↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!  作者: 本郷カキツバタ
失格作戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/15

第九話 嫌な予感しかしない

 今日は、何も質問しない。

 挨拶をして、報告を聞いて、帰る。


 王都大神殿へ着くまで、俺はそう決めていた。


「セレスティア。先方から何か尋ねられたら、お答えはできるわね?」


「もちろんです、お母様」


「それなら結構。黙っている練習をしに来たわけではないもの」


 母には、報告会で質問しすぎた話が伝わっていた。

 そのあと仕事が増えたことも。


 今日は毎年五月の終わりに開かれる、救護事業の報告と慰問の行事だ。

 俺と母は、救護院から支援先の暮らしや、これから必要になる品について説明を受けた。


 毛布の話が出た時だけ、俺は資料の該当する箇所を探した。

 担当した分は、ちゃんと載っている。

 質問せずとも、聞きたかったことまで説明してもらえた。


 ここまでは順調だった。ここまでは。


◇


 報告のあと、神託院の広間へ案内された。

 行事に合わせて、普段は目にする機会の少ない神具を拝観できるという。


「神託院のユリウス・フェインと申します。こちらをご案内いたします」


 細身の若い男性の神官が、礼をした。

 母が救護院の神官との話を終えるまで待ち、揃ったところで広間へ進む。


 入口の卓には、救護院の子供たちが作った押し花の栞が並んでいた。

 拝観に来る支援者へ渡す品だそうで、子供たちは神官と一緒に、台紙を揃えて袋へ入れている。


 俺は男の子から一枚受け取った。


「ありがとう。こちらは、あなたが作ったのですか?」


「花を選んで、貼ったんだよ。袋も折れるよ」


 隣の女性神官が、折り上がった袋を見せてくれた。

 救護院では、子供たちの身の回りの世話をしているそうだ。

 角をきちんと合わせた、小さな紙袋だった。


 男の子は、次の栞へ手を伸ばす。

 人差し指に巻かれた布が見えたが、本人は気にしていないようだった。


 俺は受け取った栞をしまい、母と神具の台へ進んだ。


 広間の奥には、透明な大晶石――《神響晶》が石の台に据えられていた。台座を含めると、俺の胸ほどの高さになる。

 中には模様も色もなく、向こう側の神官の衣が透けて見えた。


「こちらが、《神響晶》です」


「お名前は存じております。神託に用いる神具ですね」


「はい。儀式のない時間に限って、ご覧いただいております」


 ユリウスの説明を聞き、俺は《神響晶》を眺めた。

 帳簿と違って、眺めているだけで次の仕事を頼まれたりはしない。


 そう思っていたところで、入口から女性神官の声がした。


「あら、また血が出てしまったわね。今日は、ここまでにしましょう」


 振り返ると、さっきの男の子が指を押さえていた。

 女性神官は栞を脇へ寄せ、布を解いている。


 俺は男の子の元へ戻った。


「お怪我ですか?」


「朝、台紙の端で指を切りまして。手当てはしたのですが、動かしているうちに開いてしまったようです」


 女性神官は、用意してあった水で指の周りを拭いた。

 子供の傷の手当てには慣れているようだった。

 男の子は、途中で止まった袋のほうを見ている。


「あと、これだけなのに」


「残りは、こちらで入れるわ。指を休ませておきましょうね」


「よろしければ、私が治しましょうか」


「よろしいのですか?」


「ええ。私には、光属性の適性がございますので」


 女性神官が「よろしくお願いいたします」と頭を下げ、男の子も頷いた。

 女性神官は、男の子の手を俺のほうへ差し出した。


 俺はしゃがんだ。


「すぐに済みますから、そのままでいてくださいね」


 浅い傷へ、光を流す。


 指先の傷が、すっとふさがった。


「はい。もう大丈夫ですよ」


 男の子が指を曲げ、開いた。


「痛くない」


「よかったわ。でも、今日はもう休んでくださいね」


 女性神官へ手を戻した時、広間に細い音が響いた。


 長く伸びる、器を擦るような音。


 思わず俺は振り返った。

 ……透明だった《神響晶》が、内部から光っている。


 ユリウスも、こちらを見ていた。

 台へ一歩近づき、そこで足を止める。


「今、魔法をお使いになったのは……」


「……私です。子供の指を治しました」


 ユリウスは《神響晶》と俺を見比べた。

 すぐに脇の神官を呼び、奥へ知らせるよう頼む。


「っ――! こちらの反応を記録します。拝観は、いったんお待ちください」


 最初の一言は、声がかすれていた。

 そこでようやく、俺も立ち上がった。


 母が隣へ来た。


「セレスティア、あなたの手を見せて」


「私は怪我をしておりませんよ、お母様」


「ええ。でも、苦しいとか、何か変わったことはない?」


 差し出した手を母が確かめる。

 俺は首を振った。いつもどおりの治癒だし、疲れてもいない。


 母は手を放してから、ユリウスへ向き直った。


「何が起きたのか、ご説明いただけますか」


「《神響晶》が共鳴しております……。記録では、何十年も起きていなかった反応です。実際に共鳴するのを、まさか見られるとは思っておりませんでした……」


 ユリウスは、まだ《神響晶》を見ていた。


 男の子は女性神官に連れられ、ほかの子供たちと広間を出ていく。

 入口の卓が片付けられる間も、《神響晶》の光は消えなかった。


「私の治癒魔法が、こちらへ影響したのでしょうか」


「いえ、魔法の出力が強いというだけでは、この神具は反応いたしません。神様との接点や加護を持つ方が、神具と同じ広間で魔力を使うと共鳴します」


 神様との接点。

 俺は母に見せたばかりの手を、もう一度見た。


 待て。俺は子供の指を治しただけだぞ。神様へ連絡した覚えはない。今のが挨拶扱いになるとか、そういうことじゃないだろうな。


 知らせに行った神官が戻り、ユリウスへ書物を渡した。

 ユリウスは記録の頁を開き、《神響晶》の反応と照らし合わせる。

 頁をめくる指が、一か所で止まった。


「セレスティア様には、この春、照会のご案内をお送りしておりますね」


「……はい。頂戴しております」


 頂戴して、引き出しにしまった。返事は、まだ書いていない。


「本来は、お返事をいただいてから、日を改めてこの広間で確かめるものでした。お返事のない方には、秋に改めてお伺いすることになっております」


 責める声ではなかった。記録の順番を確かめただけらしい。

 母が、ちらりと俺を見た。

 ……返事を出す前に、神具のほうが先に答えてしまった。

 先送りにした俺も悪いけど、神具のほうが先に答えるのはずるいだろ……。


 母と俺は、脇の席へ案内された。


「この反応があると、どうなるのでしょうか」


 今日は質問しないという目標は、もうどこにもなかった。


「聖女候補として、正式な神託をお受けいただきたいと存じます」


「……候補、なのですね」


「はい。神具の共鳴だけで聖女と認定されるわけではありません。神託で、神様と実際に意思を通わせられるかを調べます」


「こちらから祈るだけではなく、お答えが返るかを?」


「仰るとおりです」


 母が、また俺のほうを向いた。

 ユリウスも、返事を待っている。


 受けたくない、と言うだけなら簡単だ。

 神具が反応した以上、理由もなく突っぱねれば、家にも神殿にも余計な迷惑がかかる。


 それに、本当に神様が俺に関わっているなら、聞きたいことがある。

 なぜ転生したのか。なぜ、女として生まれたのか。答えられる相手がいるなら、会ってみたい。


「……神託を、お受けいたします」


 母はすぐには頷かなかった。


「セレスティア。神様と話すのよ。報告を聞いて返事をすれば済むお仕事とは違うわ」


「はい。それは、分かっております」


 分かってはいる。

 ただ、話せるとは限らない。祈っても何も返ってこなければ、そこで終わるのだろう。会って理由を聞きたい気持ちと、会いたくない気持ちが、半分ずつある。


 母は俺の返事を聞いてから、ユリウスへ準備を尋ねた。

 ユリウスは共鳴の記録と俺の返答をまとめ、神託院の責任者へ実施の承認を求めた。


 しばらくして、記録を届けた神官が戻ってきた。

 ユリウスは返された書面を読み、俺たちへ告げる。


「神託院の責任者が記録を確かめ、実施を承認いたしました。立会いの神官を揃えられるのは、二日後の午前です。ご都合はいかがでしょうか」


 母と予定を確かめ、俺は頷いた。


 正式な案内を受け取り、礼をした。

 その間も、目の端で《神響晶》が光っている。


 頼むから、今からでも消えてくれ……。


◇


 帰りの馬車で、母は最初に俺の顔を見た。


「本当に、身体は何ともないのね?」


「はい。いつもと同じです」


「それならよかった。急に光り始めたから、あなたに何か起きたのかと思ったわ」


「私も、壊してしまったのかと」


 母が笑った。


「壊したのなら、あの神官の方もあんな顔はしなかったでしょうね」


 俺も笑いかけて、案内を見た。

 場所と時間。その下に、神託の文字がある。


「お母様。もし神様にお会いできたら、何をお話しすればよいと思われますか?」


「そうね。私も、直接お話ししたことはないから分からないわ」


「でしたら、まずは、ご挨拶でしょうか」


「ええ。それから、あなたが話したいことを考えてみたら?」


 神様に話したいこと。

 あるといえば、山ほどある。なんで俺を女にしたのか、とか。男との結婚を回避する方法はないのか、とか。


 だが、誰が出てくるのかも分からない。

 いきなりその二つを聞いてよい相手かどうか、判断がつかない。


「帰ってから、考えてみます」


「怖くなったら、それも言いなさい。案内ばかり読んで、眠れなくならないようにね」


「ありがとうございます」


 俺は案内を閉じた。


 何も話せなければ終わる。

 そう思ってはいても、頭にはもう、何を話すかが並び始めている。


 嫌な予感しかしないなあ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。