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第4話 公爵夫人には、昼寝も必要です

別邸で最初に教わったのは、帳簿の読み方だった。

 お茶会の席順ではない。

 招待状の飾り文字でもない。


「どこまでが、あなたが決めるお金か。最初に確かめなさい」


 お義母様は、紙を一枚ずつ指した。

 本邸の日常の費用。

 使用人の賃金。

 行事の予算。

 夫個人のものと、私個人のもの。

 混ぜない方がいいところが、いくつもあった。


「分からないまま、署名してはいけないわ」

「はい」

「分からないと、言いなさい」


 私は、ペンを置いた。


「こちらと、こちらの費用は、何が違うのですか」


 お義母様は、すぐ答えなかった。

 帳簿係を呼んで、確かめた。


「担当が違うのね。私も、いつもまとめて報告を聞いていたから」


 私は、それで安心した。

 この人が全部知っているわけではない。

 知らなくても、訊いていいのだ。


 午後は、来月の慈善茶会の話を聞いた。

 孤児院への支援を集める、毎年の集まり。

 いつも、貴族の女性たちが手仕事の品を展示し、希望者に頒けていた。

 収益の一部を、寄付する仕組み。


 刺繍。

 絵。

 陶器。

 私は、工房で見た靴の絵を思い出した。


「お義母様の絵は、出さないのですか」


 彼女は、招待者の名簿から顔を上げた。


「あれは昔のものよ」

「新しく描いては?」

「あなた、話が速いわね」


 私は、口を閉じた。

 楽しかったから、つい前へ進みたくなった。

 でも、本人は、進みたいと言っていない。


「失礼しました。好きなことなら、またできたらいいと思ったんです」


 お義母様は、紙の端を指で撫でた。


「好きだったわ」


 過去形だった。


「結婚した頃は、よく描いた。でも、あまり実用的ではないと、夫に言われて」

「先代公爵様が?」

「脚がきれいに見えることが、私には実用だったのだけれど」


 私は、うなずいた。

 売り場に来る人は、ただ歩ければいいと思っているわけではなかった。

 気持ちが上がる一足を、選ぶ人もいた。

 その気持ちを、他人が先に捨てなくてもいい。


「エヴァさんは、好きな形を残そうとしてくれました」


 私が言うと、お義母様は、少し黙った。


「そうね」


 その夜、食堂に、新しい紙の束が置かれていた。

 絵を描くための紙だった。

 私は、何も訊かなかった。


     *


 火曜日、セドリック様が来た。

 きちんと、約束した時間に。

 私は、半分ほど質問を書いていた。


「この帳簿は、毎月あなたへも届くのですか」

「届く」

「では、どこまで私が確認すればよいか、一緒に決めたいです。同じものを二人で読んで、違う指示を出したくありません」


 彼は、隣へ椅子を寄せた。

 紙を、一緒に見る。

 質問をすると、すぐ答えられるところも、担当を呼ぶところもあった。


 お義母様が、二人を見ていた。


「もっと、顔を上げて話しなさい」


 私は、顔を上げた。

 夫も、上げた。


「息子に言ったのよ」


 私は、笑ってしまった。

 セドリック様は、少し困った顔をした。


 夕方、私は、ソファで眠ってしまった。

 起きると、膝に毛布。

 机の上に、胡桃の菓子。

 お義母様の字で、小さな紙が添えられていた。


『公爵夫人には、休憩も必要です』


 私は、毛布を畳んだ。

 刺繍の端に、夫の家の紋章。

 セドリック様が、帰る前にかけてくれたと、侍女が教えてくれた。


 二人に、違うやり方で甘やかされた。

 私の覚えている小説は、ずいぶん遠くなった。

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