42 ずっと前から
「ロイはこの王宮のどこかにいるの…?」
外は真っ暗で星が煌めく時間帯。
静まり返った自室でレシアーノは手紙を眺めていた。
ギルミックが王宮に落ちていたと言っていた手紙。
咄嗟にわたしのだと受け取って持ち帰ってきた手紙を片手に、初恋の人へ想いを馳せる。
その手紙は毎日掃除がされるであろう王宮の廊下に、今日落ちていたらしい。
ならば、今日ここにロイが足を運んだのだろうか?
だとすれば、ロイはどうしてわたしに会いに来てくれなかったのだろう。
もうロイはわたしのことなんて忘れているのだろうか…?
それとも、会えない事情でもあるのだろうか…?
会いたい気持ちと、会いたくない気持ちがせめぎあう。
だけどやっぱり最後に勝つ気持ちはいつも同じだった。
(ロイに会いたいよ………)
首にかけたネックレスに通されている指輪を見る。
これだけがずっと心の支えだった。
薄暗くなった室内を見回して、もう寝るかと、テーブルに手紙を置いてソファーから立ち上がる。
ベッドまで歩く途中で、扉の前から騎士の声がした。
「お嬢様!まだ起きていらっしゃいますか?グレイシオン王子殿下がお見えなのですが、通してもよろしいでしょうか?」
こんな夜更けになんだろうか?と思いつつも、レシアーノに断る理由はない。
「はい、大丈夫ですよ」
その言葉を聞き届けた騎士が扉を静かに開けた。
グレイシオンは一言も言葉を発することなく、騎士に手で礼をして部屋の中へと入ってくる。
パタンと扉が閉まる音がした。
「グレイシオン様、こんな時間にどうされましたか?」
近づきながら、声をかける。
「ごめんね、こんな時間に。君に先日のお礼を言いたくて来たんだ。さっきはロランドールもいたから言えなくて」
グレイシオンは優しい表情で笑った。
本来のグレイシオンの姿だった。
「大丈夫ですよ!先日だってわたしなにもできなかったですしっ…!それに今日もいきなり花冠なんて渡してしまって、受け取ってもらえて嬉しかったです」
手をぎゅっと握りながら精一杯の気持ちを伝える。
すると、グレイシオンはふっと笑い返してくれた。
「僕のためだったらよかったのにな」
笑ってくれた後のその言葉の意味が、レシアーノには分からなかった。
だってあれはグレイシオン様のために作って、グレイシオン様に贈ったのだから。
レシアーノが小首を傾げた時、脳裏に一つの言葉が過る。
『グレイシオンは何かに取り憑かれているのではないかと、そう思っているのだよ』
ガラルクの言葉だった。
(もしかして…グレイシオン様は何かに自分が取り憑かれていることに気がついているの…?)
レシアーノはグレイシオンを頭からつま先まで見る。
「どうかしたの?」
グレイシオンが不思議そうにした。
レシアーノはその顔を真剣な顔で見返して問う。
「あの……。今の貴方が本物のグレイシオン様ですか?」
「うん?建前ではない、本来の僕だよ」
「そうではなくて、グレイシオン様本人はいまわたしと話をしているほうですか?」
はぐらかすなと真剣な顔で再度問うレシアーノに、グレイシオンの表情も真剣なものに変わる。
「………………………そうだよ」
グレイシオンは確かにそう言葉にした。
「それでは、貴方はなにかに取り憑かれているのですか?」
聞くのならば今しかないと思ったレシアーノは、直球で確認をする。
「……………………………」
グレイシオンからその問いかけに返答はない。
だけど、一瞬だけ目が見開かれたのをレシアーノは見逃さなかった。
「やっぱり…そうなのですね…」
レシアーノがぼそっと呟いた言葉に、グレイシオンの体がぴくりと反応した。
「君にも言えないことがあるんだ」
グレイシオンは寂しそうにそう言った。
レシアーノの瞳をじっと見つめながら、続けて言葉を口にする。
「それでも、これだけは伝えたい。僕は君の味方だよ。ずっと…ずっとね」
「ずっと……?」
「そうだよ。……ずっと愛しているよ」
「!?………」
(愛している…!?)
グレイシオンから直球に愛を囁かれて、レシアーノの胸はドキドキと騒ぎ出す。
頭の中も一瞬で沸騰状態となった。
「えっ…!?い、いつからですか…!?!?」
「ずっと前からだよ……」
(ずっと前……それってつまり……)
「グ、グレイシオン様の肩にわたしの紋章のようなものが刻まれていたのですが…、そのことも覚えているのですか…?」
レシアーノは、恐る恐る確認をとる。
「忘れるわけがないだろう……?君は、僕のただ一人の婚約者だ」
その言葉を聞いた瞬間、時が止まったように感じた。
頭の中で何度もグレイシオンの言葉が再生される。
(グレイシオン様は最初からわたしが婚約者だと気づいていたの……?それならどうして何も言ってこなかったの?)
…………………どうして、わたしは覚えていないの?
「ご…めんなさい。わたし、グレイシオン様とのことを覚えていないんです」
「うん」
「婚約者…ということは、両想いだったんですよね…?」
「………………そうだね。嬉しかったよ」
「……っ!……ごめんなさいっ、…ごめんなさい!思い出せなくて…っ…」
「いいんだよ、悪いのは僕だ」
罪悪感に駆られて必死に謝るレシアーノに、グレイシオンは優しい表情をして頭を撫でた。
「悪いのは僕だ。君じゃないよ」
そう言って、優しく笑いかけてくれた。
優しすぎる対応に、レシアーノは思わずグレイシオンの胸に飛び込む。
「悪いのはわたしです!思い出せないわたしがっ……」
「違うよ」
グレイシオンはレシアーノの頬に触れて顔を上に向かせ、二人の視線が交わる。
グレイシオンがジリっと熱い視線を向けていた。
あまりに近い距離に、レシアーノが慌てて顔を背ける。
それでもグレイシオンはまたレシアーノの頬に手を添えて、もう一度顔を上げさせられる。
熱い視線が変わらずレシアーノを見ていた。
「君はずっと覚えててくれているじゃないか…。でももう、忘れていいんだ。僕はもうきっと長くない。だから…、君は僕なんか忘れて幸せになってほしい」
「ずっと覚えている……?」
わたしが…?
どういうことだろう…?
「レシアーノにお願いがある。次、僕の魔力が暴走したら僕を君が殺してほしい。……婚約者として、君に最後のお願いを頼めるかな」
「………………え?」
「きっと君ならばどちらの僕でも耳を傾けると思うんだ」
「それはどういう…」
「君は気がついているのだろう?本当は僕一人で何年も戦い続けてきた…。だけどもう僕の力も限界なんだ。だから、僕ごと殺してほしい」
「!!……」
レシアーノが話についていけないまま困惑していると、グレイシオンの口から核心をつく発言が聞こえた。
(僕ごとということは、グレイシオン様の中に彼を苦しめているものがいるの……!?)
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『泡沫のアングレカム』という毛色の違う純愛の作品を書きはじめました!
作者名も変えて『漣しゃら』の名前で投稿しております。
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