表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒトにはなれない異世界転生  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/70

第56話『崩落』

最初に崩れたのは、巣ではなかった。


下層そのものだった。


ごおん。


遠くで、黒岩が裂ける音が響いた。


鈍い。


重い。


ただの落石ではない。


黒岩の奥から押し潰されるような音。


洞窟全体が、ゆっくり軋む。


巣の奥で眠っていた新しい幼生たちが一斉に目を覚ました。


きゅ。


きゅ。


不安。


恐怖。


振動。


その感覚が群れ全体へ流れる。


一体目は即座に入口へ向かった。


二体目は新しい幼生たちを奥へ押し込む。


グレイは中央で動かなかった。


いや、動けなかった。


白鳴き種の感覚が、洞窟全体の震えを拾っていた。


遠い。


だが大きい。


人間。


杭。


縄。


崩落。


封鎖。


夢で聞いた音と同じだった。


ついに始まった。


人間が、道そのものを潰し始めた。


ごご。


また揺れる。


黒岩の粉が巣の天井から落ちた。


新しい幼生の一体が鳴く。


「グ……」


グレイは低く返した。


「グ」


落ち着け。


だが、群れ全体に流れる不安は消えない。


洞窟は変わる。


道が消える。


それは、魔物にとって世界そのものが変わるということだった。


グレイは入口へ向かった。


一体目がすぐ隣へ並ぶ。


最近、一体目はグレイの動きを当然のように追う。


護衛。


補佐。


真似。


全部混ざっている。


二体目は奥へ残った。


新しい幼生たちの匂いを落ち着かせている。


役割ができていた。


グレイは入口の骨を抜けた。


から。


からり。


以前より音が増えている。


骨が増えたからだ。


巣そのものが大きくなり、複雑になっている。


それは守りでもあり、弱点でもあった。


揺れれば、骨が鳴る。


魔物を呼ぶ。


人間を呼ぶ。


グレイは通路を進んだ。


遠くから、人間の匂いが流れてくる。


多い。


封鎖班。


さらに、その奥。


逃げてくる魔物。


黒鼠。


骨喰い虫。


腐肉獣。


下層の流れが変わっている。


道が潰され、行き場を失ったものたちが別ルートへ流れてきている。


生態系が押し潰されていた。


人間はグレイたちを閉じ込めようとしている。


だが、押されるのはグレイたちだけじゃない。


洞窟にいる全ての生き物だ。


グレイは水場方向へ進んだ。


途中。


いつも使っていた細い横道が、完全に塞がっていた。


黒岩。


杭。


崩落。


人間が意図的に落としたのだろう。


以前なら黒鼠が抜けていた隙間もない。


完全封鎖。


グレイは、しばらくその壁を見ていた。


ここは狩りの近道だった。


一体目が初めて地上へ近づいた時も、この道を使った。


骨喰い虫を追い込んだ場所。


レオンの血が流れた通路。


全部、ここへ繋がっていた。


それが、消えている。


グレイは黒岩を嗅いだ。


新しい。


人間。


火薬に近い匂い。


魔力結晶。


崩落用の杭。


静かに、確実に潰している。


怒りは、まだなかった。


代わりにあったのは、圧迫感だった。


世界が狭くなっていく。


逃げ道が減る。


水場までの距離が伸びる。


狩場が偏る。


群れを抱えた今、それは致命的だった。


一体目が黒岩へ前脚をかける。


押す。


動かない。


一体目の中に焦りが流れる。


グレイも同じだった。


だが、無理だ。


これは壊せない。


少なくとも今の群れでは。


グレイは一体目へ感覚を送る。


戻れ。


別ルート。


一体目は少しだけ抵抗した。


まだ押そうとする。


だが、グレイが動き出すと従った。


以前より、自我がある。


しかし、グレイへの追従も強い。


群れの中心。


その感覚が、ますます濃くなっていた。


別ルートへ向かう。


そこは以前、腐肉獣が多かった通路だ。


湿っている。


狭い。


匂いがこもる。


グレイは好きではなかった。


だが、もう選べない。


封鎖されたから。


その時。


遠くで悲鳴が聞こえた。


魔物ではない。


人間。


短い。


切れるような叫び。


続いて、骨が砕ける音。


腐肉獣。


いや、複数。


グレイは止まった。


白鳴き種の感覚が広がる。


人間三。


腐肉獣四。


さらに奥から黒鼠の群れ。


通路封鎖で流れが変わったせいだ。


今まで別方向へ散っていた魔物が、一箇所へ集中している。


人間が押した。


だから、魔物が溢れた。


グレイは暗闇の奥を見た。


灯りが揺れている。


腐肉獣の唸り。


血。


恐怖。


「下がれ!」


人間の声。


焦っている。


以前なら、グレイは避けただろう。


人間同士の戦い。


関係ない。


だが、今は違う。


腐肉獣が増えれば、この通路は使えなくなる。


群れの狩場が消える。


水場への道も危険になる。


つまり。


群れへ影響する。


グレイは、そこで理解した。


人間の行動が、群れへ直接繋がり始めている。


もう、避けていれば終わりではない。


封鎖一つで、生態系全体が動く。


押された魔物が流れる。


狩場が変わる。


餌が減る。


群れが飢える。


世界そのものが、グレイたちへ押し寄せている。


一体目が低く唸る。


戦うか。


そういう感情。


グレイは少し迷った。


人間を助ける気はない。


だが、腐肉獣が増えるのも困る。


その時。


腐肉獣の一体が、人間ではなくこちらへ顔を向けた。


匂い。


血。


群れ。


腐肉獣は飢えていた。


封鎖で餌が減っているのだろう。


グレイは瞬時に理解した。


このままでは巣方向へ流れる。


新しい幼生たちが危険。


グレイは動いた。


天井。


壁。


最短。


腐肉獣の頭上へ落ちる。


牙。


喉。


腐肉獣が悲鳴を上げる。


人間たちが一斉に振り返った。


「なっ……!」


灯りが揺れる。


グレイは止まらない。


腐肉獣を押し潰し、そのまま別の一体へ飛ぶ。


一体目も後ろから飛びかかった。


まだ小さい。


だが、以前より速い。


脚へ噛みつく。


腐肉獣が体勢を崩す。


人間の槍が刺さる。


血。


混乱。


狭い通路。


腐肉獣たちは、敵が誰なのか分からなくなっていた。


グレイは、その隙を利用した。


通路の横壁。


以前から脆かった場所。


そこへ腐肉獣を叩きつける。


ごき。


黒岩が崩れる。


通路の一部が落ちた。


腐肉獣二体が巻き込まれる。


人間たちが悲鳴を上げる。


グレイは、一体目へ感覚を送る。


戻れ。


すぐ。


一体目は腐肉獣へさらに噛みつこうとしていた。


興奮している。


戦い。


勝てる。


その感覚。


グレイは強く命じた。


「グ!」


一体目が硬直する。


ようやく後退。


グレイは腐肉獣の死体を引きずり、人間から距離を取った。


人間たちは追わない。


追えない。


通路が崩れ、混乱している。


その中で、一人だけグレイを見ていた。


ラグド。


まただ。


グレイは、彼の匂いを覚えていた。


ラグドも、グレイを見ている。


戦った。


だが、人間を襲うためではなかった。


腐肉獣を止めるため。


ラグドは、それを理解した顔をしていた。


だが、周囲の人間は違う。


若い調査員が震えた声を出す。


「灰の巣主……!」


その名。


また。


人間側で広がっている。


グレイは意味を知らない。


だが、その音に恐怖が混ざっていることは分かる。


ラグドが低く言った。


「追うな」


「でも!」


「追うな!」


強い声。


周囲が止まる。


ラグドは崩れた通路を見た。


腐肉獣。


死体。


血。


封鎖。


そして、逃げていくグレイ。


ラグドは小さく呟いた。


「押しすぎたか……」


グレイは、その言葉を聞いた。


押しすぎた。


そう。


人間が世界を押した。


だから、全部が動いた。


腐肉獣も。


黒鼠も。


骨喰い虫も。


そして、グレイたちも。


グレイは腐肉獣の死体を咥え、一体目と共に巣へ戻った。


以前なら、こんな大型を運ぶことはなかった。


だが、群れには必要だ。


飢え。


成長。


封鎖。


全部が、もっと食えと言ってくる。


巣へ戻ると、二体目がすぐ反応した。


腐肉獣の匂い。


大量の肉。


新しい幼生たちも起きる。


空腹。


喜び。


グレイは死体を落とした。


新しい幼生たちが群がる。


まだうまく裂けない。


一体目が肉を引き剥がして分ける。


二体目が腐った部位を避ける。


グレイが大型の骨を処理する。


自然だった。


誰も指示していない。


それでも動く。


群れだから。


グレイは、その光景を見ていた。


封鎖される。


道が減る。


魔物が押し寄せる。


人間が増える。


それでも、群れは適応し始めている。


腐肉獣すら餌へ変えた。


崩れた通路すら利用した。


世界が押してくるなら、形を変えて耐える。


それが群れだった。


その時。


遠くで、また崩落音がした。


ごおん。


別の通路。


また一つ、世界が潰される。


新しい幼生たちが不安で鳴く。


きゅ。


きゅ。


グレイは低く返した。


「グ」


落ち着け。


だが、自分の中にも同じ感情があった。


不安。


圧迫。


逃げ道が減る感覚。


下層そのものが変わっていく。


グレイは、腐肉獣の骨を見下ろした。


以前なら、洞窟はただの場所だった。


暗くて、冷たくて、広かった。


今は違う。


群れの世界だ。


巣へ繋がる道。


狩場。


水場。


地上への気配。


全部が繋がっている。


だから、人間が通路を潰すたびに、世界そのものが歪む。


グレイは、初めて思った。


人間は、洞窟を壊している。


自分たちを閉じ込めるために。


だが、そのせいで下層全体が壊れ始めている。


なら。


悪いのは、どっちだ。


その考えが浮かんだ瞬間、グレイは少しだけ驚いた。


今まで、人間は怖いものだった。


避けるもの。


強いもの。


理解できないもの。


でも今、初めて別の感情が混ざった。


敵意。


まだ小さい。


だが、確かにある。


群れを押し潰すものへの感情。


グレイは、巣の入口を見た。


封鎖は続く。


世界はさらに狭くなる。


なら、群れはもっと変わるしかない。


もう、以前のように隠れて生きるだけでは足りなかった。


群れを抱えた瞬間から。


世界そのものが、グレイたちを災厄へ押し上げ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ