エサとニオイいのこと
「こっちの水はあーまいぞー、こっちの水はにーがいぞー」
ボクに謡を歌うことができるかと聞かれればできないと答える。しかし、今日のお話に必要であるから、歌ったまでだ。人間さんの世界でもそうらしいが、ボクたちの世界も同じで、自分が好きな甘いものばかり食べていると肥ってしまうのである。幸いボクの場合、主人であるお兄ちゃんがカロリーの管理をしてくれていたので、肥満で困ることはなかったのである。
それでも食べ物に関するボクの執着はとても強いのだ。お兄ちゃんにいわせれば、呆れるということだそうだ。ボクにしたらそれでも遠慮して、それほど頬袋を活用することもなかったのだけれど、ハウスに保存食として持ちこんだエサの量に思わず笑ってしまったのだそうだ。
ボクたちが大好きなのはヒマワリの種がよく知られているようだけれど、基本的にボクたちは食べられそうなものなら何でも食べる。つまり、雑食ということである。それでもやはり好みはある。油っぽくて甘いものが好きなのだ。
嫌いなものは苦いものや酸っぱいものだ。というよりも、そうしたものには身の危険を感じるのである。苦いものには毒がある。酸っぱいものは腐っているかもしれない。ようするにそうした感覚を知らず知らずのうちに憶えてしまっていたということ。何が危険なものかを記憶するために、赤ん坊の頃にはなんでも口に入れていたらしいのだが、その頃の記憶はあまりない。
人間の赤ちゃんもそんな風にして危険なものを本能的に憶えるらしいので、ハムスターも人間もあまり変わりがないという、こうした共通項を知ると、不思議とちょっとばかり安心するのである。
お兄ちゃんからすれば、ボクがエサ箱の中にある色々な種類のものから好みにあったエサを選び出す姿はなかなかこっけいであるらしいのだ。
これいらない。ポイっ! お、 好物発見! とりあえず頬袋に確保! あ、頬袋が一杯だ……仕方がない。ハウスの倉庫にしまいに行くか。
せわしなく動くボクのそうした姿が面白いらしいのだ。ボクにすれば大好きなエサを収集する嬉しくて楽しい時間なのであり、今集められるだけ集めてハウスの倉庫にしまっておかねば! という、ある意味では必死の心境なのだが……。
もっとも、ひと眠りすると、倉庫にしまったことを忘れてしまうので、そんなまぬけな自分に気づいて、ボク自身も可笑しくなってしまうのであるが……。
まあこの点もボクらハムスターと人間さんはあまり変わりがない。買い物にゆくのに、あれとこれを買ってこよう。そう思っていったはずなのに、買うべきものを忘れて帰ってきてしまう。出かけてからドアの鍵をかけたか自信がなくなる。そっくりなのである。ただし、人間さんはそうしたとき、記憶を頼りに家に帰るのだろうが、ボクたちはそうではない。
ジャンガリアンハムスターのお臍の辺りには臭腺というものがある。だから、普通に歩いていれば道筋にボクのニオイが残るようになっているのだ。これは大変便利な機能なのである。人間さんからしたら、体の大きさに見合わない広い範囲を動き回ってもきちんと巣穴に戻れるというボクらの行動に驚きを覚えるらしいのだが、ハムスターにすれば当然のことなのである。
しかも、ボクの唾液にはボクだけのニオイがあって、それを体に塗っておくことで、壁や低い天井にもニオイを付けられるので、どんなところを歩き回っても不便を感じないのである。
こうしたニオイを活用して縄張りを主張するのが普段のボクたちの暮らしなのである。
お兄ちゃん曰く、人間にはそうした縄張り形成の習性がないため、ここは俺のもの、ここも俺のもの、そしてここも俺のものなどと身勝手な主張をしたり、いきなり他人の縄張りに入り込んでしまうため、トラブルを起こしやすいのだそうだ。
ボクはそうした経験をしたことがないので、ただこう思うだけだ――人間て面倒くさいなーと。マーキングしとけば済むことなのに……と。
ボクたちにすればマーキングという行為は自分の体を使っての行動であり示威行為であるから、仲間たちは暗黙の了解をもって縄張りを尊重するのである。
もちろんそれでもエサが不足するような事態になれば約束を破ることだってある。エサのある場所を探して縄張りの外に出るということだ。当然、侵入したほうは定住者に撃退されたり攻撃されることもあるが、ボクたちはそうしたことを知ったうえであえて危険を冒すのだ。
少し恰好をつけたいいかたをすれば、生きるための戦いといえるのである。
まあボクのようにケージで暮らしているものにすれば関係のないお話だが、何かの役にたてばそれでよいと思って話してみたのだ。




