40 花冠
「ロランドール様、教えてもらいたいことがあります」
「いいよー!ボクに答えられることなら、なんでも答えるよ〜」
真剣な顔のレシアーノと、きょとんとした顔のロランドールが向かい合って座っている。
二人の手には作りかけの花冠がにぎられていた。
「精霊の契約と解消について教えてください」
「あ〜なるほどね、それでボクに聞いたんだね」
あの日、結局ファーゼスには聞きそびれてしまったことを、改めてロランドールに聞こうとしていた。
ロランドールはきょとんとした顔から、普段通りの表情へと戻り花冠を作る手を動かす。
「レシィちゃんが聞いてくるということは、婚約と結婚の話であってるー?」
「はい!あっています」
姿勢を正して聞く体勢をとるレシアーノに対して、ロランドールは相変わらずゆるっとしている。
「まずは仮婚約だね。仮婚約はどちらか一方の意志がすごく大切だよ」
「意志、ですか?」
「そうだよ〜。答えは一つではないけれど、ずっと一緒にいたいとか、守り続けたいとか、そういう未来への強い意志がキスする相手に芽生えていれば成立するよ」
「なるほど、そうなのですね」
「ミア兄もゼス兄もレシィちゃんに対しては、ずっと一緒にいたいって気持ちも、守り続けたいって気持ちも両方抱いてるんじゃないかなー?」
ロランドールはにこにこしながら兄二人の話題をさらっと出して、レシアーノの表情を楽しむ。
レシアーノは揶揄われているとわかりながらも、じわりと顔が赤く染まる。
あくまでも冷静さを保って、質問を続けた。
「未来ではなくて、いま一緒にいたい…とかだと成立しないのですか?」
「レシィちゃんよく気づいたね〜。そうだよ、婚約はあくまでも未来に結婚があるから、今だけの気持ちなら成立しないよ」
「なるほど」
「それと、もう一つ重要なのが、どちらか一方が拒否を示したら契約にはならないよ。嫌いな相手とかと契約させられたら大変でしょ?」
「…ということは」
「レシィちゃんは、ミア兄もゼス兄も嫌ってはいないってことになるね」
確かに二人のことは嫌ってはいない。
正直、ファーゼスのときは驚いたし初対面だったし、好きとも嫌いとも思っていなかったけど。
嫌いであれば成立しないのか……。
リブラミア様とファーゼス様と何回キスしても仮婚約から婚約成立にはならないのは、きっとわたしが未来を望めていないから……ということだよね。
考え始めて黙り込むレシアーノを、ロランドールは催促するわけでもなく花冠を作りながら静かに待つ。
レシアーノの手には紫苑の花の花冠が、作り途中のまま止まっていた。
ロランドールはただぼーっとその紫苑を眺めていると、レシアーノの手がまた動き出す。
「ロランドール様、仮婚約についてはわかりました。次に婚約は双方の意志がないと成立しないって認識であっていますか?」
「うん、正解だよ〜。双方がキスする相手に対して、未来への意志がないと成立しないよ」
………ということは。
(わたしとグレイシオン様は両思いなの……!?)
揶揄われた時とは比にならないほどに、レシアーノの顔が真っ赤に染まる。
わたしはグレイシオン様を好きなの!?
会ったこともなかったのに……?
グレイシオン様もわたしが好きなの……!?
本当に……?
「レシィちゃん、どうしたの?急にそんなに顔を赤くしてー!もしかして……だれかと婚約したいの!?」
珍しく動揺したロランドールが椅子からガタッと音を立てて立ち上がり、レシアーノの顔を覗き込む。
「ちちち違います…!」
レシアーノは間近に現れた綺麗な顔に驚いて、後ろに顔を引く。
「……なんだ。あ、ごめんね急に」
そう言って、ロランドールはまた椅子に座り直した。
レシアーノは聞こうか迷った挙句、おずおずとロランドールに質問をしてみる。
「あの…ロランドール様…」
「な〜に?」
「紋章って、別の人と同じになったりしますか?」
「うん?どういうことー?」
「その…、例えばわたしの紋章が、別の人との契約の時にも浮かび上がったりとかは…」
「聞いたこともないよ?似たのはあるかもしれないけど、まったく同じはありえないんじゃないかなー?」
「………そうですよね」
ありえないか…と肩を落とすレシアーノに、鋭いロランドールが察する。
「もしかして、身に覚えのないレシィちゃんの紋章が、誰かの肩に浮かんでたの…?」
ロランドールが恐る恐る聞いてくる。
その瞬間、レシアーノの心臓がドクッと大きく跳ねた。
隠した方がいい気がして、慌てて訂正する。
「そんなことないですよ!紋章に何か手を加えたりできるのかなっ…て思っただけです…」
「ふうん、そっか…」
微妙な空気が流れ、レシアーノは視線を逸らす。
ロランドールはいつの間にか出来上がった花冠を自分の頭に乗せた。
「レシィちゃん、どうー?ボク似合ってる?綺麗?」
花冠を頭に乗せたロランドールは女神に見えた。
女性の自分の百倍は似合っている。
「ロランドール様とっても綺麗です!!」
レシアーノは無意識に手をぱちぱちと叩いていた。
「ふふっ……ありがとう〜!でもこれは……はいっ!レシィちゃんにプレゼント!」
ロランドールは自分の頭の花冠を、レシアーノの頭にのせてにっこりと笑った。
「えっ……どうして?」
ぽかんとした顔で問うと、ロランドールは寂しそうに笑った。
「レシィちゃん、最近元気ないからさ〜。ボクに笑ってほしいなら、レシィちゃんも笑っててよ!……ね?」
花冠の上から頭をぽんぽんと撫でられる。
「……ありがとうございます」
レシアーノはまた顔を赤く染めて、俯いた。
「ではわたしのこれをロランドール様に…」
そう言ってまだ作り途中の花冠をロランドールに見せた。
「それはグレ兄にあげなよー!きっと喜ぶよ〜」
ロランドールはにこにこと笑いながら、レシアーノの手元の紫苑の花を見た。
「次は契約解消の話をしたらいい?」
途中になっていた契約の話を、改めてロランドールが話し始める。
レシアーノはこくりと頷いた。
「契約解消は、紋章に触れながら解除したいと願うと出来るよ。うわべだけじゃなくて心からのね。だから、ちょっとした夫婦喧嘩とかでは解消できないよ!」
「心からの…」
「契約解消が成立することは、相手からの気持ちが完全になくなったことと同じ意味だから、相手側は少し辛いかもね」
「そう、ですね…」
ロランドール様の言う通りだ。
一度は自分との未来を想ってくれた人の気持ちが離れたことを知ってしまうのだから、辛くないはずがない。
しんみりとした空気の中、ロランドールは眉を下げた。
「ボクがレシィちゃんと契約したら、ぜったいに解消なんてさせてあげないからね。……一生ボクを愛してね」
ロランドールから普段は見えない独占欲が姿を現し、レシアーノの背中に汗が伝った。
「なんてね、ミア兄みたいに怖がられるのは嫌だからやーめた!……あともう一つ、せっかくだから話してもいいー?」
「はい、なんですか?」
ロランドールはテーブルに残った花を手でくるくると遊びながら、楽しそうに言った。
「精霊は契約するとね、その相手のためなら強くなれるんだよ。あとねー、相手に名前を呼ばれると聞こえるらしいよ?」
(ガラルク様もそんなことを言っていたな……)
「それは、声に出さなくてもいいのですか?」
「たぶん?ボクは誰とも契約してないから詳しくは分からないけど、心の中で会いたいとか願ったら、それも聞こえるんじゃないかな〜?」
「声に出しても、心の中でも、強い気持ちが大切ってことですね…、なるほど…」
「レシィちゃん、せっかくだから今やってみたら?」
ロランドールは楽しげに笑った。
レシアーノは嫌な予感がして身構える。
「今やってみるですか?」
「そう!ゼス兄でもミア兄でもいいけど、心の中で会いたいって呼んでみたらどう〜?」
「え!!それはさすがに…いまお仕事されてると思いますし…」
「え〜、二人なら絶対喜ぶと思うけどなー」
そう言ってまたロランドールは手元の花でくるくると遊びながら、つまんないのとぼそりと呟く。
ロランドールを横目で見ながら、レシアーノは考え出す。
(いまグレイシオン様を呼んでみたら、契約が成立しているかどうかわかるのかな…?)
レシアーノは冗談半分で、呼んでみることにした。
(シオンに会いたい…!)
さらさらと優しい風がレシアーノの髪を吹き抜ける。
「………………………」
「レシィちゃん、どうかしたの?」
辺りをきょろきょろと見るレシアーノに、ロランドールが不思議そうに声をかける。
(やっぱり…来るはずないよね…)
「風が気持ちいいなと思っただけですっ…!」
「確かにね〜、もっと自由に外に出たいよねー」
レシアーノはやっと完成した手元の花冠に視線を移す。
思ったよりかは上手くできていて内心ほっとする。
「ロランドール様、出来ました!」
「ほんとだ〜、上手だね!これならグレ兄も喜ぶんじゃない?」
「余を呼んだか?」
「……!?」
「あ、グレ兄だ〜。ちょうどいいところに!」
レシアーノの後ろからグレイシオンが現れた。
足音も気配も一切なく、驚きに言葉を失う。
(もしかして、わたしが呼んだから来たの…!?)




