鳴と共に俺は走り抜けた。
俺たちの速度には、ただの警備兵では恐らくついてこれない。
「ハッ!!」
すぐに振り返り、俺を迎撃すべくルキが拳を振りかぶる。
ああ、お前が俺の『神罰の雷』の弱点に気付いていることは”知ってる”。
『神罰の雷』の直線軌道は、ルキのような戦い慣れてる奴であればある程度見切られることもある。
だからこそ俺は、騎士学院でアルカンフェルと共に改良を行ったのだ。
そして俺は、身体に稲妻を迸らせた。
「『神罰の迅雷』ッッッ!!!」
バリッ! という放電の音と共に、俺は直線軌道から立体、そして縦横無尽の軌道でルキを切り裂く。
光の檻が天球を覆い、初めて見るであろうその光景に一瞬ルキが目を見開いた次の瞬間。
「グァァアアアアッッ!!」
ルキの全身を全方位から刻む。
奴は防御態勢を取るが、全てをかわしきることはできない。
あのフェルヴァルムですら受けきれなかったのだ。
一撃一撃は軽くとも、一瞬のうちに数十回の剣戟を叩き込む”迅雷”は敵への出血を確実に強いる。
「くっ……!」
俺は地面に着地し、奥歯を噛んだ。
身体の動きが重く感じる。
俺の全身は限界を超えて戦って全く回復しきっていない。
速度も威力も、恐らくフェルヴァルムに撃ったものよりも落ちているだろう。
だが、ここで手を止めるわけにはいかない。
次の一手に移ろうとしたとき、俺のもまた奴に驚愕させられた。
「バァッッ!! 目が覚めるぜぇ!!!」
ルキは全身から血をまき散らしながら、俺の元へと飛び掛かってくる。
「ゾンビかお前は!」
俺は思わずツッコみながら、『神罰の雷』で後退を図る。
「遅ェよフガクッッ!!! 『鉄葬拳<地獄落とし>』ッッッ!!!!」
しかしルキの方が一寸速い。
俺はのけ反りながら、胸から腹にかけて爪で切り裂かれた。
血が飛び散るのがやけに遅く見えた。
――発動が遅い。起点で潰すのが一番。
フェルヴァルムのそんな声が聞こえてくるようだ。
俺はバランスを崩しかけ、どうにか後ろに踏ん張るが、ルキの猛攻はそこでは終わらない。
さらに一歩前へ、大地を踏み抜くような勢いで身体が出てくる。
空気が熱を帯びた。
奴の拳が、地の底から吠えるように轟く。
そして振りかぶった拳を、俺の胸のど真ん中に向けて抉りこんだ。
「ブチ込むぞ……『鉄葬拳〈赫断衝〉ッッッ!!』」
ゆっくりと、拳が肉を穿つところが鮮明に見える。
「ガッ……ァッ……!!!」
俺は咄嗟に銀鈴で受けたが、そのまま刃を逸らされ胸骨越しに心臓を貫くような衝撃を受けた。
胃液が逆流し、血と共に吐き出す。
まずい、意識が飛びそうだ。
俺は何とか足を後ろに踏み出し、どうにか踏み留まる。
『神罰の雷』を再び発動しようとするが、すぐに側頭部からルキの巨木のような脚によるハイキックが飛んできた。
「あッ……!」
「どうしたフガクッ!!! ヘバってんじゃねぇかァ!? あぁ!?」
肘でかろうじて受けてクリーンヒットは免れる。
それでも、脳の奥に顎が軋むような音が聞こえた。
バヂッ!!
一瞬の隙に、再び俺は閃光と共に駆け抜ける。
ルキに直線軌道は厳禁だ。
俺は帯電と放電を繰り返しながら、不規則な軌道でルキの肩を銀鈴で貫く。
その刹那。
「ハァッ!! テメェは馬鹿の一つ覚えだなァッ!!」
「しまっ……!」
前回、ルキが俺を捉えるためにわざと自分を刃で貫かせたことを思い出す。
だが分かっていても、剣は相手を斬ったり突いたりするものだ。
どのみちある程度のリスクは取らねばならない。
奴は、肩を貫いた俺の刃を鉄葬拳で掴んだ。
ガギッ!という金属同士が擦れる嫌な音がした。
そして、俺が硬直した刹那に、振り上げた手刀を首筋めがけて振り下ろす。
「もらったァッ!!!」
このままでは首を取られる。
俺は考えるよりも早くそう判断し、銀鈴を手放した。
そして雷鳴と共に上空へと飛び上がる。
ブォン! という空を裂く音が、俺が今までいた場所でさく裂する。
俺はルキの背後に回り込み、ルキの首筋を掴む。
「あァッ!?」
ルキはすぐに肘を振り上げるが、既に遅い。
「キツいのくれてやる!!!」
俺は奥歯を噛み締め、覚悟を決める。
『神罰の雷霆』を一瞬だけ発動させたのだ。
帯電した俺の身体から、バヂヂッ!!という雷轟が弾けた。
白光が街道に迸る。
「うグォォォオオオオ!!!!!」
ルキの身体が跳ね、絶叫が響き渡る。
奴の身体、それも脳髄に雷撃をブチ込んでやった。
だがその代償は大きい。
「ぐっ……!!」
ほんの数秒だが、俺の身体にも大幅なダメージがある。
5発目で俺を壊した”雷霆”から、2日経ったとはいえ6発目だ。
一瞬でも俺への反動は並みじゃない。
「まだ……まだァ……! こいよフガクゥッ!!!!」
ルキは体中から黒い煙を上げながら、裏拳を放つ。
俺はそれをかわし、ルキの身体から銀鈴を引き抜く。
腕が痺れ、身体が岩のように重い。
だが、あと一撃持ってくれ。
『神罰の雷』で、俺はルキに向かって最後の疾走を行う。
奴も俺も限界だ。
互いにもう避けられないことは分かってる。
「墓穴から出てくるなよ変態野郎!」
俺の銀鈴が、今度はルキの腹を貫いた。
鉄葬拳が俺の顎を砕こうと握りしめてくるが、そう来ることも知っている。
だからその前に俺は、”7発目”をお見舞いしてやった。
一瞬、俺の視界が眩み、何の音も聞こえなくなった。
「ギャァアアアアアアア!!!!!!」
「ォォォォオオオオ!!!!!」
俺達の絶叫が辺りに木霊し、周囲の警備兵をはじめとする多くの人々が息を呑んでいることに、ようやくそのとき気付いた。
ドサッ……。
ルキは銀鈴を通して全身に電流を叩き込まれ、そのまま白目を向いて仰向けに倒れていった。
そして、俺もその場に膝をつく。
ウィルブロードに入った初日に、こんな死にかけていて最後まで持つのだろうか。
しかもこいつ、前より速く、攻撃も重くなっている。
どう見ても修行だの鍛錬だのをしなさそうなタイプなのに、強くなって現れるなんてどうなってるんだ。
「フガク! 大丈夫!?」
セラフィオンの入口あたりから俺達の死闘を見ていたティアが、馬車で戻ってきてくれた。
御者台から飛び降り、俺の肩に手を添えて顔を覗き込んでくる。
俺はちゃんと笑えているか分からないが、彼女に戦力的な不安は持たせたくないので、どうにか笑みを返しておく。
「まあ、何とかね……」
ぞろぞろと集まってくる人だかりに、俺はこの度の幸先が思いやられる。
焦げた鉄と血の匂いが、風に流れていくのを感じる。
俺たちの旅はまだ、始まったばかりだ。
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