終わった戦争があるのか?
最近の戦争では、軍事施設や生産施設に向けて攻撃するのが主で、誤射を除けば市民を狙うという事をしません。太平洋戦争での日本は原爆はもとより、東京大空襲など軍も市民も関係なく無差別に攻撃されました。だから戦争は終わりました。降伏できたとも言えますが、今はそれが無いわけです。なので最近起こった戦争で、きれいに無条件降伏で終わった戦争なんて存在しないんじゃないでしょうか? もちろん大国以外で国民とは乖離した独裁国家なら話は別です。
通常であれば国は国民の集合体です。そうして国民の殆どは一般市民です。そこが狙われて大勢の犠牲者でも出ない限りは、全面降伏などという事にはならないんじゃないでしょうか? だから無差別に攻撃しろというわけではありません。終わらないんだから始めては駄目なんだろうという事です。きれいごとでは無くて合理的な帰結です。
『いや、自分は無差別に殺戮する』という方針を持った独裁者が大国に現れたとして、どこかに戦争を仕掛けてそれを実践した場合、流石に他の全ての国が団結してその国を袋叩きにすると思います。あの国やあの国ですらそうなるのが分かっているのでそれはできないでしょう。そうなればいくら核を持っていても抑制できないと思います。軍事力だけでは無いです。イデオロギーを超えて経済も貿易も完全に断絶させられると思います。それに耐えられる国はもう存在しないでしょう。
だからやっぱり武力による、主張の押し付けは無理だと思うんです。他国を支配したいと思うなら、もっと文化とか経済の方を使った方が合理的です。但しそれでは完全な支配は無理ですし、そもそも何をもって支配というのか、自分が何を実現させたかったのか……大国のトップは自分の胸に手を当てて、もう一度よく考えたほうがいいんじゃないでしょうか?
しかしワールドカップを見ていると細かい反則はしまくりですよね。結局審判のさじ加減で勝敗が決まっているような試合も多いんじゃないかと思います。なにか現代の戦争にも似たものを感じます。少しくらいの小競り合いなら、損得勘定でAグループに対して対抗するBグループが出来上がりますが、度を越せばイエローカードなりレッドカードが出るので、様子を探りながら限界を探り合っているような感じです。カードを上げる審判はだれなんでしょうね? きっと神様では無くて”我々”なんじゃないかと思います。




