小動物みたいに愛らしい人は自分だと思っていた
リットン侯爵家の前に着くと、ドキドキと煩い心臓を抑えるように深呼吸をする。婚約破棄をして以来だから、ここに来るのも半年ぶりだ。
ベラ様と婚約破棄をしたのはニーナちゃんがベラ様にいじめられていると言ったからだけど、ボクは元々彼女のことが好きじゃなかった。
ボクはホロウェイ伯爵家の末子として生まれて何も期待されずに、誰からも注目されずに育った。唯一特別だったのは愛らしい容姿だ。その容姿に合った愛嬌を振りまけば、小動物のようだと令嬢らから可愛がられた。たまたま年が同じだったからとベラ様と婚約してからは、絶対に彼女の機嫌を損ねるなとそればかり言われた。社交界でのボクの価値は「愛らしいこと」だけで、伯爵家の中でのボクの価値は「侯爵家令嬢の婚約者」であることだけだった。
ベラ様も「小動物の様に愛らしい人が好き」というから、絶対に可愛らしさを崩さないようにと必死になって生きてきた。それはすごく息苦しくて、ずっとベラ様から離れて自由になりたいと思っていた。
そんなボクの気持ちに気付いてくれたのがニーナちゃんだった。「キャロルは人の顔色を気にしすぎだよ! 人のことをいっぱい考えるキャロルは努力家で素敵だと思うけど、そのままのキャロルだって私は大好きだよ」と笑いかけてくれて、ボクは救われたんだ。
だから、ベラ様にいじめられたと泣いていた彼女を救いたかったのに、それは全部嘘だった。ニーナちゃんの発言が虚偽だと言われたときもボクは信じられなくて、誰かがニーナちゃんを嵌めたんだと思った。だから、ニーナちゃんに「一緒に逃げよう」って言ったのだ。それに対して彼女は「可愛いだけで何にもできないアンタと一緒に逃げたってどうにもならないわよ。アンタじゃ話にならないから、殿下かクラークを連れてきて」と吐き捨てた。そこでやっとニーナちゃんが優しい女の子じゃなかったと気づいた。
それからボクは「無実の婚約者を責めて婚約破棄をした愚か者」として家でも社交界でも居場所を無くした。父から廃嫡が言い渡されたが、どうにか最後のチャンスをくれと頼み込んでリットン侯爵家に来たのだ。ベラ様ともう一度婚約が結べれば、ボクはまた価値を取り戻せる。ベラ様は愛らしいボクを愛してくれていたから、涙でも見せて謝れば許してくれるに違いない。その証拠に会いたいと送った手紙に二つ返事で了承してくれた。
通された応接間は婚約をしていた時にいつもボクとベラ様がお茶をしていた場所だった。しかし、その時と違うのはボクとベラ様以外に見たこともない男がいることだ。横に並んでいるベラ様より少し身長は低いから凡そボクと同じくらい、でも体重はボクの1.5倍はありそうなくらい丸々としている。顔も良く言えば温和そう、率直に言えば地味で記憶に残らない男だ。
「お久しぶりです、ベラ様。あの、その隣の方は?」
「この方は私の新しい婚約者ですわ」
「あ、お、お初にお目にかかります、エドワード・ブロウと、も、申します!」
ボクは勝った、と思った。ベラ様はボクに婚約破棄されて傷がついたせいで、こんな男としか婚約できなかったんだ。エドワードみたいな可愛らしさとは程遠い男なんてベラ様も不満に違いない。これならすぐに婚約を戻せそうだ。
「お座りになって、アフタヌーンティーも準備しているの」
「わぁ、ありがとう」
「エドも早く、今日のスフレチーズケーキは絶品よ」
「本当ですか? 楽しみです」
ベラ様に促されボクもエドワードもテーブルを囲んで座る。スフレチーズケーキに喜んでだらしなく笑うエドワードに、見た目通り卑しい男だなと思う。
ボクは目の前に並べられたスイーツは手に取らず、紅茶だけをいただく。
「とっても美味しいです、ベラ様。以前の物より甘味が強いけど、ベリーソースの酸味があってちょうどいいです」
「ふふ、そうでしょう? この方が貴方好みだと思ったの」
「はい、もちろん前回のスフレチーズケーキも美味しかったけど、今日の物はもっと好きです」
「良かったわ」
ベラ様が柔らかに笑われるから面食らってしまった。ボクとのお茶会の時はいつだって冷めたような目をしていた。居心地が悪くて、でもそんなこと言えなくて苦しくて仕方なかった。こんなに優しい顔をするなんて知らなかった。
「それで、キャロル様はどのような要件でいらしたの?」
「え、あ、あの、そう、婚約破棄のことを謝りたくて」
「まぁ、今更?」
「ぐ……今まで、ニーナちゃんに騙されてて、やっと本当のことが分かったんだ」
「そう、それで?」
「一方的に婚約を破棄してしまってごめんなさい。今は真実が見えているんだ、だからもう一度ボクとやり直してください」
「えっ、そんな、あ、あの、ベラ様……」
席を立つとベラ様の横に跪いて右手を取る。そして、ボクの中で一番可愛い顔を作りながら上目遣いでプロポーズをした。ベラ様の隣に座るエドワードは真っ青になりながら狼狽している。ふん、自分がベラ様には釣り合わないって自覚だけはちゃんとあるらしい。
「私、婚約を破棄する前から何度もニーナさんを虐めていないって言っていたわよね。それなのに、騙されていただの、今は真実が見えてるだの、被害者ぶるのはおやめになって。私じゃなくてニーナさんを信じたのは貴方の判断よ」
「それは、その、本当に申し訳なく思ってるよ」
「そう、でも、仕方ないわよね。貴方は最初から私のことが好きじゃなかったものね。私のことなんて信じなくて当たり前だわ」
「ちが、そんなことない! 好きだったよ!」
「いつも私とのお茶会は気まずそうな顔をしていたわ。それに、お茶以外に食べ物には口を付けてくれなかったわね。今日もそうよ」
図星を突かれて言葉に詰まる。けれど、同時になんで責められなくちゃいけないんだ、という怒りも湧く。僕は可愛らしさを保つためにカロリーの高い食べ物は控えていた。エドワードみたいにぶくぶくと肥えるわけにはいかないんだ。それだって全部ベラ様に愛されるため、ベラ様のためにやっていたのに。
「それの何がいけないの? 別に食べないのはボクの勝手でしょ」
「そうね。だから、甘い物が嫌いなのかと思って軽食を中心にしたこともあったわ、けれどそれも貴方は食べてくれなかった。それなら人前で食事を摂ること自体が嫌いなのかと、お茶会じゃなくて他のことをしましょうと提案したこともあったわ。でも、貴方は『ベラ様がしたいことがしたいよ』としか言ってくれないから、どうしていいか分からなかった。何をしたいのか、何をしたくないのか、貴方は私に何も教えてくれなかった」
「そ、それは、だって、ベラ様に喜んでほしくて」
「喜ばせたいんじゃなくて、最初から私には伝わらないって諦めていたんでしょう。それが私は悲しかった」
悲しい、なんてベラ様から出てくるとは思わなかった言葉に驚く。ベラ様はいつだって一人でも平気な強い女性だと思っていた。それが、ボクの態度で心を痛めていたなんて、知らなかった。
「エドはね、嬉しいことを嬉しいって伝えてくれるの。自分から嫌だと思うことを伝えるのは苦手だけれど、私が聞けば隠さずに話してくれる。そうやって私に向き合ってくれる所が可愛くて好きなの。一生懸命で小動物みたいでしょう?」
「ベラ様が好きっていうのは、そういうこと、だったんだ」
ベラ様は褒められて真っ赤になっているエドワードのことを本当に愛おしそうに見つめている。ボクはベラ様が可愛い外見しか望んでいないのだと思っていた。けれど、ベラ様は本当のボクを知って愛してくれようとしていた。それなのに、それを拒絶して捨ててしまったのはボク自身だった。
微笑みあう仲睦まじい二人に、ベラ様はもう二度とボクに振り向かないんだと理解した。




