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第2話 鬼姑の靴を、脱がせたい

「朝から、ずいぶん甘いものを持ってきたわね」


 お義母様は、菓子の皿を見た。

 私は、椅子の前で止まった。

 胡桃が、山のようにのっている。

 料理長に好きなお菓子を訊いたら、張り切って焼いてくれたのだ。


「少なめに、お願いすればよかったです」

「いいえ。半分は、あなたのために出ているでしょう」


 私は、お義母様を見た。

 彼女は、椅子を指した。


「座りなさい。立たれると、私も立たなくてはいけない」


 私が座ると、お義母様も座った。

 足元に、昨日と同じ靴。

 飾りの下に、細い擦れがある。


「お靴を、見せていただけませんか」


 お義母様の眉が、上がった。


「初めてのお茶で、足元を見せろと?」

「無礼でしたら、すみません。でも、昨日、片足を休めていらしたので」


 彼女は、私を見た。

 長い沈黙。

 私は、今度こそ、叱られると思った。


「よく見ているのね」


 靴が、絨毯の上へ置かれた。

 彼女は、侍女に室内履きを頼んだ。

 靴の内側には、後から貼られた厚い布。

 底は硬く、つま先も狭い。


「きつく、ありませんか」

「きついわ」

「別のお靴は?」

「この靴の方が、脚がきれいに見える」


 きっぱりしていた。

 私は、少し笑った。

 無知でも、頑固一辺倒でもない。

 好きな見た目を、選んでいたのだ。


「では、同じ見た目で、もっと歩ける靴を探しましょう」


 彼女は、菓子を持ち上げた。


「あるの?」

「私だけでは、作れません。職人さんに、話を聞きたいです」

「では、なぜ自信ありげに言ったの」


 私は、うなずいた。

 売り場でも、最後に作るのは職人だった。

 今は、この世界の木型も、革も知らない。


「探すことは、できます。それに、痛い時は、歩かなくていい場所も増やせます」


 お義母様は、室内履きへ足を入れた。

 小さく、息を吐いた。

 肩が下がる。


「私に、楽をしろという嫁は、初めてね」

「私は、初めてのお嫁さんでは?」

「紹介されてきた娘たちも、含めてよ」


 思わず、笑ってしまった。

 彼女の口元も、少し動いた。


「皆、私の前では、きつい靴を我慢した。私がいなくなれば、脱いだでしょうけれど」

「お義母様は?」

「私がいなくなる時は、私も一緒にいるもの」


 今度は、二人で笑った。


 そこへ、セドリック様が来た。

 朝の挨拶だったらしい。

 絨毯の上の靴を見て、入口で止まる。


「母上。何か、あったのですか」

「靴を脱いだのよ」

「それは、見れば」

「なら、訊かないの」


 鬼姑は、息子には手厳しかった。

 私は、皿を指した。


「お菓子を、どうぞ」


 セドリック様は、母と私を見比べた。

 腰を下ろしたが、すぐ立ちそうな座り方だった。


「母上が好きだと、君に伝えました」


 お義母様は、一瞬、彼の方を見た。


「覚えていたの」

「毎年、同じ菓子を頼まれていたので」


 彼女は茶碗を持った。

 少しだけ、頬がやわらかくなった。


 私は、菓子を半分に切った。

 甘すぎたら、残してもいい。

 気まずかったら、お茶を飲んでもいい。

 私たちは、とても立派な家族ではなかった。

 でも、今朝は、三人の茶碗が並んでいた。

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