第201話 魔王と勇者と聖女の輪舞曲<ロンド>⑥
人魔会談の意味を根底から覆すようなアウラの一言と、その真意を問う魔王の覇気に、変温生物のリザードマンが冬眠を考えそうなほど寒々しい空気になった。
対峙する二つの双眸。
魔王と、アウラ、両者の深紅の眼差しがテーブルを挟んで交錯している。
「そもそも魔王様だって、明日前線基地から”魔族の皆さん撤退してくださーい!”って言ったって無理だと思いません?」
アウラの言葉に、質問を質問で返すなとメルが言いたげな表情をしている。
「では和平などまやかしで、あり得ないと?」
「いいえ。私は、魔族と人間が手を取り合い、共に未来を紡げると信じています」
「……要領を得ない回答は結構です。貴女の理想の結論を述べなさい……大体」
「メル、よい。最後まで聞くのだ」
「……申し訳ありません」
メルはアウラのよく分からない言い分にややイラつきながらそう言った。
魔王はそれを右手を挙げて制する。
「あなたのせいで魔王様に叱られた」と、恨めしそうに視線を送るメルだが、アウラは気に留める様子もない。
「”これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ”」
アウラは静かにそう告げた。
俺は驚く。
その言葉は、俺が前世で耳にしたことがある言葉だ。
1969年人類で初めて月面着陸をしたニール=アームストロングの言葉だった。
驚いたのは、言葉の内容ではない。
何故その言葉を、”アウラが知っているのか”だ。
「……それは?」
「前に知り合いが言ってた、私の好きな言葉です。この場合は、人類と魔族どちらもですね。私たちの一歩は、きっと未来につながってる」
知り合い?
その何某かがアームストロング船長の言葉を?
いや、言葉自体はそんなに変わったことは言ってない。
もしかしたら言葉を発した本人が、たまたま似たようなことを言ったのかもしれない。
だが……もし本当にそうだったとしたらと、俺は一つの疑問を持った。
この世界には、俺以外の異世界転移者がいるのではないか?
魔王は内心で特に引っ掛かっているということはなさそうだが、俺は思いがけず出て来た前世の言葉に頭がうまく回らなくなってきた。
ただ、これは400年前の出来事だ。
仮に異世界転移者がいたとしてももう生きてはいないだろう。
だから重要なのは、俺のいた世界からこの異世界に人が来るのは、”俺が初めてではない”ということだ。
「では、聖女アウラよ。貴殿なら何とする。その第一歩とやらを、どう踏み出す」
俺の混乱を待ってくれるわけもなく、話は進んでいく。
一先ず転移者の件は脇に置き、俺も続きを聞くことにした。
「まずは、魔族と人の交流ですよね」
「……ふむ」
「私たちは今日まで、互いに剣を向け合ってきました。その剣を下ろすのはきっと怖いでしょう。でも、まずは面と向かって、私と魔王様がそうしているように、相手のことを知ろうとすることが大切なのです」
言っていることは、分かる。
魔王も感心とまではいかないが、存外この聖女は現実的なことを言っていると思った。
顔を突き合わせて話ができるなら、それに越したことは無い。
それができないから苦労しているということでもあるが。
「言葉を交わせば、きっと分かることがあります。争いも起こるでしょう、分かり合えないと知ることもあるでしょう……だけどきっと逆も、ある」
否定できなかった。
それは理想論であることに変わりは無かった。
だが、真っ向から否定するだけの材料も、魔王は持ち合わせていない。
「長い年月をかけて、人類と魔族が手を取り合える未来を作ろうと、そう言うのか?」
魔王の問いに、アウラは頷いて応える。
「友情を築くことも、互いを理解しようと努めることも、続ければきっと遥か未来で何かを結実させるでしょう。私は、今すぐ誰もが平和のために生きられるなんて思ってない。だけど、今日はその未来のための一歩だと思っています」
「それもまた理想論です。そんな未来のことなど、誰にも分からない」
それをメルが言うのは皮肉だなと、魔王は思った。
メルのスキル『星見の瞳』は、未来を見るスキルだ。
あらゆる未来を見られるわけではないが、天啓のように予言が降りてくるというのが魔王の知識だった。
「分かりますよ」
「……なんですって?」
メルの言葉を、アウラは優しく包み込むように、だがはっきりと否定した。
「私はアウラ=アンテノーラ。数百年先の未来まで生きる、長命種です。ダークエルフであるあなたと同じ」
メルはどうやらダークエルフらしい。
アリシアが「悠久の時を生きる」と言っていたように、彼女もまた長命種のようだ。
アウラがエルフだと言うと、メルは忌々し気に眉をひそめた。
「……魔族が、人間の側に立つのですか」
「私は人間の代表として来ていますが、人間の側には立っていません。私は……”未来”の側に立つのです」
「利いた風な口を……」
その言葉に、魔王はアウラの中に確固たる信念のようなものを見た。
言っていることは理想論であり、未来が誰にも分からないことは、確かにその通りだ。
だが、アウラの言うことも理解できる。
悠久の時を生きる生物が、その命を何のために使うのか。
そう問いかけるために、彼女はそこにいるのだ。
――聖女アウラはただ、”覚悟”の話をしている。
聖女の深紅の瞳が揺らがず、魔王を射抜いていた
「……聖女アウラよ。この魔導王ネメシスは、既に1000年を生きる悪魔族の出だ」
「存じております」
「……”アウラ”。お前はこの先の未来にまで、その”願い”を持って行くと言うのだな。他ならぬお前自身が」
長命種と長命種。
聖女アウラが何歳かは知らないが、きっとこの先数百年は軽く生きる。
魔王ネメシスも、不死ではないが寿命はまだ数百年は固い。
互いに同じ理想を持つ二人が、未来までその理想を運べるのか。
いや、運ばねばならない。
未来を憂う者が二人、永き時を生きる者が二人、人類と魔族の最前線で出会ったのだ。
だからアウラは、ここに和平の話をしにきたのではない。
「お前にその覚悟があるか?」と問いかけにきたのだ。
「はい。魔王様……いえ、ネメシス様―――私と、未来へ行けますか?」
「フハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!」
アウラの問いに、魔王はかつてないほどに哄笑した。
その部屋にいるすべての者が驚きを露わにした。
燭台の炎が一斉に揺れ、王たちは恐れすら顔に浮かべ、ただ一人アウラだけがその笑いを真正面から受け止めていた。
魔王はたまらなくおかしくなった。
はじめは聖女を試すつもりだった。
本当に理想を叶える覚悟があるのかと。
だが、アウラもまた同じだった。
いや、もっと面の皮が厚いと思った。
「一緒に理想のために身を捧げろ」と、そう言っているのだから。
「ま、魔王様……?」
メルですら、魔王の突然の高笑いに困惑している。
「フフフ……こんなに笑ったのは数百年ぶりだ。面白い、この魔王に、理想のために永劫働けと言う」
「そ、そこまでは。でも、私たちの考えが同じなら、きっとこの願いは未来へ行きます。いつか互いに分かり合える日のために、私たちがまずは手を取り合いませんか?」
アウラはやや苦笑気味にそう言いながら、右手を差し出した。
魔王はその手をジッと見つめる。
理想はどこまでいっても理想。
だが、その理想を掲げ続ける者が二人、その信念を変えず生き続ければどうだろうか。
ただ目的の完遂のために、その人生を捧げるのなら。
いつの日か、確かに実を結ぶ日が来るかもしれない。
その時はきっと、彼女と二人で笑い合えるだろう。
時間がかかるなら、かければいい。
涓滴岩を穿つが如く。
それだけの時間が、長命種たる自分たちには許されている。
「だが、それは長命種たる我らだからこそ、現実のものとして受け入れられよう。そうでない者には、何とする?」
「話しましょう。どれだけ時間がかかっても、皆に。きっと分かってくれます」
「ふっ、そこだけは本当に理想論だ」
魔王は愉快そうに笑った。
だが、まあ悪くはない。
初めから出来ないと決めつけて動かなければ、また1000年無駄にする。
理想を叶えるまでに500年かかったとしよう。
残りの寿命の数百年は、きっとこれまで見られなかったものが見られるはずだ。
そのために、道半ばで倒れることは許されない。
信念を完遂するまで、自分たちは理想の殉教者だ。
「……私は和平など夢物語だと思いつつも、魔族の、いや人と魔族の未来のためには必ず必要なことだと信じている。だが、そのために人間にも魔族にも、和平を訴えることもしなかった。どこかで無理と諦め、100年という復讐と怨嗟の歴史に囚われていたのは、私も同じだ」
魔王は立ち上がり、アウラを見下ろす。
彼女は右手を差し出したまま、魔王を見つめていた。
「私はどうやら、無為な千年を過ごしたようだ」
「そんなこと……これからの千年を一緒に考えましょう」
アウラの言葉に、魔王は微笑を滲ませる。
「……よかろう。未来への一歩だ。私たちの理想を理想で終わらせないために、踏み出すことが重要なのだと受け止めよう。これからの千年は、未来を刻むために捧げる」
そして魔王は聖女の手を取る。
その赤く鋭い爪で、アウラを引き裂いてしまわぬように、そっと慈しむように。
アウラも立ち上がり、二人は見つめ合った。
周囲はただ圧倒され、二人は一体”何を見ているのか”まだ理解ができていない様子。
「共に生きましょう。未来まで、私たちの願いを繋ぐために」
アウラの血のように赤い瞳が、静かに燃えている。
「人と魔族の共存。ああ、いつかその光景を、お前と見られる日が来ることを願っている」
魔王もまた、確かに胸の奥に高鳴りを感じていた。
彼女となら、未来へ行けるかもしれないと、そんな期待があった。
アウラと魔王のその握手で、人魔会談は終わりを迎えた。
細かな打ち合わせはまだ後日行われることになったが、まずは魔王軍の一時停戦、ただし前線基地はそのままということになった。
魔王軍、人間軍共に相手との戦争を禁じる声明がその日のうちに出され、一時的にではあるが仮初の平和が訪れた。
不満を持つ者もいるが、それは魔族も人間も同じだろう。
だが、アウラと魔王の1000年先を見据えた壮大な計画には、誰も口を差し挟めなかった。
何せ、本人たちが1000年後もいる可能性が高いのだ。
それは彼女らにとって、途方もない死後の未来の話ではない。
いつか必ず来る、将来の計画なのだから。
「そうだ! 今度勇者にも会ってください、きっと仲良くなれると思います」
「……そうだな、それもいいだろう」
アウラのそんな一言と共に、平和な世界に向けて魔族と人間の交流が始まる。
取り急ぎ、本日は訪れた使者を歓待する晩餐会も、この魔王城で行われる予定だ。
だが――俺はこの先の結末を知っている。
アウラは死に、魔族は滅び、魔王は未来永劫勇者を呪うのだと。
その絶望的な結末に、俺はこの時の光景が結びつくとは到底思えなかった。
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