人生は引き算かもしれない
人は誰しも裸で生まれてきます。その手には何も持っていません。成長して人生という道を歩むうちに、様々な人と出会い色々な経験をして知識を蓄積していきます。足し算です。そう思っていました。
しかし最近ふと、もしかしたら引き算なのかもしれないなと思う事があります。
デザインの世界でよく言われるのは、足し算のデザインと引き算のデザインがあるという事です。色々な装飾なんかをどんどん付け加えていくのが足し算のデザインです。中国やアジアの美術にはそういった特徴があるように思います。しかし現在主流なのは引き算のデザインです。分かりやすいところでは無印良品でしょうか? なるべく線や要素を消してシンプルにシンプルにしていくのが上質のデザインだという風潮です。アップルの製品なんかもそのいい例ですね。
人間は生まれてきたときはまっさらな状態なんでしょうか? 色でいえばそれは白ですね。そこに色々な色が足し算されていくイメージです。しかし色というのは実は光の反射によって生まれます。赤く見えているものは赤い光だけを反射して、他の色を吸収しているわけです。という事で色と色を足していけば、反射する光が減ってどんどんと黒に近づいて行ってしまいます(減法混色)。
逆にいうと、もし人間が色でいえば真っ黒な状態で生まれ来る存在ならどうでしょうか? 何かを経験するたびに色が一つずつ抜かれていく。抜かれていくことで本来持っていた色が輝きだすのです。
赤ん坊は何も知らない状態で生まれてくるのではなく、本能的にすべての宇宙を理解して生まれてきた存在だとは考えられないでしょうか? 私は人は死ぬと、なにかよく分からない宇宙意識みたいなものに戻っていくという、最近話題の『普遍的精神フィールド理論』なんかが宇宙の真実に近いのかなと感じてますが、死んでそうなるなら、生まれてくるときもそれに一番近い状態なのかもしれないなと思うわけです。
別にそんなのどっちでもいいだろうと言われそうですね。積み上げて足し算するよりも、最初に全部を持っていて引き算をしていく方がより、人間は公平かなと思った次第です。




