第199話 魔王と勇者と聖女の輪舞曲<ロンド>④
ガシュラの帰還から2日後、会議が紛糾していた。
魔王城の中にある巨大な円形の会議室。
角を打ち鳴らす音、長い尾が石床を叩く乾いた音、鉤爪が肘掛けを削る嫌な軋み……それらが緊張と苛立ちの証のように響いていた。
石造りの扉を潜った一番奥に、魔王が悠然と腰かけている。
右後ろにはガシュラが立ち、メルは魔王の右隣に、バルカスが左隣に座った。
荒々しいざわめきの中心で、ただ一人魔王のみが揺るがぬ静謐をまとい、会議室全体を圧していた。
「俺が反対しているのではない! しかしこの期に及んで人間どもとの和平など、前線で血を流す兵たちが納得するものか!」
一人の男の怒声が、会議室内に響いている。
来週に迫った会談の段取りなどを打ち合わせる会議だが、事の発端は何人かの魔族たちから魔王に進言があったことからだ。
人間たちは魔族を倒すために姑息な手段も平気で使う連中だから、簡単に信用することはできないと。
「魔王様のご決断だ! 兵たちは納得するより他ない! 貴様魔王様のご判断に異を唱えるというのか!」
バルカスがたしなめたが、人類を敵視する強硬派の者達はそう易々とは納得しないし、魔王もそのことは分かっていた。
その中で、一際強硬に反対を訴える者が一人。
「そんなつもりはない! だが人間は信用できぬ! 魔王様、どうかご再考、いやせめてしばし兵たちにそのご決断が受け入れられるだけの時間をいただけませぬか!?」
男の名は『ドラガン』。
赤い鱗を持つリザードマンであり、ガシュラと共に前線で人間たちとの戦をけん引する魔王軍の戦士長だ。
長きに渡り人類と戦い続けてきただけあり、簡単には和平を受け入れられないのだろう。
そしてそれは前線にいる兵士も同様だ。
ガシュラは冷静沈着な男だが、兵たちが皆そうというわけではない。
好戦的な魔族の戦士たちは、勇者たちから劣勢に立たされている現状もあり、人間など全て滅ぼせという思想を持つ者もそれなりにはいる。
ドラガンはそんな兵士たちの内心を慮り、魔王へしばらくの時間が欲しいと進言したのだ。
「控えなさいドラガン。ここは貴方の思想を主張する場ではありません。それ以上の進言は魔王様への不敬とみなしますよ」
何とか会議を進めなければとたしなめるバルカスとは違い、そもそも魔王の決定に異を唱えるとは何事かと憤慨しているのはメルだ。
「不敬!? 不敬だとメルエム! 俺は前線の兵たちの気持ちも考えてほしいと奏上しているだけだ! 魔王様ならご理解いただけるはず! 勇者に仲間を殺された者たちが多数いるのだぞ!」
「兵が納得せねば物事が進まないとは、いつからここは兵達の国となったのでしょう。ドラガン、身の程を弁えなさい!」
「それは詭弁であろう! 何も判断を覆してくれと申しているわけではない! 急すぎると言っているのだ! 急な和平は同胞からの裏切りとも捉えられかねんぞ!」
「裏切り? 魔王様のご判断こそが正義であり、王道です。自らの意に沿わぬから裏切りなどと申す者がいるなら、この場に連れてきなさい。この私が手ずから断罪いたしましょう」
ドラガン以外にも和平に懐疑的な者達は何人かいたが、最終的にはドラガンとメルの言い争いになった。
バルカスも恐ろしい顏に呆れの色を浮かべ、頭をボリボリとかいている。
そして魔王はと言うと、一旦は黙って好きに言わせてみようと考えていた。
先日ガシュラにも問うたように、前線で戦う兵からしてみれば複雑だろう。
戦争が終わることを喜ぶ者ももちろんいるが、それではこれまでの戦いは何だったのだと怒る者も出てくる。
ドラガンは自分の思いの丈も多分に含めているという印象ではあるが、彼の主張は理解できなくはない。
まずはその怒りを受け止め、落ち着いたころに諭すことが必要だと考えた。
「ガシュラよ! 貴様も前線を預かる身であるならば何か申したらどうなのだ! 貴様とて理解できるはずだ!」
矛先が、魔王の背後に護衛として佇むガシュラに向く。
ドラガンとガシュラは何かとぶつかることの多い二人だ。
慎重派のガシュラに対して好戦的なドラガンは馬が合わなかった。
だが今回は、ガシュラは吠え猛るドラガンに対して何も言わない。
「……私は魔王様の御心のままに剣を振るうのみだ。兵を納得させるのも貴様の務めのはずだが」
「ぐぬぬ……!」
ガシュラの冷徹な言葉に、ドラガンは牙のビッシリと生えた奥歯を噛んだ。
大方の主張は終わったようだと、魔王が口を開く。
「ドラガン、貴様や兵達の行き場の無い怒り、察して余りある。だが貴様も察しているように、私の判断は覆ることはない。まずはそれを理解せよ」
「……は、もちろんでございます」
「同時にドラガンよ。貴様が兵達のために申していることも分かっている。今も前線で戦っている同胞たちに、私は必ず報いると誓う。会談の日取りが近い故すぐにとはいかぬが、会談後兵達を労いに行く。その際私から説明もしよう」
「は……い、いえそのような。魔王様御自ら……」
ドラガンもさすがに歯切れが悪くなった。
直々に説明させてもらうと言われては、それ以上ドラガンが何を吠えても仕方なくなってしまった。
その場で魔王に直接進言できる機会を、兵達が与えられるのだから。
「ドラガンよ。仮に和平を結んだとしても、貴様達のこれまでの献身を私は忘れぬし、これからそれが不要になるわけでもない。貴様達が同胞を守り抜いたその力は今後も必要だ。故に、貴様の力をこれからも頼りにしている」
「は……ありがたき幸せ。魔王様の誓いの前に、我らが声を重ねる余地はございませぬ……」
ドラガンはその言葉を最後に何も言わなくなった。
「……魔王様……」
魔王の発言に、メルはうっとりとしている。
俺の想像だが「嗚呼、魔王様の懐の深さにメルは感服いたしました」とか思ってると思う。
現代のメハシェファーとはイマイチ結びつかないが、メルも若いためかかなり感情豊かだ。
魔王を崇拝しているという点では変わっていないのかもしれないが。
「他に何か言っておきたい者はいるか? 許す、貴様らの同胞を想う胸の内を、このネメシスにさらけ出すがいい」
魔王は会議の場を見渡す。
目を逸らす者、魔王の言葉に感服する者、恍惚として今にも絶頂しそうなメルなど様々だが、一様に言葉は発さなかった。
「……無いようだな……ならば心せよ。百年の戦火に焼かれた者たちの嘆きには、千年の平和を以て応えるのだと!」
魔王は完全に場を掌握した。
同時に、その言葉に目の色が変わる者も少なからず見受けられた。
和平はこれまでの戦いを無かったことにするものではないし、これまで散っていった者達のはたらきが無駄になるわけでもない。
むしろ、失ったものがあるからこそ、未来ではより多くの繁栄で子孫たちに報いなければならないと、そう魔王は告げたのだ。
「バルカス、会議を進めよ」
「はっ! では次に当日の警備であるが……」
そう言って会議は再び回り始めた。
魔王は椅子に肘をつき、悠然と同胞たちを見回す。
俺は感心した。
先日からそうだが、魔王には部下の意見に耳を傾ける度量も、納得させるだけの力とカリスマもあるようだ。
だが俺には分かった。
この時魔王は、魔族の意思統一は決して簡単では無いことを身をもって感じていた。
分かっていたことだが、和平を結んでも争いがただちに無くなるわけではない。
それをどう実現していくかが、王としての腕の振るいどころなのだろうと。
―――
会議終了後の夜、魔王は私室にて窓辺に座り、夜空を眺めていた。
ステラよりもさらに暗黒に近い空には、ステラと同じように煌めく星が瞬いてる。
月の無い空から降り注ぐ星のわずかな明かりが、魔王の白い肌を照らしていた。
「メル」
「はい、お傍に」
無言で空を眺めていた魔王が、ポツリとメルの名を呼んだ。
メルはずっと背後に控えており、魔王の声にすぐに反応して応える。
彼女は魔王の傍らに片膝をつき、魔王よりも低い位置に自らを置く。
「同胞たちの動向はどうだ」
「魔王様のお言葉に、和平に向けて期待を持つ者が増えているようです。ただ……」
メルが一瞬言い淀んだ。
こういう時のメルは、魔王の耳に入れるべきか悩んでいる時だと魔王は知っていた。
それは魔王がそれを知って悲しんだり、心労が増えるのではないかと慮っているからだ。
魔王はそれを理解しているので、そっとメルの頬に指を這わせた。
「申せ、メル」
「はい……会議終了後、バルカスやドラガン、その他数名が何やら密談をしていたと報告が上がっております」
メルは魔王に触れられた喜びと、魔王の憂いを想う苦しみと、その原因となっている者たちへの怒りがないまぜになったような複雑な表情をしている。
だが、それでも喜びが勝るようで、メルは自らの頬に触れる魔王の手に自らの手をそっと重ねた。
「……内容は?」
「申し訳ありません。バルカスは警戒心の強い男です、内容までは……」
「バルカスも和平に不満を持っているようだからな。穏やかな内容ではあるまい」
「愚かな……」
忌々し気なメルの呟きに、魔王はフッと笑った。
「そう言うな。誰しもが私と同じ考えを持つわけではない。魔族も人間と変わらぬ」
「しかし魔王様……あるいは謀反を企てているのやも……」
「謀反は実際に起こらなければ謀反ではない。私とて他者の想いや願いまでは変えられぬのだ」
魔王は真っすぐにメルを見下ろし、見つめる。
「だがお前の”瞳”はまだ、私の死を予見していないのだろう?」
「はい……そのような凶兆が見えれば、メルは冷静ではいられません」
メルは瞳を揺らし、魔王からの視線をその眼球の全てで受け止めようと目を逸らさなかった。
二人の間にはしばし沈黙が流れ、やがてそれを破ったのはメルだった。
「魔王様……美しく聡明な我が神。メルが震える程に貴女様を想うことも……お許しいただけますか?」
メルは魔王の手に添えた震える指先を、そっと握りしめた。
「許す。お前の美しい貌が怒りと憂いに曇るのは、今宵は見たくない」
星の光が窓辺から差し込み、魔王の白い首筋を淡くなぞっている。
その光に照らされる横顔は冷徹な王ではなく、ひとりの美しい女であった。
「嗚呼……魔王様……」
メルは魔王の手に触れたまま、魔王の膝に縋りつくように頬を寄せて瞳を閉じた。
星光に濡れた白い首筋に頬を寄せる衝動を、ただ必死に押し殺すかのように。
魔王の白い肌の温もりが、メルの震える指先を熱していく。
魔王は、空いたもう片方の手でメルの黒く艶やかな髪をそっと撫でた。
俺にはこの二人の関係が何であるのかは分からないし、魔王の中からも読み取れない。
だが、彼女らの間には確かな絆と愛が感じられた。
まるで俺に見せないようにするかのように、雲がかかって暗闇に包まれる室内には、二人の静かな吐息がいつまでも聞こえていた。
そして、アウラとの人魔会談の日が訪れた。
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