第198話 魔王と勇者と聖女の輪舞曲<ロンド>③
それから3日後に俺の記憶は飛んだ。
その間政務や魔族間での細かなやり取りはあったものの、大きく事態の進展はなかったようだ。
どうやら俺の記憶は、魔王の記憶の中でも重要な部分だけが流れてくるらしい。
それがメハシェファーによるものなのか、魔王自身が重要だと感じていたからかは分からないが。
現在魔王は玉座の間にて、ひざまずく一人の大柄な男を見下ろしていた。
男の名は『ガシュラ』。
魔王軍の筆頭騎士であり将軍だ。
黒と白銀の鎧をまとった白い虎のような獣人で、肉食獣を思わせる鋭い目つきに獣耳が特徴的だった。
背中には巨大な剣を背負い、百戦錬磨を思わせる
「よくぞ戻ったガシュラ。我が宝刀よ」
「恐悦至極」
魔王の声に、ガシュラは面を上げず声をあげた。
俺の頭の中に流れ込んでくる魔王の感情や記憶によれば、このガシュラは魔王が一際信頼を置く、魔王軍きっての戦力のようだった。
堅物だが忠義に厚く、魔王がまだ王として君臨する前から主として崇めている。
玉座の傍らにはメルが立ち、警備の感情無きリビングアーマーを除けば室内には3人だけだ。
つまりここにいるのは、魔王が最も信を置く2人の部下。
魔導秘書官メルと、魔導将軍ガシュラが揃っていた。
「面を上げよガシュラ。貴様の勇ましい面構えを私に見せてくれ」
「はっ」
ガシュラは顔を上げ、魔王を見上げる。
表情に変化は無いが、その目には確かに畏敬の念が感じられる。
魔王の胸中にも、普段は前線にいるガシュラが戻ったという安心感があるようだった。
「相変わらずの仏頂面よ。だが、貴様のその目を見ていると私も背筋が伸びる」
魔王は愉快そうに口元に笑みを滲ませた。
その言葉にも、ガシュラは反応を示さず口を開く。
「畏くも偉大なる我が王。此度の招集、このガシュラに何をお望みか」
「2週間後、『人魔会談』のことは聞いているな」
「はっ」
「人間と最前線で刃を交えていた貴様には酷な話かもしれんが、判断は覆らぬ」
「我が王の御心のままに」
ガシュラは眉一つ動かさずそう言った。
人間と飽くなき戦いを最前線で繰り広げていたガシュラ達にとって、いきなり人類との和平を進めると言われて納得できるのか。
魔王には内心そんな心配があったようだ。
だが、当然そんな不安はおくびにも出さず、魔王は受け入れろと申し渡し、ガシュラもそれを了承した。
「貴様の胸襟を開け」
「……我が王の深慮に勝るものなど、我が内にはございませぬ」
「魔王様は貴方の意見を申せと仰っています。無為に時間を浪費せずただちにお答えなさい」
すかさずメルがそう付け足した。
自分もこの前魔王に同じことを言ってたしなめられていたのに、と俺は思った。
ちなみに、魔王も同じことを思って少し笑っていた。
「次から次へと湧き出る人間の軍に、前線の兵は疲弊しております。正直に申せば、戦が終わるのならばこれに勝ることはないかと」
ガシュラは一拍の間も空けずそう答えた。
軍を預かる者が戦争を忌避するようなその言葉に、メルは一瞬顔をしかめたが、魔王は嬉しそうだ。
「私もそう思う」
魔王は率直にそう告げた。
その言葉に、メルもガシュラも表情を変えない。
魔王がそう言うのならば、それが正解なのだから。
「しかしながら我が王よ。聖女アウラは……人間との和平は信に足るのか。この100年に渡る怨嗟の螺旋が終結に至る確信は、このガシュラにはございません」
「何を言うかと思えば、ガシュラ、貴方が憂慮することではありませんよ」
「メル、よい。ガシュラよ、貴様の憂いはもっともだ」
ガシュラはかなり踏み込んで話していると思った。
「マジで人間なんか信用できるんですかね?」と言っているわけだ。
だが魔王も、当然そこを盲信しているわけではない。
「無論、それはこれから、あるいは会談で判断する。お前を呼び戻したのにはいくつか理由があるが、何よりひとつ直接聞きたいことがある」
「何なりと」
「勇者の一団について、知っていることを申せ」
勇者パーティ。
魔王の知識と、俺の知識を合わせれば、アウラ=アンテノーラを筆頭とする5人のパーティだ。
3年ほど前、突如現れた冒険者たちが魔王軍の前線基地を次々と壊滅させていった。
それが人類側の王たちの命によって遣わされた『勇者』と呼ばれるものたちの一団であるというのは、魔王軍でもすぐに広まることになる。
その快進撃は”異様”の一言で、並の冒険者とは一線を画す強さから”人類の希望”とまで呼ばれているらしい。
ガシュラは、魔王軍の将軍として勇者パーティとは剣を交えたことがある。
魔王がガシュラを呼び戻したのは、この和平を唱えた聖女を筆頭とする彼らについて、情報を得るためというのが理由のひとつだった。
「……聖女アウラは、私の目には他の人間とそう変わらぬ少女のように映りました。戦士も、魔法使いも、斥候も似たようなものです」
「だが奴らはいくつも我が軍の戦線を壊滅させている。他の人間とは戦果の上では比べるべくもないのではないか」
魔王の疑問はもっともだった。
実質、勇者パーティがいなければ魔王軍は戦況のうえでは優勢だったのだ。
彼らが現れる前までは、『地獄の門』がある大陸――つまり俺がいる大陸では半分以上が魔族の領地となっていたらしい。
それをわずか3年で、ウィルブロード北部まで押し返したのが勇者達だ。
他の人間とそう変わらない連中に、そんな芸当ができるかというのが魔王の質問である。
「……確かに奴らの仲間は強いが、それでも人間の域は出ないでしょう。ただ……」
「勇者か」
「はい」
そういえば、勇者については俺はほとんど知らない。
ミユキの100倍くらい強く、世界を滅ぼす災厄に対するカウンターとして生まれると、アリシア達は言っていた。
勇者がどんな人物だったのかを知る機会はこれまでに無かった。
だがガシュラは実際に刃を交えた経験から、勇者がどれほど危険であるか、その目が如実に物語っている。
「これまで我が軍に与えられた損害の大半は、勇者によるものです」
「それは報告を聞いて知っている。どんな男だ」
「……勇者は、女です」
「女?」
ガシュラは淡々と答え、その言葉にメルがピクリと反応した。
報告では勇者の性別までは記載されておらず、魔王もガシュラのような屈強な男だと想像していた。
「私も勇者本人と剣を交えたのは1度だけです。しかし、あれは人間ではない。ただ冷徹に我らの同胞を狩っていくその姿は鬼神の如く、あるいは歩く天災そのものでした」
「ガシュラ、随分と詩的な言い回しですね。まさか貴方ほどの戦士が、勇者を恐れているとでも?」
メルは冷たい目をしてガシュラを見下ろした。
ガシュラはジッとメルを見据える。
魔王も、ガシュラがここまで言うとは珍しいと思った。
それほど危険なのかと、3人の間には剣呑な雰囲気が流れる。
「恐れはない……だが、我が王よ。勇者を城へ招き入れるのは危険だと進言いたします」
「私が死ぬと?」
「場合によっては」
「痴れ者! ガシュラ、貴方は王の懐刀でありながら、魔王様を守り切る自信が無いと言うのですか? 恥を知りなさい!」
メルは激高してそう叫んだ。
魔王の内心にも困惑が浮かぶ。
ガシュラは、長年魔王に仕えた生粋の武人であり、これまでも何度もヒヤリとする場面で魔王の命を守ってきた男だ。
その実力は魔族の中でも最上位に位置し、こいつを単騎で倒せる人類などそういないだろうと確信している。
だが、そのガシュラが「勇者と向かい合ってはならない」と言っているのだ。
それは決して軽視して良い発現ではない。
「メルエム、このガシュラとて身体は一つ。わずか刹那の空隙でも、勇者は冷酷に我が王の首を刎ねるだろう」
「恐れ多くも魔王様の御前で、不敬にも程があります! 魔王様、メルに断罪のご裁可をッ!」
「メルよ、そう怒るな。お前の美しき貌が損なわれるぞ」
「魔王様……!」
メルは敬愛する王の死を予言したガシュラへの怒りと、魔王からのお褒めの言葉に感情のやり場を失ったようだ。
やや喜びが勝ったようで、蕩け切った表情で魔王の傍らに侍る。
「ガシュラ。そうは言うが、私とて首を断たれるのを無為に待つほど悠長ではないぞ」
「無論です。あくまで最悪の事態に備えての進言とご理解いただければ」
「……それもまた道理よな」
魔王は少し迷いを見せた。
勇者の危険性が、まだいまいちピンと来ていないのだ。
魔王は自ら力を振るうことは無いが、その身に宿す力は強大で、まともにやり合って勝てる者など魔族にも人類にもそういないと言っていい。
それはガシュラも承知のはずだ。
そのガシュラが、勇者を近づけてはならないと言うのなら、一考しなければならない。
だが、和平の場から人類の筆頭戦力たる勇者を遠ざけてよいものか。
魔王が勇者を恐れたという風評は、プライド云々よりも今後の魔族の置かれる立場に少なからず影響を与えるだろう。
「貴様の忠言、胸に留めておこう。だが、勇者を退ければ人魔会談そのものが瓦解しかねん。故に、勇者を会談から外す要請はしない。理解せよガシュラ」
「御意」
魔王は勇者と対峙することを決めた。
俺は魔王の判断の早さを素直に賞賛する。
同時に、魔王の胸の内が伝わって来た。
魔王は警戒と不安も確かに抱えているが、彼女の胸の内には期待もあった。
人類の守護者と手を取り合うことができれば、人間と魔族は長い平和の時代を歩めるだろうと。
少なくとも聖女はその道を歩もうとしているはずだ。
ならば聖女の仲間である勇者も、話の通じない相手ではないと考えていた。
「ガシュラ、貴様には会談の警備を命じる。貴様の懸念が現実のものとならぬよう、せいぜい励むことだ」
「はっ! 必ずや!」
無論、魔王がガシュラを前線から呼び戻したのは勇者について訊くためだけではない。
ガシュラという最も信頼できる戦力を、警備の責任者とすることで是が非でも成功に導くためだ。
ガシュラもそれを察し、迷いなき眼差しで深く王の言葉を戴いた。
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