数字の分かりやすさ
物事は数値化すると物凄く分かりやすい。例えば『今日は雨が降るかもしれない』と言われても、ニュアンスを掴むのが難しい。傘を持って行っていいのかどうか判断に困る。しかし『今日の降水確率は30%だよ』と言ってもらえると、降る可能性はあってもかなり低いので、傘は持って行かなくてもいいかなと判断できる。
お金に固執する人が多いのは、この数字の分かりやすさにあるんじゃないかと考えてしまう。『あの人は収入が物凄い』といわれてもどれくらい凄いのかはピンとこない。年収が一千万円だとか一億円だとか、数字で示してもらえればイメージできる。
愛とか義理とか人情とか、人として大切なものは、とかくその度合いのイメージが難しい。『あなたの事を愛している』といわれても、それはちょっとなのかもしれないし、物凄いのかもしれない。しかし感じ方には個人差があるし、価値観の相違もある。その点お金は数字で表現されるので分かりやすい。もちろん同じ百万円でも大富豪と庶民では、そこに対する個人的な価値は違ってくる。しかしながら、同じ百万円であれば同じように消費することになるので、社会的な価値としては分かりやすい。1000円の定食が高いと思う人がいれば、安いと思う人もいるだろう。しかし庶民が1000円で食べる定食は、大富豪も1000円で食べるのだ。
だから愛なんかの分かりにくいものも、数字になったら分かりやすくなるのかなと思ったりする。単位は愛だからLOVEとでもしておこう。
『あなたを85LOVE愛してます』と言ってもらえれば、ああ、なんか結構愛されているなと分かりやすい。『あなたを45LOVE愛してます』と言われると微妙だ。但し100LOVEが満点だった場合だけの話なので、120LOVEとかが出てくるとよく分からなくなってくる。上限が無いとやはりわかりにくくなってしまう。
お金の話に戻してみよう。降水確率は100%までだから分かりやすいが、お金の方は上限が無い。大富豪にとって100万円の価値が低くなるのは、例えば総資産が10億円なら1/1000になってしまうからだ。貯金一千万の庶民なら1/10になる。10%と0.1%では全然違ってくる。そうして上限が無いという事は分母は幾らでも大きくなっていけるという事だ。
分かりやすいうえに上限が無いのだから、儲けたくもなるし溜めたくもなる。それできっとお金に固執してしまうのだろう。しかしよく考えて欲しい。お金で実現させたいと願う事は、愛だったり義理だったり人情だったりする。個人の欲望なんてたかが知れている。そんなものはお金を貯めるところにでも振り向けておけばいい。
その先が人間にとっては大切だというのは、きれいごとではなくて多分本質だ。




