支配の歴史
室町無頼という映画を見ました。為政者があほたれだから一般の人々は苦しむという分かりやすい構図ですが、これが結構昔からの日本社会の構図ではないかと思いました。日本の歴史は農業が本格化してからは、支配の歴史だったのかなと思うわけです。
なにかとスポーツの世界ではサムライ日本と言いますが、日本人はみんな侍だったのかと言えば、例えば江戸時代は人々の80%は農民です。奈良・平安まで遡れば90%以上がそうだったと言われています。そこを一部の権力者が武力で支配してきたわけです。農業が始まる前、1万年以上大きな争いの無かった縄文時代は、人口は少なくても平和だったんだと思います。
稲作文化が大陸から入ってきて、集落の組織化と富の偏在が生まれました。そうして偶然か必然か、金属加工技術と人間同士が殺しあうための武器も同時に入ってきたわけです。最初は加工は楽な青銅器で、技術の進歩と共に強度の高い鉄器に代わります。もちろん農具にも使われたと思いますが、支配者層が権力を広げたり、また自分達を守るための武装にも使われたわけです。そうして戦闘を専門とする職業、武士が生まれたわけです
職業人としての武人で、生活のすべてを戦いに全振りしているんだから、そりゃ強いですよね。人数的には圧倒する農民も敵わなかったことでしょう。そうして農民は年貢をとられて、上位数パーセントの人間だけが豊かな生活を営んでいたわけです。しかし皮肉なことにそこから様々な文化が発生してきたことも事実です。日本の歴史は支配の歴史だと書いたのは、この構図が2000年以上続いてきたからです。
日本は近代化して、農民の数は減りましら。現在だと人口比で農業従事者は1%ぐらいまで減っています。しかし農民に代わって自営業者や中小企業等の経済弱者が存在します。現代社会なら、武士たちは政治家のような特殊なものを含めて公務員でしょうね。そうして一部の大企業もそうなのかもしれません。因みに日本における大企業の比率は企業数でいえば0.3%ですが、労働人口だと全企業従業者数の30%です。既にこの30%は支配階級とも言えますが、実際のところただの下っ端を支配者と言っていいかどうかは微妙な感じがします。しかし昔も足軽などの下っ端武士もいたでしょうから同じですかね。
フィジカルAI・ヒューマノイドの台頭は、この労働力としての人々を開放する可能性を持っているところが、凄く面白いなと思っています。一応民主主義は選挙で自分たちの代表を選ぶようにはなっているので、人々が労働から解放されたときに、どんな変化が社会に起こるのかがとても楽しみなわけです。2000年ぶりの大革命があるような気がします。ある意味縄文の世界に近づく予感すらします。
楽観的に過ぎますかね? 逆に経済格差や持つ者と持たざる者の立場が固定されて、更にその差が広がって行くという悲しい未来も否定はできません。




