第5話 夫が、毎日来るようになりました
一週間の滞在は、三日延びた。
お義母様の試作の靴が届き、一緒に工房へ行くことになったからだ。
私は、本邸へ手紙を書いた。
帰る日を知らせ、家の仕事の報告も添える。
返事は、手紙では来なかった。
夫本人が、花を持って来た。
「何か、書き漏らしましたか」
訊くと、セドリック様は、花束を持ち直した。
「茶に、来た」
「お義母様でしたら、お昼寝です」
「君に」
私は、少しだけ黙った。
花束が、大きかった。
両手で持たないと、茎がこぼれる。
「ありがとうございます。でも、こちらでは、花瓶が一つ空いているだけで」
「足りないか」
「お花が、多いのです」
彼は、花を見た。
宮廷の大きな広間へ持っていくような束だった。
「祝いに持っていくなら、これがよいと言われた」
「何のお祝いですか」
彼は、止まった。
私は、笑うのを少しだけ待った。
「……会いに来るのに、手ぶらでは」
私は、その言葉を、しばらく大事にしたかった。
でも、待たせすぎると彼が帰りそうだった。
「花瓶を分けて、お義母様のお部屋にも飾ります。次は、小さい束で十分です」
セドリック様は、うなずいた。
「君の好きな花は」
「野にある、小さな白い花が好きです。名前を、こちらではまだ全部知りません」
「庭師に、訊いておく」
その日、お義母様は、お茶の途中で起きてきた。
花を見て、息子を見る。
「葬儀ではないわよ」
「白い花ばかりではありません」
「量の話です」
私は、とうとう笑った。
お義母様も、笑った。
夫は、笑われる顔ではなく、仕方ないという顔をした。
それが、少しうれしかった。
翌日も、彼は来た。
小さな白い花を、二輪だけ。
その次の日は、手ぶらだった。
私は、どうぞと言って、お茶を出した。
物を持ってこなければ会えないという決まりを、彼が捨ててくれた。
「お仕事は、よいのですか」
「ここから、次の訪問先が近い」
何日も続けば、それだけではないと分かる。
でも、私は、まだ訊かなかった。
お義母様が、私の後ろから言った。
「ニナ、今日の菓子を選んでくれる?」
私は、胡桃を指した。
夫が、少しだけ口を開く。
「母上の好みではなく、君の好きなものを」
お義母様が、息子を見た。
「私は、ニナに選んでほしいの」
「俺も、同じことを」
二人が、私を見る。
私は、皿を二つ指した。
「どちらも、少しずつ」
甘やかされすぎると、選ぶ仕事が増えるらしい。
*
工房では、お義母様の新しい靴を合わせた。
見た目は、前のものと似ている。
彼女は、室内を歩いた。
戻る。
もう一度、歩く。
「左の、ここが、少し当たるわ」
エヴァさんが、場所を確かめる。
私も、希望を整理して書く。
誰かの靴は、一度作れば終わるものではない。
帰り、お義母様は、店の窓に映る自分を見ていた。
口元が、少し上がっている。
「まだ、歩けるわ」
その言葉に、私は、うなずいた。
靴が直ったからだけではない気がした。
本邸へ戻る日、夫の馬車が来た。
私の荷物は、来た時より増えていた。
絵の写しと、お茶会の記録と、お義母様が選んだ羽織もの。
「寒い日に、使いなさい」
彼女が、私の肩へかける。
私は、ありがとうございますと言った。
セドリック様が、荷物を受け取る。
「俺も、持てる」
お義母様が、ゆっくりうなずいた。
「それは、助かるわね」
別邸の滞在は、終わった。
毎日来ていた人と、今度は、一緒に帰ることになった。




