第3話 お義母様と、別邸へ行きます
三日後、靴職人の工房へ行った。
お義母様は、濃い青の服を着ていた。
髪の飾りが、きれいだった。
「お似合いです」
「分かっているわ」
返事は、それだけ。
でも、馬車へ乗る前、飾りを一度だけ直した。
職人のエヴァさんは、四十代の女性だった。
立った時と、座った時。
少し歩いた時。
履いている靴を調べ、普段どこで使うか、いくつも訊いた。
私は、口を挟まないように気をつけた。
前世の知識があっても、目の前の職人より何でも知っているわけではない。
お義母様が言葉にしなかった時だけ、昨日話した希望を確かめる。
「踵を低くすれば、楽になるのでしょう」
お義母様が言うと、エヴァさんは首を振った。
「それだけでは、収まりが変わります。今の形を好きなら、似た見た目で、違う木型を試しましょう」
私は、うれしくなった。
同じ見た目で、違う履き心地。
ちゃんと、探せる人がいた。
試作を待つ間、お義母様は、工房の棚を見ていた。
古い絵の束を手に取る。
靴の絵だった。
細い線に、色の書き込み。
「あなたが、描くの?」
「今のは、私が。昔のは、先代の頃に、お客様が描いたものもあります」
お義母様の指が、止まった。
絵の端に、小さな文字。
A・R。
「お義母様ですか」
訊くと、彼女は、紙を戻した。
「若い頃の、遊びよ」
その言い方だけ、いつもと違った。
私は、覚えておいた。
今、問い詰めるのは違うと思った。
*
帰り道、馬車は本邸ではなく、小さな別邸へ向かった。
庭に、赤い薔薇。
入口の段差が、低い。
「私は、来週からここに移るわ」
お義母様が言った。
「あなたが、公爵夫人になったのだから」
私は、馬車の中で顔を上げた。
「今日のお話と、関係は?」
「関係ない。以前から、そう決めていたの」
彼女は、窓の外を見た。
「同じ台所に、指図をする人が二人いると、使用人が困る。私は、手を出さずにいるのが下手なのよ」
言われてみれば、確かに。
でも、私は、まだ何も分からない。
この家の行事も、使用人の仕事も、公爵夫人としての役目も。
「私も、一週間ほど、お邪魔していいですか」
お義母様が、こちらを見た。
「息子を置いて?」
「家のことを、教わりたいです。お義母様がこちらへ来れば、会う時間が減るでしょうから」
「本邸でも、教えられるわ」
「ここなら、二人で指図しても、本邸の人は困りません」
彼女は、口元を押さえた。
「あなた、言い方がうまいわね」
私は、少し笑った。
言い方だけではないと、分かってもらえるようにしたかった。
その夜、私は、夫へ話した。
別邸で家の仕事を教わりたい。
期間は、一週間。
外出は自由という約束だったけれど、知らせずに家を空けたくはない。
セドリック様は、紙から顔を上げた。
「困っていることがあるなら、俺にも言ってくれ」
「今、言いました」
彼は、止まった。
「母上にしか訊けないと思わせたのなら、すまない」
私は、少し黙った。
聞いてくれる人だとは、思っていなかった。
「では、来週、別邸へお茶に来てください」
「俺が?」
「はい。家の仕事で分からないことを、そこで一緒に訊きます」
彼は、手帳を開いた。
空いている日を探す。
「火曜なら」
私は、うなずいた。
彼が日を選んだことが、少しうれしかった。
別邸へ移る朝、馬車のそばで、お義母様が私の帽子を直した。
「風があるわ。留めなさい」
私は、顔を上げた。
叱られる声だと思えば、そう聞こえる。
飛んでいってほしくないのだと思えば、それも聞こえる。
小説の鬼姑と、一週間、暮らすことになった。




