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俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!  作者: 本郷カキツバタ
失格作戦

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第八話 内緒の外出、のはず

「いつも思うけど、それ、変装になってるか?」


「まさか君に言われるとは思わなかった」


 出かける前、二人きりの客間で、レストは俺の帽子を見た。

 つばの下に純白の髪をまとめ、服も飾りの少ないものを選んだ。いつもの外出より、ずいぶん地味だ。


 レストも、王太子らしい装いではない。帽子もかぶっている。

 ただし、後ろの黄金の髪が襟の上に出ていた。


「髪、見えてるぞ」


「君も、横からは見える」


 俺は帽子をかぶり直した。

 レストも、外套の襟を立てる。


「街では、いつもどおりお前がアレス。俺がレスティな」


「ああ。君が先にレストと呼ばなければ」


「呼ばないって」


 今日は二人で、菓子を食いに行く。

 報告会でも、監査でも、王宮での打ち合わせでもない。


 五月も下旬に入り、春は終わりに近づいていた。

 今なら、レストの好きなタルトがあるはずだ。


◇


 王都の老舗菓子店、《リュミエール》。

 扉を開けると、店主のエレナが盆を置いて迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。お二人ですね」


「ええ。席は空いていますか?」


「いつもの奥のお席で、よろしいですか?」


 エレナが示したのは、窓際の二人掛け。

 通りからは見えにくい、俺たちがよく座る席だった。


 入口に近い卓では、二人連れの客がこちらを見た。

 片方が腰を上げかけ、連れに袖を引かれて座り直す。二人は小さく会釈をして、自分たちの菓子へ戻った。


 たぶん、気づかれている。

 でも、名前を呼ばれたわけでも、誰かに囲まれたわけでもない。


 騒がれてないなら、お忍びとしては成功だろ。顔を知られてないふりまで、こっちから頼むことはない。


「本日は、苺のタルトがございます」


 席についたところへ、エレナが品書きを持ってきた。

 レストが、受け取る前から頷きかける。


「では――」


 途中で止め、ほかの菓子にも目を通した。

 こいつ、今さら別の菓子を検討する顔をしてやがる。


「ほかのお勧めは?」


「檸檬の焼き菓子はいかがでしょう。甘さは控えめです」


「私は、そちらをお願いします」


 俺が先に注文すると、レストも品書きを置いた。


「私は、苺のタルトを」


「かしこまりました」


 エレナが離れたあと、俺は声を落とした。


「アレス。迷ったふりは、必要でしたか?」


「……ほかの菓子も気にはなる」


「でしたら、私のも召し上がればよいでしょう。一口だけですけれど」


 甘い物となると、レストの「一口」は信用できない。


「今日は、約束どおり書類を持っていないんだね」


「そちらも、ありませんね」


「持ってくるべきだったかな?」


「持っていらしたら、タルトは私がいただきます」


「……それは困る」


 困った顔を作るのが早い。

 書類はなくても平気なのに、タルトがなくなるのは駄目らしい。可愛いなこいつ。


「昨日、アルと稽古をなさったそうですね」


「ああ。君の父上に会う前に」


「まだ足りないと、申しておりました」


「私のほうは、十分だったが……。おかげで、少し筋肉痛だよ」


「では、本人へそうお伝えください。帰ってからも、庭でもう一度やっていましたよ」


「私が勝ったところで終わったからね」


「もしアルが勝っても、もう一回と言いそうです」


 レストが笑った。


「確かに。アルなら言いそうだね」


 予定表を持って説得するテオの苦労が、よく分かる。これからも頑張ってくれ。


◇


 菓子が届くと、レストの話が一度止まった。


 小さなタルトに、クリームがたっぷり載っている。

 その上に苺。さっそく一口切り、口へ運んだ。


「アレス、それがお好きですよね」


「……そんなに分かりやすいだろうか」


「八年も一緒にいるんですもの。分かります」


 分かるに決まってるだろ。

 隠すなら、せめて皿が置かれるより先に笑うのをやめろ。王太子の顔で品書きを読んだ意味が、まるでない。


「レスティも、こちらを見ているじゃないか」


「苺が大きいなと思いまして」


「食べるか?」


「ええ。少しいただきます」


 レストは自分のフォークで切り、俺へ差し出した。

 苺ごと、タルトを一口もらう。


 クリームが甘い。生地は軽く、苺には酸味が残っている。


「美味しいですね」


「だろう?」


 ふふん、とレストが自分で焼いたみたいな顔をした。


「こちらも、いかがですか?」


「では、お言葉に甘えていただこうか」


 皿を寄せてやると、レストは焼き菓子を切った。

 切ったあとで、俺を見る。


「……このくらいかな?」


「それは、一口というより四分の一では?」


「大きさを確かめたんだ」


「確かめる前に、切っていらしたでしょう」


 悪びれもせずに頷いたので、そのまま食わせた。

 代わりに、俺もタルトをもう一口もらう。


 自分の皿を戻したところで、レストの口元についたクリームが目に入った。


「アレス、ついていますよ」


「どこに?」


「ここ」


 口元に残ったクリームを、指で取った。

 レストが動かなくなったので、取れたところを見せてやる。


「っ――取れたかな?」


「ええ。もう大丈夫です」


 指を布で拭いて、俺は残りの焼き菓子を切った。

 そっちばかり見ていると、自分の分を食いそびれる。


「ここで召し上がる時くらい、格好をつけなくてもよろしいのに」


「つけていないつもりだが」


「では、クリームがついていても、そのままで?」


「……それは教えてほしい」


「今、お教えしました」


 レストが笑い、俺も笑った。やっぱりレストといるのは楽だし楽しい。


 エレナが茶を足しに来る。


「お持ち帰りの分も、ご用意できますよ」


「では、家へいくつか。夕食前でも食べやすいものはありますか?」


「小さめのものを、お選びしましょうか」


「お願いします」


 エレナが下がると、レストが聞いた。


「アルの分?」


「全員の分です。ただ、あの子は先に食べたがると思って」


「私への土産は、辛い物より甘い物のほうが嬉しいのだが」


 ……パンのことを自分から話したのか、アル。


「……本人にお伝えください。私は止めた側ですよ」


「『姉上に止められたんです!』って本人は不満そうだったよ」


「あの子ったら……いつも本当に……」


 思わずこめかみに手が伸びた。

 ……家に帰ったら、余計な約束をしていないか聞いておこう。でないと、レストがまたおもちゃにされる。


◇


 食べ終わっても、すぐには席を立たなかった。

 俺が新しい話を始めると、レストは茶を飲みながら聞いた。


「この前、テオがお母様への贈り物を選んでおりまして」


「君が相談に乗ったのか?」


「乗ろうとしたのです。小箱の大きさを決めたいと、比較表を持ってきました」


「テオは相変わらず準備がいいね」


「それで、お母様の持ち物を測っていたところを、本人に見つかったのです」


「……何と答えたんだ?」


「母上への贈り物の寸法を決めています、と」


「……それは、正直すぎるね」


「そうなのです。テオは時に正直すぎるのです。お母様には隠して驚かせる予定だったそうなのに……」


 レストが声を抑えて笑った。


「君の母上は、驚いてくださった?」


「ええ。いきなりテオが定規を出したので」


 俺も笑う。

 テオは結局、入れたい物まで母に尋ねてから注文した。母は届く日を楽しみにしているので、それでよかったのだろう。


「アルは?」


「お菓子にするそうです。味を確かめると言って、私の前で二つ食べました」


「では、もう選び終えたんだね」


「まだ決まらないそうです。あの子の分が増えただけでした」


 レストは、俺たちの空いた皿を見た。


「……味を知ることは、大切だと思う」


「もう一つ召し上がりたいなら、普通にお頼みになってください」


「では、持ち帰りを頼もうかな」


「生菓子ですから今日中に召し上がることになると思いますよ」


「では、今日中に」


「夕食も、ちゃんと召し上がってくださいね」


 注文を聞いたエレナが、タルトを箱に入れてくれた。

 レストの分だけ、俺たちが持ち帰る焼き菓子とは別の小箱だ。


「お一つで、よろしいですね」


「はい」


 小箱を受け取る顔だけは、王太子というより菓子を買いに来た男だった。

 今日は、その顔がずいぶん長く見られた。


「また、お二人でいらしてください」


「ええ。ごちそうさまでした」


 エレナへ会釈を返し、店を出る。

 離れて待っていた護衛が、こちらへ寄ってきた。


 馬車に乗り、扉が閉まってから、俺は帽子を外した。


「誰にも殿下って呼ばれなかったな」


「そうだね」


「このくらいなら、今度も普通に来られそうだ」


「次も、時間を空けておくよ」


「まだ、日を決めてないけど」


「決まったら教えてくれないか」


 俺は頷いた。

 菓子の味以外にも、帰ってから話したくなることは出てくるだろう。


 帰宅すると、侍女が焼き菓子の箱を預かってくれた。

 代わりに、封書を渡される。


「お嬢様。王都大神殿から、招待状が届いております」


 毎春、救護事業に関わった者を招く行事だ。

 母のところにも、同じ案内が届いていた。


「出席のお返事をお願いね」


「かしこまりました」


 断る理由はない。俺が手配した物資の報告もあるはずだ。

 日付を確かめ、招待状を閉じる。


 封書は、もう一通あった。神託院からだ。

 開くと、聖女の加護を確かめる照会の案内だった。


 どの属性の適性をいくつ持っているかは、子供が成長すると、たいてい周りが先に気づく。一つあれば普通で、二つあれば褒められる。三つとなると、珍しいなんてもんじゃない。


 テオは五つの時、父の書斎で水と風を一度に出して、机の書類を濡らしたうえに、窓から庭まで飛ばした。

 アルは火と風が出た日に得意になって、真夏の暖炉に片端から火を入れて回り、使用人全員に叱られた。


 俺が持つ光属性なら、文字どおり手のひらが光るので分かりやすい。俺も、テオやアルの擦り傷を治しているうちに、家じゅうに知られていた。弟たちに比べれば、実に平和だ。


 聖女の加護は、これまでの記録ではどれも光属性に現れているそうだ。だから光属性を持つ者だけが、十八になった年の春に、神具の前で魔法を使って、加護があるかどうかを確かめてもらえる。受けるかどうかは本人が決めていい決まりだ。


 町や村では神殿に知らせが貼り出されるだけだが、貴族の家にはこうして封書で届く。神託院もご丁寧なことだ。


 加護なあ……。

 治癒魔法なら昔から使えるが、神様に目をかけられた覚えはない。それに今の俺には、先に片づけたい問題がある。


 まあ、返事は婚礼の件の目処がついてからでいいだろ。


 俺は案内を引き出しにしまった。


 ようやく仕事を忘れて遊べた日に、次の用事が待っていた。

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