第17話『黒岩』
黒い岩は、冷たかった。
上層の岩とは違う。
湿っているのに、どこか硬い。
水を吸っているようで、拒んでいるようでもある。
爪を立てると、かすかに高い音が返ってくる。
軽く叩けば、奥の方まで細く響く。
グレイラーヴァは、その感触を脚の先で覚えながら進んでいた。
下層の通路は、上層よりも静かだった。
いや、音が少ないわけではない。
水の音もある。
虫の音もある。
遠くで魔物が動く振動もある。
だが、上層のように無数の小さな命が入り乱れている感じは薄い。
ここでは、弱いものが少ない。
生き残っているものは、何かしらこの環境に馴染んでいる。
黒い岩に紛れるもの。
鉱毒を飲めるもの。
音を立てないもの。
骨だけで生きるもの。
水の中に沈んで待つもの。
上層では、ただ逃げれば何とかなる場面があった。
ここでは違う。
逃げた先にも、別の危険がある。
隠れたつもりの岩が魔物だったことすらある。
グレイラーヴァは、それを上位種で学んだ。
黒い岩を見るたび、あの巨大な外皮を思い出す。
水場に沈み、岩と同化し、卵で誘い、振動で獲物を止める存在。
あれほどにはなれない。
今はまだ。
だが、ここに生きるには、少なくとも黒岩に馴染まなければならない。
グレイラーヴァの外皮は、進化してからさらに暗くなっていた。
灰色ではない。
黒に近い灰。
光苔のような淡い明かりの下では、影の一部に見える。
だが、完全ではない。
黒岩の上にいると、輪郭がまだ少し浮く。
乾いた部分では目立たないが、濡れた黒岩の上では違う。
外皮が微かに光を返してしまう。
自分でも分かる。
ここではまだ足りない。
もっと黒く。
もっと硬く。
もっと岩のように。
そう考えた瞬間、身体の奥が反応した。
変われる。
その感覚。
グレイラーヴァは、少しだけ身を強張らせた。
変わることに慣れてきている。
それが怖い。
白い幼生だった頃。
腐肉を見て吐き気のような嫌悪を覚えていた頃。
自分の姿を水面で見て絶望した頃。
あの感覚は、もう薄い。
今は自分の身体を見ても、まず性能を見る。
どこが強いか。
どこが弱いか。
何を食べれば補えるか。
どう変えれば生きやすいか。
そう考えている。
自分の身体を、自分自身ではなく、環境に合わせて作り変える道具のように見ている。
そのことに気づくたび、グレイラーヴァは奥の方で冷たくなる。
だが、足は止まらない。
止まれば死ぬからだ。
通路の先で、かすかな音がした。
かり。
かり。
硬いものを削る音。
骨喰いか。
いや、少し違う。
骨ではなく岩を削っている。
グレイラーヴァは壁に張りつき、身体を低くした。
匂いを探る。
鉱物。
唾液。
硬い殻。
生きた肉の匂いは薄い。
だが、確かに魔物だ。
進むと、通路の曲がり角の先に黒い塊がいた。
虫型。
ただし、今まで見た骨喰い虫より平たい。
全身が黒い甲殻で覆われ、岩にぴったり張りついている。
大きさはグレイラーヴァより少し小さい。
頭部には短い顎があり、その顎で岩の表面を削っていた。
削られた岩の粉を食べている。
黒岩喰い。
そんな言葉が浮かぶ。
骨ではなく、岩を食う虫。
下層の環境に馴染んだ小型魔物。
グレイラーヴァの腹が反応した。
食べれば、黒岩への適応が進むかもしれない。
硬い外皮。
鉱物の消化。
岩に紛れる色。
必要なものを持っている。
だが、甲殻は硬そうだ。
正面から噛んでも通りにくい。
しかも岩に張りついている。
剥がすのが難しい。
グレイラーヴァは観察した。
黒岩喰いは動きが遅い。
食べる時は、顎を岩に固定するようにしている。
その間、背中は無防備に見える。
だが、背中の甲殻は厚い。
狙うなら腹。
または脚の付け根。
だが腹は岩に接している。
どうやって剥がす。
グレイラーヴァは、周囲を見た。
通路の壁には細い亀裂。
上に脆い岩片。
足元には鉱毒の水が少し溜まっている。
黒岩喰いの近くには、削られた岩粉が積もっている。
岩粉。
乾いている。
軽い。
匂いは強い。
グレイラーヴァは、岩粉の近くまで静かに移動した。
黒岩喰いは気づかない。
食べることに集中している。
グレイラーヴァは、前脚で岩粉を少し押した。
さらさらと、粉が黒岩喰いの横へ流れる。
黒岩喰いの触角が動いた。
餌の匂いか。
削られた岩粉に反応している。
グレイラーヴァはさらに粉を動かした。
黒岩喰いは顎を岩から離し、粉の方へゆっくり移動する。
身体が岩からわずかに浮いた。
今。
グレイラーヴァは天井から落ちた。
背中ではない。
側面。
脚の付け根。
前脚で甲殻を押さえ、牙を隙間へ入れる。
硬い。
想像以上に硬い。
だが、完全ではない。
関節の膜はある。
そこを噛む。
黒岩喰いが動く。
遅いが、力が強い。
岩へ身体を押しつけ、グレイラーヴァを潰そうとする。
まずい。
グレイラーヴァは身体をずらしながら、脚を一本噛み切った。
黒岩喰いが体勢を崩す。
しかし逃げない。
むしろ甲殻を床へ押しつけ、身を守ろうとする。
腹を隠す。
関節も閉じる。
硬い。
食べにくい。
グレイラーヴァは、無理に噛み続けなかった。
黒岩喰いの背に乗ったまま、近くの鉱毒水へ前脚を伸ばす。
水を少しすくい、黒岩喰いの関節へ塗るように押しつけた。
鉱毒が膜を刺激する。
黒岩喰いが痙攣した。
関節が緩む。
そこへ牙を入れる。
深く。
体液が出る。
石の味。
苦い。
黒岩喰いが暴れる。
だがもう遅い。
グレイラーヴァは関節を広げ、腹の柔らかい部分へ噛みついた。
黒い外皮の下には、灰色の肉があった。
硬さとは裏腹に、内側は柔らかい。
体液は濃く、鉱物のざらつきがある。
グレイラーヴァはそれを飲み込んだ。
黒岩喰いが動かなくなるまで、時間はそれほどかからなかった。
死体を岩陰へ運ぶ。
重い。
甲殻が硬く、引っかかる。
だが、グレイラーヴァの脚は以前より力強い。
引きずれる。
安全な場所へ移動し、食べ始める。
甲殻は硬い。
しかし、顎が進化したおかげで少しずつ砕ける。
ばき。
硬い音。
顎に負荷がかかる。
痛い。
だが、噛める。
食える。
グレイラーヴァは、硬い甲殻の薄い部分を選んで砕いた。
殻の内側。
関節。
腹部。
顎の根元。
食べられる場所を探し、効率よく食う。
《黒岩喰いを捕食しました》
《黒岩適応が進行しました》
《外皮硬化が上昇しました》
《鉱物消化の素質が上昇しました》
《体色変化が微量進行しました》
声が響く。
同時に、外皮の下が熱くなる。
特に背中と脚の表面。
じわじわと何かが染み込むような感覚。
黒い岩の粉を身体に塗り込まれているような、内側から色が沈んでいくような感覚。
グレイラーヴァは食事を止め、自分の前脚を見た。
外皮が少し暗くなっている。
さっきより、黒に近い。
光を返しにくくなっている。
岩陰に置くと、輪郭が薄くなる。
変わった。
たった一匹食べただけで。
いや、これまで食べた骨喰い虫や黒殻魔物、鉱毒水の積み重ねもあるのだろう。
その結果が、今出た。
この身体は、必要な方へすぐに寄っていく。
グレイラーヴァは、自分の変わった前脚を見つめた。
もう、前ほど驚かない。
むしろ、少しだけ安心している。
これで隠れやすくなる。
これで生き残りやすくなる。
その安心を感じた直後、嫌悪が遅れてやって来た。
安心している。
黒く変わることに。
魔物を食って、外皮が黒岩に近づくことに。
それを喜んでいる。
グレイラーヴァは、食べ残しの甲殻を見た。
これをもっと食べれば、さらに変わるかもしれない。
硬くなる。
黒くなる。
岩に近づく。
食べるか。
顎が痛む。
消化も重い。
だが、得るものはある。
グレイラーヴァは、また甲殻に牙を立てた。
硬い。
割れにくい。
それでも砕く。
ばき。
ばき。
顎が軋む。
口の中が傷つく。
だが、飲み込む。
黒岩に近づくために。
下層に適応するために。
その作業は、食事というより自分を作り変える儀式のようだった。
しばらく食べてから、グレイラーヴァは残りを岩の割れ目に押し込んだ。
全て食べる必要はない。
食べすぎれば動きが鈍る。
硬い殻は後でいい。
そう判断できる程度には、衝動を抑えている。
だが、完全に抑えられているわけではない。
食べ終えた直後でも、次に黒岩喰いの匂いを探していた。
もっと食べれば、もっと馴染む。
その欲求がある。
グレイラーヴァは、壁に頭を軽く押しつけた。
冷たい黒岩。
そこに外皮が触れる。
少しだけ、以前より馴染む感覚があった。
滑りにくい。
爪が深く入る。
岩肌の細かな凹凸が分かる。
上へ登る。
音もなく。
以前より速く。
グレイラーヴァは天井近くまで登り、逆さに張りついた。
下を見る。
通路。
岩粉。
食べ残し。
鉱毒水。
自分が狩った場所。
そこには、もう黒岩喰いの姿はない。
血の匂いも、鉱物の匂いに紛れている。
悪くない。
この場所は、一時的な狩場にできるかもしれない。
黒岩喰いが集まる場所なら、必要な適応を得られる。
ただし、音と匂いに気をつける。
硬い甲殻を砕く音は響く。
大きな魔物を呼ぶ可能性がある。
グレイラーヴァは、天井から通路を観察した。
上から見ると、壁の亀裂がいくつか見えた。
一つは小さいが、体を潰せば入れる。
もう一つは奥へ続いていそうだ。
新しい隠れ場所に使えるかもしれない。
だが、巣にするにはまだ不十分。
水場が遠い。
餌はあるが、逃げ道が少ない。
人間が来た時、封鎖される可能性がある。
人間。
そう考えると、グレイラーヴァは無意識に耳を澄ませた。
遠くから足音は聞こえない。
今のところ近くにはいない。
だが、いつ来てもおかしくない。
低い声の男は、グレイラーヴァが進化したことに気づいている。
食い跡から。
痕跡から。
その男は、追い詰めるなと言っていた。
自分が追い詰められるほど変わると理解していた。
それは正しい。
だからこそ、怖い。
人間が理解するほど、逃げ道は減る。
人間が考えるほど、自分も考えなければならない。
グレイラーヴァは天井を移動し、別の通路へ出た。
そこは水気が強かった。
壁の黒岩に、青白い結晶が密集している。
その根元に小さな水滴が溜まり、細く床へ流れていた。
水。
ただし、匂いが強い。
鉱毒。
濃い。
グレイラーヴァは近づきすぎず、匂いだけ確認した。
飲めるか。
少しなら。
たぶん。
だが危険。
しかし、鉱毒への耐性を上げる機会でもある。
グレイラーヴァは、岩の窪みに溜まった水を見た。
水面は青黒い。
結晶の光を受けて、奇妙に美しい。
美しい。
その言葉が浮かんで、少しだけ戸惑う。
この毒の水を見て、美しいと思ったのか。
人間の記憶の断片にあった空や光とはまったく違う。
それでも、水面に揺れる青い光は目を引いた。
グレイラーヴァは、少しだけ口をつけた。
舌が痺れる。
喉が焼ける。
腹の奥が軋む。
すぐ離れる。
《鉱毒を摂取しました》
《鉱毒耐性が微量上昇しました》
《毒性分解能力が反応しています》
苦しい。
だが、耐えられる。
以前ならもっと長く動けなくなったかもしれない。
今は少し痺れる程度で済んでいる。
これも適応。
毒の水すら、身体へ取り込めば力になる。
グレイラーヴァは、水面に映る自分を見た。
黒くなった外皮。
青い光を吸うような身体。
長い脚。
牙。
映る姿は、洞窟の闇とあまり変わらない。
以前よりも、さらに人間から遠い。
いや、人間だったことなど一度もないかもしれない。
そう思うと、なぜか胸の奥が空いた。
人間の血から見た記憶。
誰かに名前を呼ばれる感覚。
帰りたいという感情。
それらは、自分のものではなかった。
どれだけ言葉を理解しても、自分にはそれがない。
自分を知っている誰か。
自分を待つ場所。
自分の名前。
グレイラーヴァ。
それは人間がつけた仮称だ。
危険個体を記録するための音。
それでも、自分はそれにしがみついている。
なぜ。
名前が欲しいのか。
人間のように呼ばれたいのか。
分からない。
グレイラーヴァは水面から目を逸らした。
考えるより、今は生きることだ。
水を少し飲んだ。
黒岩喰いを食べた。
外皮も少し変わった。
次は隠れ場所を探す。
そう決めた時、通路の奥から低い振動が来た。
大型ではない。
しかし、複数。
硬いものが岩を叩く音。
甲殻。
黒岩喰いではない。
もっと大きい。
グレイラーヴァはすぐに天井へ移動した。
息を潜める。
奥から現れたのは、三匹の黒殻魔物だった。
体は平たく、脚が長い。
黒い外皮。
頭部には鋭い顎。
黒岩喰いに似ているが、動きが速い。
おそらく黒岩喰いを捕食する側。
黒殻狩り。
グレイラーヴァはそう呼んだ。
一匹なら戦えるかもしれない。
三匹は無理。
見つかれば危険。
黒殻狩りたちは、通路の壁や床を探るように動いている。
黒岩喰いの匂いを追っているのかもしれない。
そのうちの一匹が、グレイラーヴァが隠した黒岩喰いの残骸に気づいた。
岩の割れ目へ顔を突っ込む。
食べ始める。
他の二匹も寄る。
狩った獲物を食べられている。
グレイラーヴァの中で、不快感が動いた。
自分が食べ残したもの。
後で食べようと思って隠したもの。
それを奪われている。
だが、出ない。
三匹は無理だ。
餌を失っても、生きている方がいい。
そう判断する。
以前なら、それでも怒りで動いたかもしれない。
進化後の捕食衝動が強くなった今、奪われることへの苛立ちも強い。
だが、グレイラーヴァは動かなかった。
生きるためには、喰わない選択だけでなく、奪い返さない選択も必要だ。
それを覚えなければ、すぐ死ぬ。
黒殻狩りたちは残骸を食べ、しばらく周囲を探った。
一匹の触角が上へ向く。
グレイラーヴァは天井に張りついたまま動かない。
外皮の黒が、岩陰に溶ける。
呼吸を殺す。
気配を薄くする。
黒殻狩りはしばらくこちらを探るように動いたが、やがて興味を失った。
三匹は別の通路へ進んでいく。
足音が遠ざかる。
グレイラーヴァは、完全に気配が消えるまで待った。
生き残った。
戦わずに。
餌は奪われたが、生きている。
それでいい。
そう思う。
だが、腹の奥は納得していない。
奪われた。
取り返せ。
食えたはずだ。
そんな熱が残る。
グレイラーヴァは、天井からゆっくり降りた。
割れ目を見る。
隠していた残骸はほとんどなくなっている。
僅かな甲殻片だけ。
グレイラーヴァは、それを拾って食べた。
硬い。
栄養は少ない。
だが、黒岩適応には少しでもなる。
何も無駄にしない。
その行動が、どこか惨めにも思えた。
だが、惨めでも生きる。
グレイラーヴァは通路を離れた。
黒殻狩りが進んだ方とは逆へ。
しばらく進むと、狭い裂け目を見つけた。
入口は小さい。
中は曲がっている。
匂いは薄い。
奥から空気が流れている。
良い。
グレイラーヴァは中に入った。
狭いが、今の身体なら通れる。
外皮が硬くなったせいで、以前より身体を潰しにくくなっている。
そこに少し不便を感じた。
硬くなれば守りは増すが、狭所には弱くなる。
柔らかさも必要だった。
この身体は、何かを得るたびに何かを失っているのかもしれない。
それとも、また適応して両方を得るのか。
分からない。
裂け目の奥には、小さな空洞があった。
広くはない。
だが、身体を丸めるには十分。
奥にさらに細い逃げ道がある。
水はない。
餌もない。
しかし、匂いが薄い。
人間に見つかりにくそうだ。
大型魔物も入れない。
一時的な休息場所としては良い。
巣にするかは、まだ決めない。
グレイラーヴァは空洞の奥で身体を丸めた。
黒岩喰いを食べた熱が、まだ外皮の下に残っている。
黒い色が少しずつ沈んでいくような感覚。
鉱毒水の痺れ。
顎の痛み。
空腹の残響。
全部が身体の中で動いている。
《黒岩適応が安定しつつあります》
《外皮色が環境に近づいています》
《隠密効率が微量上昇しました》
声が響いた。
グレイラーヴァは、暗闇の中で自分の前脚を見た。
ほとんど黒い。
青白い結晶の光がなければ、岩と区別がつかないかもしれない。
本当に変わっている。
ここに来て、まだ短い。
それなのに。
下層の黒岩を食う魔物を食べ、毒の水を飲み、黒い岩に張りついているだけで、身体はすぐに寄っていく。
生きるために必要な形へ。
その速さは、異常だ。
低い声の男が言っていた。
短期間で変化する魔物。
檻に入れれば檻に適応するかもしれない。
毒を盛れば毒に適応するかもしれない。
追い詰めるほど変わる。
その言葉は正しい。
正しすぎる。
グレイラーヴァ自身が、そのことを一番恐れていた。
自分は、どこまで変わるのか。
このまま下層で生きれば、下層の魔物になる。
人間の血を飲めば、人間の言葉と感情に近づく。
上位種に近づけば、あの振動すら取り込もうとするかもしれない。
何にでもなる。
生きるためなら。
それが強さなのか。
それとも、形を持てない弱さなのか。
分からない。
グレイラーヴァは、空洞の中でじっとしていた。
外から小さな足音が聞こえる。
黒岩喰いかもしれない。
狩れるかもしれない。
身体は反応した。
今すぐ出て、獲物を探せと言う。
だが、グレイラーヴァは動かなかった。
今は休む。
外皮の変化を待つ。
毒の痺れを抜く。
顎の痛みを落ち着かせる。
生きるためには、狩るだけでは足りない。
待つことも必要だ。
そう自分に言い聞かせる。
しかし、足音が近づくたび、腹の奥が疼く。
喰え。
喰えばもっと黒くなる。
喰えばもっと硬くなる。
喰えばもっとこの場所に馴染む。
その誘惑は強い。
グレイラーヴァは、牙を閉じた。
まだ選べる。
そう思いたかった。
暗闇の中。
黒い外皮が、ゆっくりと岩の影に溶けていく。
白い幼生だったものは、もうどこにもいない。
灰色の幼生だったものも、遠くなっていく。
今ここにいるのは、黒岩に馴染み始めた捕食幼種。
グレイラーヴァ。
人間がつけた仮の名を持つ、喰うことで変わる魔物。
その身体は静かに休んでいた。
だが腹の奥だけは、眠らない。
次の獲物を、ずっと探していた。




