王子様みたいな人は自分だと思っていた
私がロイズと婚約破棄をしてから1年が経った。
元からロイズのことは嫌いだった。表情に乏しく、稀に浮かべる笑顔も張り付けたような作り笑いで、人形の様に不気味だった。そして、度々口にする「王子様みたいな人が好き」という言葉にも反吐が出た。私は金髪碧眼で母譲りの美しい顔をしている。柔和に笑えば周りから「絵本の中の王子様みたい」だと持て囃された。私はそんな外見しか見ない愚かな人間を軽蔑しているが、その筆頭がロイズだった。
それでも、政略結婚ならばと我慢するつもりだったが、私は真実の愛に目覚めたのだ。相手はニーナ、スワン男爵家の庶子だった。平民として育てられていた彼女は天真爛漫で、私に対しても「クラークは優しいね! 私が貴族として上手に振る舞えなくても、笑わずにそっとフォローしてくれる。そういう他人を見下さずに、細やかな気遣いをする思いやりのある所、私大好き」と笑いかけてくれたのだ。
だから、ニーナが「ロイズさんにいじめられている」と涙ながらに訴えてきた時は怒りに震えた。私がニーナを愛したからロイズは嫉妬をしてニーナに嫌がらせをしたのだと思った。ロイズ以外にもニーナに嫌がらせを行っている令嬢がいたから、その婚約者たちと結託して卒業パーティーで断罪し、婚約破棄をした。
これで私はニーナと結婚できると思ったのだ。でも、現実は違った。
ニーナは私以外の男とも関係を持っていて、その上ロイズたちから受けた嫌がらせというのは虚偽だった。
王命で憲兵に連行されるときに私に向かって彼女は言った。「クラーク助けてよ! 公爵家の力があれば助けられるでしょ! あんたには顔と家しか取り柄がないんだから、どうにかしなさいよ!」と。
私はあまりに愚かだった。ニーナこそ私が何よりも軽蔑する女だったと気づかなかったのだ。
それからは散々だ。卒業パーティーが終わったその日、ロイズは家を出て行方知れずになっていた。アップルビー伯爵は「婚約者に冤罪を被せられたショックで家を出ていってしまった。どう責任を取るつもりか」と我が家に多額の賠償金を要求した。この一件は大事になっていたから、いくら格下の家が相手と言えどその要求を跳ね返すことなどできない。もし、そんなことをすればただでさえ私の所業のせいで家の名に傷をつけてしまったのに、取り返しがつかない程の信頼を失うだろう。
だが、請求された賠償金はあまりに多い。いくら有力な公爵家と言えど簡単に払える額ではない。だから、私はロイズの行方を捜した。所詮は貴族の令嬢と甘く見ていたが、何者かが手を貸したのかなかなか足取りはつかめず、やっと居場所を見つけやってくることができた。
ロイズとよく似た少女が発見されたのはヴェイパー民国の傭兵ギルド。ヴェイパー民国自体が中立国として我が王国の力が利きにくい国であるし、その上この国の傭兵ギルドはとても優秀で各国の要人も利用しているので、敵対したくはない。そのため、穏便に済ませるためにお忍びで私が自ら迎えに来たのだ。ロイズのことだ、王子の様に振る舞って「本当に愛していたのは貴方だけですよ」と甘い言葉の一つでも吐けばコロッと騙されるだろう。
そう思って訪れた傭兵ギルド。酒場も併設しているらしく、屈強な男たちや女だてらに大剣を担いだ女騎士たちが出入りしている。中からは酔っ払いの笑い声や調子外れな歌声が聞こえてくる。王都では見られない猥雑な雰囲気に眉を顰める。本当にこんな所にロイズがいるのか? 信じられないが、いつまでも外から眺めているわけにもいかない。連れてきた護衛と共に中に入ると、左手には酒場、右手には任務の張られた掲示板や依頼人用の受付がある。
「ようこそアルマ傭兵ギルドへ! 任務の依頼ですか? 酒場の利用ですか? ……あれ、クラーク様?」
「…………ロイズ、ですか?」
元気な挨拶に受付へ目を向ければ、溌剌とした笑顔の女性がそこに立っている。肩の上で切りそろえられた銀髪、膝上までしかない丈の短いワンピースで胸元を飾るネックレスについているのは宝石じゃなくて色ガラスだろう。何処からどう見ても町娘の装いだが、そのヴァイオレットの瞳はロイズ・アップルビーに間違いなかった。
酒場のテーブルをはさんでロイズと向かい合って座る。周りの人々は興味津々でこちらへ向ける不躾な視線を隠すこともない。私は居心地の悪い思いをしているのに、ロイズは気にした様子もなく皿に盛られたミートパイを食べている。私の前にも同じ物が置かれているが、こんな所の物を食べる気になれない。
「ロイズはここで何をしているんですか?」
「受付の仕事をしているんです。あと、人手が足りない時は酒場で給仕もしてます」
「こんな所で働いているんですか……」
貴族として育てられたロイズがまともに働けるとは思えない。きっと苦労しているに違いない。これならすぐに連れて帰れそうだ、と内心ほくそ笑む。
「クラーク様こそどうしたんですか、こんな所に。オーリオル王国から遠いですよね?」
「貴女を探しに来たんですよ。一緒に帰りましょう」
「え!? 嫌ですよ、帰りたくないです」
「そんな悲しいを言わないでください。貴女と婚約破棄をしたことが間違いだったと気づいたんです。私が本当に愛していたのは、貴女だけです」
「あはは、そういう冗談は大丈夫なんで。私が帰らないと何か困ることがあるんですか?」
拗ねているのだろうと手を握りながら愛を囁けば、大口を開けて笑われ私の手も軽く振り払われる。先ほどの挨拶といい、記憶の中のロイズと違いすぎて混乱する。恰好といい、口調といい、表情といい、貴族らしさが一切感じられない。
「もしかして、ニーナさんが嘘をついてたって分かったんですか?」
「……えぇ、私は彼女に騙されていたんです。本当に愛すべき人は貴女だったと気づいたんです」
「何をおっしゃっているんですか? クラーク様、ずっと私のことが嫌いだったじゃないですか」
「そ、んな、ことは、ないですよ」
にっこりと本心を言い当てられてしまってつい言い淀んでしまう。私が嫌っていることなど気付いていないと思っていた。私は表面上優しくしていたはずだし、嫌われていると思ったら「王子様みたいな人が好き」だなんて言えないだろう。
「もう! ここには貴方以外に貴族はいないから取り繕って話さなくていいですよ。本当はどうして私に帰ってきてほしいんですか?」
「アップルビー伯爵が、貴女の帰りを待っているんです。父上を悲しませるのは嫌でしょう?」
「あぁ、もしかして、お父様が私の失踪を公爵家のせいにして賠償金でも要求しているんですか?」
「……そうです。貴女が帰って、私と結婚すれば伯爵公をご安心なさるでしょう」
「どうですかね? 名に傷のついた公爵家と縁を結ぶよりは、賠償金をがっぽり貰う方がお父様は嬉しいんじゃないかしら」
私の少しの言葉から裏を予想する鋭さ、ざっくばらんとした物言い、やっぱり私の知っているロイズじゃない。
「クラーク様に見つけられて、お父様に私が見つけられない筈はないと思いますよ。お父様は私がここにいるって分かってて連れ戻さないんです、その方が伯爵家にとって利益があるから。だから、私を連れて戻った所でお父様は『市井に降りて娘は傷物になってしまった、娘は傷を癒すために修道院に入れる』と悲劇を吹聴して、賠償金は取り下げないと思いますよ」
「そんな、分からないじゃないですか。そうだ、貴女が私と結婚したいと言えば! 私も貴女との結婚を望んでいると言えば、周囲は納得するんじゃないですか!?」
「それこそ冗談でしょう? 私はクラーク様と結婚なんてしたくありませんよ」
「もうニーナのことは愛していないんです。貴女を嫌っていたなんて勘違いですよ、私はずっと貴女のことを愛していました。貴女もでしょう?」
「え? 私はクラーク様を愛したことなど一度もありませんけど」
不思議そうに告げられた言葉に固まる。後ろに控えている護衛も凍り付いていることが分かる。ロイズが私に心底惚れこんでいたのは、私とロイズを知る者なら誰だって知っていたことだ。
「な、何を言っているんですか? 貴女は『王子様みたいな人』が好きなんでしょう?」
「えぇ、そうですよ。だから、別に王子様みたいじゃないクラーク様のことは好きじゃないです」
「は、え、待ってください。どういうことですか? もしかして、殿下が好きだったんですか?」
「違います、本物の王子様じゃなくて、絵本の中の王子様みたいな人が好きなんです!」
それなら、やっぱり私じゃないか。どういうことか分からず困惑していれば、やれやれと首を振り、言葉を理解しようとしない幼子に話しかけるように丁寧に説明を始める。
「王子様って、勇敢で、驕らず、誰にでも優しくて、どんな時だって姫を守ってくれる人のことなんです。
クラーク様みたいに、いつも殿下の影に隠れて甘い蜜だけ吸って、自分以外の人を見下して、損得勘定で人に優しくする人のことじゃないんです」
「そん、そんなこと……」
「嘘。傭兵ギルドだって学のない平民たちの寄り集まりって蔑んでいたでしょう? 顔に出ていますよ」
見透かすような瞳で見つめられると、違う、とは言えなかった。気付きたくなかった自分の内側を暴かれる恐怖で口の中がカラカラに乾く。
「私は、クラーク様のそういう所がずっと嫌いでした」
外見じゃない、家柄じゃない、中身を見て、そして嫌いだと言われた。
まるで足元が崩れていくような心地だった。私が一番評価してほしいと思っていたものは、決して素晴らしいものじゃなかったと気づかされてしまった。
その時、ギルドの入口がざわっと煩くなる。虚ろな視界で見つめていたロイズに誰かが声をかける。
「ロイズ!! ザカリーが帰ってきたよ!!」
「え!? 本当に!?」
ロイズは私に興味を失ってしまったように一瞥もせず入口へ向かう。どうやら、数名が任務から帰ってきたらしく、みんなに歓迎されている。
その中の一人の男に向かってロイズは飛びつく。男は驚いたような顔をしながらも危なげなく彼女を受け止めた。
「ザカリー、おかえり! 早かったね!」
「ろ、ロイズ様!? 危ないですよ!」
「ザカリーは私くらい受け止めるのは容易いでしょ! それから、様と敬語はなしって何度言えば分かるの!」
「す、すみませ……ごめん、ロイズ。ただいま」
「ふふ、うん、おかえり。会いたかった」
「俺もだよ」
ロイズが幸せそうに笑いかけると、男は同じように笑い返し包み込むように抱きしめる。
男に見覚えがあった、ロイズの護衛騎士を務めていた男だ。強面で顔に傷のある不愛想な男で、孤児だと聞いた覚えがある。そんな身分の男を護衛にするなんて、婚約者として恥ずかしいと思っていた。
ロイズの満面の笑みは初めて見るもので、彼を愛していることなど一目瞭然だった。ロイズは身分でも外見でもなく、その男の中身を愛したのだろう。
家柄と外見でしか人を評価しない、自分が一番軽蔑している人間は私自身であり、捨ててしまった人が一番欲しかった人であったのだと、私はやっと理解した。




