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ヒトにはなれない異世界転生  作者: vastum


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33/45

第33話『討伐隊』

人間の足音は、増えていた。


最初にそれを感じた時、グレイは巣の奥でじっとしていた。


骨と殻を並べた入口。


黒岩の半円状の空間。


奥へ続く細い逃げ道。


水場へ向かう道。


餌場へ向かう道。


人間の封鎖線があった場所へ抜ける隙間。


それらを頭の中で何度もなぞりながら、グレイは静かに外の音を聞いていた。


から。


入口の骨が鳴った。


軽い。


小型魔物ではない。


風でもない。


遠くの振動が伝わって、骨が少し揺れただけだ。


重い足音が、黒岩の通路を震わせている。


一人ではない。


二人でもない。


多い。


人間。


それも、今までよりずっと多い。


グレイは身体を低くした。


匂いが来る。


革。


鉄。


油。


薬草。


乾いた布。


魔力。


血止め薬。


火薬に似た苦い匂い。


弓の弦。


盾の革紐。


そして、人間の汗。


緊張。


恐怖。


興奮。


怒り。


いくつもの感情が混ざって、通路の奥から流れてくる。


グレイは、ゆっくりと入口へ近づいた。


骨を鳴らさないように。


爪を岩へ柔らかく置く。


外を覗く。


まだ姿は見えない。


だが、足音ははっきり聞こえる。


十。


いや、それ以上。


人間の群れ。


ただの調査隊ではない。


ラグドたちのような少人数ではない。


もっと大きな目的を持った集団。


グレイは、その匂いの中にラグドを探した。


いた。


低い、静かな匂い。


警戒。


抑えた怒り。


疲労。


ラグド。


ニルの匂いは薄い。


近くにはいない。


怪我のせいで残されたのかもしれない。


ガランはいる。


重い足音。


盾。


魔力の女もいる。


弓の男は違う匂いが複数ある。


セヴィルもいる。


薬品の強い匂い。


興奮。


隠しきれない期待。


グレイの外皮が、わずかに冷えた。


セヴィルがいる。


なら、これはただの討伐ではない。


捕獲の意図もある。


グレイは後退した。


巣の中は安全ではない。


人間がこの周辺を探るなら、いずれ見つかる。


骨の配置を見れば、巣だと分かる者もいる。


ラグドなら読む。


セヴィルなら興味を持つ。


他の人間なら、壊すかもしれない。


巣を捨てるべきか。


その判断が頭をよぎった瞬間、腹の奥に強い拒絶が生まれた。


ここはグレイの場所だ。


骨を置いた。


匂いを残した。


戻ってきた。


水場への道も覚えた。


外と中を分けた。


帰る場所。


その言葉が浮かび、グレイは身体を硬くした。


帰る場所。


ニルの血から知った感情。


レオンの肉から知った痛み。


それを自分の巣に重ねるのは危険だ。


巣はただの生存拠点。


失えばまた作ればいい。


そう思うべきだった。


だが、捨てると考えると、胸の奥がざらついた。


失いたくない。


その感覚。


これが執着か。


これが弱さか。


それとも、生き物として普通なのか。


分からない。


人間の足音がさらに近づく。


グレイは決めた。


今は巣を捨てない。


ただし、正面から守らない。


人間が来る前に、逃げ道を確保する。


巣の奥の細い亀裂へ移動する。


そこから別通路へ出られる。


ただ、その前に外の状況を知る必要がある。


どこまで来ているのか。


何をするつもりなのか。


グレイは巣の奥から、上方の細い隙間へ入った。


そこは外通路の天井裏に繋がっている。


以前、黒岩喰いの幼体を追った時に見つけた道だ。


狭い。


だが、今の身体なら通れる。


腹を岩に擦りながら進む。


外皮が音を立てないように、ゆっくり。


やがて、通路を見下ろせる細い穴へ出た。


下に、人間たちが見えた。


多い。


やはり十人以上。


先頭はラグド。


隣にガラン。


少し後ろに魔力の女。


セヴィルは中央付近で、二人の護衛に守られている。


弓を持つ者が三人。


槍を持つ者が二人。


盾持ちが二人。


魔法を使うらしき者がもう一人。


荷物を持つ者もいる。


網。


杭。


瓶。


小型の檻の部品のような金属枠。


グレイは、それを見て動きを止めた。


檻。


捕獲。


やはり。


人間たちは、グレイを殺すだけではなく、捕まえる準備もしている。


ラグドの声が聞こえた。


「ここから先、勝手に分散するな。痕跡を見つけても追わない。接触した場合は防御を優先。俺の指示なしに攻撃魔法を撃つな」


槍の男が不満そうに言った。


「魔物一匹相手に、慎重すぎませんか」


ラグドは振り向かずに答える。


「そう思うなら帰れ」


空気が硬くなる。


槍の男は黙った。


セヴィルが穏やかに言う。


「ラグド殿。彼らは王都から派遣された討伐補助員です。言葉を選んだ方が」


「王都から来たなら、なおさらだ」


ラグドの声は冷たい。


「下層を知らない者が、余計な自信を持っているのが一番危険だ」


セヴィルの匂いに苛立ちが混じる。


だが彼は笑っている。


「本日の目的は、対象の行動範囲確認と、可能なら生体捕獲です」


「可能なら、ではない」


ラグドが即座に言った。


「基本は範囲確認。捕獲は最終判断まで行わない」


「しかし、院からの命令では」


「現場指揮は俺だ」


「対象が逃げた場合は?」


「逃がす」


セヴィルが沈黙した。


周囲の人間たちにも動揺が広がる。


逃がす。


討伐隊として入ってきたのに、ラグドはそう言った。


槍の男が耐えきれず言う。


「逃がしたら意味がないでしょう」


ラグドがようやく振り返った。


「意味はある。生きて戻ることだ」


その声は、巣を前にして引いた重い男の声に似ていた。


無駄に死なない。


深追いしない。


グレイはそれを聞きながら、ラグドをさらに危険だと感じた。


この男は、グレイを恐れている。


だが、恐怖に飲まれていない。


恐怖を使っている。


自分と同じように。


セヴィルが紙を見ながら言った。


「とはいえ、対象はすでに人族を捕食した可能性があります」


その言葉で、グレイの全身が硬直した。


人族を捕食。


レオン。


彼らは知っているのか。


完全にではない。


だが、レオンの死体を見つけたのだろう。


あるいは、痕跡だけでも読んだのか。


ラグドは低く答えた。


「可能性ではなく、ほぼ確定だ」


周囲の空気が変わる。


恐怖。


嫌悪。


怒り。


武器を握る音が増える。


グレイは、天井裏で爪を岩に押しつけた。


人間を食べた。


それは事実だ。


レオンを食べた。


殺したのはグレイではない。


下層の戦闘で負傷し、仲間を逃がし、置き去りになった人間。


でも、食べたのはグレイだ。


人間側から見れば、そんな違いは大きくないのかもしれない。


セヴィルの声が少し熱を帯びる。


「人族捕食後の変化が確認できれば、極めて重要な資料になります。言語理解、記憶反応、行動変化。いずれも」


ガランが低く遮った。


「黙れ」


セヴィルが眉を動かす。


「何か?」


ガランは盾を握ったまま言った。


「食われた人間がいる話をしてる。資料じゃない」


少し沈黙。


グレイは、その言葉を聞いた。


食われた人間。


資料ではない。


レオン。


名前のある人間。


グレイは胸の奥が重くなった。


ガランはレオンを知っていたのか。


いや、知らないかもしれない。


それでも、人間が食われたことに怒っている。


人間だから。


仲間だから。


同じ種だから。


セヴィルは小さく息を吐いた。


「失礼。表現を改めます」


匂いは改まっていない。


興味は消えていない。


グレイはそれを覚えた。


ラグドが言った。


「人を食った以上、危険度は上がる。そこは否定しない」


グレイは動かない。


「だが、だからこそ雑に動くな。人の味を覚えた個体だ。血や死体を餌にした罠は、逆にこちらを呼び込む危険がある。誘引に成功しても、制御できるとは限らない」


魔力の女が静かに言う。


「では、接触した場合の優先は?」


「盾で距離を作る。光で視界を奪う。弓は牽制。槍は突き込むな。刺さった槍を伝って登ってくる可能性がある」


槍の男が顔を歪める。


「そんなことまで?」


「すると思え」


ラグドは続ける。


「網は最後。外皮が硬い。絡めても切られる可能性がある。薬粉は最小限。強く当てれば、次に効かなくなるかもしれない」


セヴィルが口を挟む。


「しかし薬剤反応を確認するには」


「確認しなくていい」


「捕獲には必要です」


「捕獲を前提にするな」


言葉がぶつかる。


討伐。


捕獲。


観察。


生還。


人間たちの目的が一つではないことが、グレイには匂いで分かる。


槍の男たちは殺したがっている。


セヴィルは捕まえたい。


ラグドは刺激を減らしたい。


ガランは仲間を守りたい。


魔力の女は合理的に危険を処理したい。


弓の者たちは緊張しながら命令を待っている。


同じ場所にいるのに、それぞれ違う。


この違いは、隙になる。


そう考えてしまう。


同時に、怖い。


人数が多い。


道具も多い。


一人を騙しても、別の一人が補う。


一人が油断しても、ラグドが止める。


群れとして強い。


グレイは、天井裏の穴から人間たちを見下ろした。


もし今、落ちたら。


誰を狙う。


セヴィル。


捕獲を望む者。


だが中央で守られている。


ラグド。


危険だが、反応が速い。


ガラン。


硬い。


魔力の女。


魔法が危険。


槍持ち。


油断はあるが、近づけば刺される。


弓。


距離を取られる。


数が多すぎる。


戦うべきではない。


逃げるべきだ。


しかし、逃げる方向も読まれている可能性がある。


巣を捨てるか。


それとも、人間たちを巣から遠ざけるか。


グレイは考えた。


巣は近い。


このまま彼らが進めば、入口の骨を見つけるかもしれない。


見つかれば終わり。


壊される。


調べられる。


セヴィルが持ち帰る。


骨も、殻も、匂いも。


グレイの場所が暴かれる。


それは嫌だった。


だが、守ろうとして出ればもっと危険だ。


なら、別の匂いを使う。


道をずらす。


人間が進む方向を変える。


グレイは、そっと天井裏から離れた。


細い道を戻り、巣とは逆方向へ出る。


そこには、以前黒殻狩りを倒した場所がある。


古い血の匂いが残っている。


さらに少し先には、岩裂き獣の古い爪の欠片。


強い魔物の痕跡。


そこを使う。


人間は痕跡を読む。


なら、読ませる痕跡を置く。


グレイは、巣の近くではなく、別方向の通路に自分の匂いを少し残した。


わざと。


前脚を黒岩に擦る。


外皮の微かな欠片を落とす。


黒殻狩りの古い体液を引きずる。


そして、骨を一つ移動させた。


音が出るようにではない。


目印のように。


人間が「グレイがこの道を使った」と思うように。


うまくいくかは分からない。


ラグドなら見破るかもしれない。


でも、何もしないよりいい。


グレイはさらに、近くの小型魔物を一匹狩った。


すぐに殺し、少しだけ食べ、残りを通路の分岐に置く。


食い跡を残す。


わざと。


首の隙間に噛み跡。


顎力の跡。


黒岩に体液。


ラグドは読む。


セヴィルも読む。


彼らはそちらへ意識を向けるかもしれない。


巣から離れた方向へ。


これが、道を作ること。


人間から学んだこと。


グレイは、自分が痕跡を残していることに奇妙な感覚を覚えた。


以前は痕跡を消すことばかり考えていた。


今は、残す痕跡を選んでいる。


人間を動かすために。


これは危険だ。


うまくいけばいい。


失敗すれば逆に気づかれる。


だが、やるしかない。


人間の足音が近づく。


グレイは天井へ戻り、遠くの亀裂から彼らを見た。


先頭のラグドが、グレイの残した匂いの場所で止まる。


「痕跡」


セヴィルがすぐに近づこうとする。


ラグドが手で止める。


「不用意に触るな」


セヴィルは不満そうに止まった。


ラグドは膝をつき、黒岩を見る。


「新しい」


グレイの身体が硬くなる。


読まれている。


ラグドは食い跡を見た。


小型魔物の死体。


分岐。


外皮片。


骨。


沈黙。


長い。


グレイは息を殺す。


ラグドは何かを考えている。


セヴィルが言う。


「明らかに対象の痕跡です。こちらへ進んだのでは?」


槍の男が武器を握る。


「追いましょう」


ラグドはすぐ答えない。


ガランが低く言う。


「罠か?」


ラグドが、ようやく口を開いた。


「罠というより……誘導だな」


グレイの外皮が冷えた。


見抜かれた。


しかし、ラグドは続けた。


「だが、無視もできない。この先に巣か餌場がある可能性がある」


セヴィルの匂いが強くなる。


「巣?」


「可能性だ」


ラグドは立ち上がった。


「本隊はここで待機。俺、ガラン、アリア、弓二人で確認する」


アリア。


魔力の女の名だ。


また名前が増えた。


セヴィルが声を上げる。


「私も行きます」


「駄目だ」


「対象の巣なら研究資料が」


「だから駄目だ」


ラグドの声は硬い。


セヴィルの怒りが匂いで濃くなる。


だが従うしかない。


グレイは考えた。


半分成功。


本隊の進路はずれた。


巣から離れる方向へラグドたちが向かう。


しかし、ラグドが来る。


最も危険な人間が。


少人数になる。


逃げやすくはなるが、観察されやすい。


グレイは素早く移動した。


誘導した先へ先回りする。


その通路の奥には、崩れた黒岩と浅い水溜まりがある。


大型魔物は入れない。


小型魔物はいる。


逃げ道もいくつかある。


戦うつもりはない。


だが、ここで人間をさらに別方向へずらせるかもしれない。


グレイは天井の影に潜んだ。


ラグドたちが来る。


ラグド。


ガラン。


アリア。


弓二人。


五人。


ラグドは慎重だ。


足音が薄い。


ガランは盾を前に。


アリアは魔力を抑えている。


弓二人は左右を見る。


隙が少ない。


ラグドが、グレイの食い跡の近くで止まった。


「新しすぎる」


アリアが問う。


「どういう意味?」


「俺たちが来る前に置いた。近すぎる」


ガランが盾を構える。


「見てるな」


ラグドが頷く。


「近くにいる」


グレイは動かない。


見抜かれている。


居場所までは分かっていない。


だが、存在は読まれている。


ラグドが通路へ向かって静かに言った。


「グレイラーヴァ」


呼ばれた。


長い名。


人間の声。


警戒と、奇妙な落ち着きを含んだ音。


グレイは天井で固まった。


「聞いているなら、出てくるな」


ラグドは続けた。


アリアが少し驚いた匂いを出す。


ガランは黙っている。


ラグドは通路の暗闇へ向かって話している。


「俺たちは巣を壊しに来たわけじゃない」


グレイの身体がわずかに動いた。


巣。


知っているのか。


いや、完全には知らない。


だが、察している。


「お前が人を食ったことは分かっている。だから、上は討伐に傾いている。研究院は捕獲に傾いている」


ラグドの声は低い。


「どちらも、お前には最悪だ」


人間の言葉。


自分へ向けられている。


グレイは、理解している。


討伐。


捕獲。


最悪。


意味が分かる。


「逃げろ、と言っても逃げる先は限られる。追い詰められれば、お前はまた変わる。俺はそれが一番まずいと思っている」


アリアが小さく言った。


「ラグド、何を」


「黙っててくれ」


ラグドは言った。


そしてまた暗闇へ。


「血を追うな。人間の死体に近づくな。地上へ向かうな。そうすれば、少なくとも今は時間を稼げる」


グレイは、その言葉を聞いていた。


血を追うな。


人間の死体に近づくな。


地上へ向かうな。


命令ではない。


警告。


人間が自分に向けている。


なぜ。


グレイを助けたいのか。


違う。


人間側の被害を避けたい。


グレイを変化させたくない。


地上に出したくない。


それだけだ。


でも、その言葉には嘘が少ない。


少なくとも、ラグドはそう信じている。


グレイには匂いで分かる。


ラグドは自分を殺したがってはいない。


捕まえたがってもいない。


だが、必要なら殺す。


その匂いもある。


恐怖。


警戒。


責任。


人間の群れを守るための判断。


グレイは、少しだけ口を開いた。


声を出すべきではない。


居場所が割れる。


だが、言葉が喉の奥で動く。


レオンを食べてから、音が作りやすくなっている。


グレイ。


いた。


いく。


やめろ。


そんな断片。


グレイは何も言わなかった。


代わりに、天井の奥へ移動し始めた。


音を出さずに。


だが、アリアが反応した。


「上」


魔力が膨らむ。


グレイは即座に横へ跳んだ。


光が弾ける。


攻撃ではない。


照明。


天井の一部が明るくなる。


グレイの外皮が光を受ける前に、影へ逃げ込む。


ラグドが叫ぶ。


「撃つな!」


弓の弦が引かれる音。


だが、矢は放たれない。


ガランが盾を上げる。


アリアが息を呑む。


「いた」


ラグドが低く言った。


「追うな」


グレイは移動する。


天井から亀裂へ。


狭い道。


人間は入れない。


後ろから声が聞こえる。


「グレイラーヴァ!」


ラグドの声。


今度は少し強い。


グレイは止まらない。


「生きたいなら、人を食うな!」


その言葉が、グレイの中に強く刺さった。


生きたいなら。


人を食うな。


でも、人を食べたから言葉が分かった。


人を食べたから記憶を得た。


人を食べたから、人間をより理解した。


人を食べれば強くなる。


だが、人を食えば人間が来る。


討伐隊が来る。


捕獲班が来る。


自分が変わる。


飲まれる。


追われる。


その全部を、ラグドは言っている。


グレイは亀裂の中を進みながら、牙を噛み合わせた。


レオンの味が、まだ記憶に残っている。


人間の味。


深い。


濃い。


危険。


もう一度食べたい自分がいる。


もう二度と食べたくない自分もいる。


どちらも本当だ。


グレイは巣へ戻らなかった。


まず、別の遠回りの道へ出る。


人間が追跡していないことを確認する。


足音は遠ざかっている。


ラグドたちは戻るようだ。


本隊も動き出す。


討伐隊。


彼らは今日、完全には仕掛けてこなかった。


だが、もう始まっている。


グレイをどうするか、人間たちは決め始めている。


討伐か。


捕獲か。


観察か。


どれにせよ、今までとは違う。


グレイは、人間にとって“放っておけないもの”になった。


それは、レオンを食べたからだ。


グレイは、遠回りして巣の近くへ戻った。


入口の骨は無事だった。


人間は来ていない。


巣はまだある。


グレイは中へ入り、奥で身体を丸めた。


巣の匂い。


自分の匂い。


骨。


殻。


爪。


それらが、記憶酔いの名残を少し落ち着かせる。


だが、ラグドの声は消えない。


血を追うな。


人間の死体に近づくな。


地上へ向かうな。


生きたいなら、人を食うな。


グレイは、小さく口を動かした。


「グレイ」


自分を呼ぶ。


その音の奥で、レオンの記憶が少しだけ揺れる。


ハルクを逃がした安堵。


帰れなかった後悔。


人間の味。


グレイは、その全部を抱えて、暗い巣の中で目を閉じた。


討伐隊は来た。


次は、もっと近づいてくる。


その時、自分は逃げるのか。


戦うのか。


食うのか。


それとも、別の道を作るのか。


答えはまだなかった。


ただ、巣の入口の骨が、遠くの振動でかすかに鳴った。


からり。


それは、もう警告の音にしか聞こえなかった。

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