39 日常
あの後もファーゼスの抱擁は続き、二人とも着替えを余儀なくされた。
紅茶で汚れたレシアーノの服を見て、ファーゼスは『悪い』と言いながらも、なんだか嬉しそうであった。
レシアーノは現在、ギルミックに招待されて食堂にやって来ていた。
「レシアーノさん、こちらへどうぞ」
入り口で待ち構えていたギルミックに声をかけられる。
「ギルミック様、おはようございます。まだ昼食には早いようですが、こちらでなにかあるのですか?」
レシアーノは挨拶をして、招待された理由を問う。
「実は、今日はこちらに一流パティシエを呼んだのですよ。本当はレシアーノさんを連れて外に行きたかったのですが、王子が数人も出歩くと目立ってしまいますから」
「それって、もしかして…」
「先日約束した、甘いものを食べる約束を果たすためにご招待しました。リブラミア兄様とファーゼスも招待していますよ」
「そうだったのですね!楽しみです!」
「ただ、人数がだいぶ増えてしまいましたが」
「…え?」
レシアーノはそう言われて食堂の中を見回すと、中央に長いテーブルが置かれていた。
そこにはすでに数人が座って待っている。
リブラミアとファーゼスの姿はまだ見えず、代わりに見知った面々がそこにいた。
奥側にはウィルロイドとロランドール、手前側にはユリーラスとオリアスが座っている。
ユリオリの間には椅子が一つ空いていた。
「我々王子が揃って食事する機会もあまりないですし、グレイシオン兄様も誘ってはみましたが、体調がすぐれないようで来るかは分かりません」
ギルミックは『さあどうぞこちらに』と言いながら、レシアーノをエスコートする。
案内された席はユリオリの間の空席だった。
「レシアーノお姉ちゃん久しぶり!おれ、身長伸びたかな?」
「レシアーノ姉サン…オハヨウ」
「みんなレシィちゃんを待ってたんだよ〜」
「レシィおはよう、厨房から良い匂いがするね」
レシアーノが席につくと、ユリーラス、オリアス、ロランドール、ウィルロイドの順に声をかけられる。
美男子の眩しい笑顔に、自分の場違い感が否めない。
「全員揃ってないですが、先にはじめましょうか」
ギルミックが厨房へと声をかけに向かっていく。
その間も他のメンバーは、それぞれに話しはじめる。
「おれ、大きくなるためにいっぱい食べる!」
「オレハ…プリン食ベタイ…」
「ユリオリはまだ成長期だからたくさん食べないとね〜!ウィルさんは何が好きなのー?」
「僕は甘い物は好きですし、焼き菓子はよく食べますね」
「ふうん、じゃあギル兄とは気が合うかもねー。あ、そうだ、レシィちゃん飲み物はなにがいい?」
先に来ていたメンバーの前には、すでに飲み物が並べられていた。ウィルロイドの前には先日買った珈琲、ロランドールの前にはドロドロスムージー、ユリオリの前には果実が入ったアイスティーが用意されていた。
「わたしもユリーラス様とオリアス様と同じものがいいです」
「わ〜お揃いだー!」
「オ揃イ…!」
レシアーノは目についた飲み物を希望すると、両隣の可愛い王子達がにっこりと笑った。
二人の笑顔にレシアーノの胸がきゅんとなる。
「僕も子供の頃に戻れたら、レシィのとなりを独占できるのかな…」
「ウィルさん何か言ったー?」
「いえ、なにも。スイーツまだかな〜と思っていました」
「ね〜、楽しみだよね。そろそろくるんじゃないかなー?」
ロランドールがそう言ったすぐ後に、ワゴンの音がした。
「「お待たせいたしました!!まずはじめにフルーツゼリー、自家製プリン、季節のタルト、それからパルフェをご用意いたしました!!」」
厨房から元気な使用人が二人で料理を運んできて、テーブルに手際良くスイーツを並べていく。
「レシアーノさんから、お好きなものを選んで食べてください」
いつの間にか座っていたギルミックが声をかけてきた。
王子様を差し置いて自分が先に選ぶのは気が引けるが、みんながじっとレシアーノを見ている。
この状況では選ぶしかない。
「それでは…、そちらのパルフェをいただいてもよろしいでしょうか…?」
レシアーノが控えめに答えると、全員が笑った。
「さすがレシアーノさん。そのパルフェ、シェフのお店で美味しいと評判らしいですよ」
「レシィはスイーツが似合うね」
「果物たくさん乗ってるから、ボクもそのパルフェにしようかな〜」
「レシアーノお姉ちゃん、おれも一緒に食べていい?」
「オレト、プリン半分コ…シナイ?」
口々に話し出し、食堂内が賑わう。
レシアーノはこんな日がずっと続けばいいのにと思いながらも、昨夜の光景が頭から離れなかった。
「ねぇ、誰がこの座席決めたの?レシアーノのとなりの席は私だよね?空いてないんだけど」
「遅くなった……、どこに座ってもいいのか…?」
招待されていた二人も遅れてやって来た。
レシアーノの両隣にユリオリが座っていて不機嫌なリブラミアと、普段通りのファーゼスが空いている席に座る。
「兄さんたち、いらっしゃい〜」
「リブラミア兄様とファーゼスは、こちらの甘さ控えめのものを食べて下さい。仕方ないので特別に用意してもらいました」
ひらひらと手を振り歓迎するロランドールと、若干棘のある言い方で二人を迎えるギルミック。
二人の到着に使用人が気づき、先日の珈琲を並べた。
「ギルミック兄上、感謝する…」
「それではいただくよ。レシアーノも、こちらのを食べてみないかい?」
申し訳なさそうにするファーゼスと、席が離れているレシアーノを隣に呼ぼうとするリブラミア。
「レシアーノお姉ちゃんは、おれとパルフェ食べてるの!」
「プリン…半分コ…」
リブラミアの発言に抵抗を示すユリオリ。
両側からぎゅっとレシアーノの腕を掴んだ。
それを見たリブラミアは、眉間に皺を寄せて言う。
「レシアーノもこれ食べてみたいよね?」
甘さ控えめのクッキーを指差しレシアーノに訴えかける。
「わたしは甘いほうが好きです」
リブラミアの言葉を、レシアーノはズバっと切り捨てた。
だって甘いほうが好きだから。
それにユリオリが可愛すぎるから。
「…ぐっ……………」
「あーあ。ミア兄、大人気ない上に、フラれてるよ〜」
「当然です。クッキーは甘いからこそ美味しいんですから」
「レシィ、こっちのタルトも美味しかったよ!一口食べてみない?」
「…………俺は、……これくらいがいいな」
大ダメージを受けるリブラミア、呆れるロランドール、真顔のギルミック、向かい側からレシアーノに話しかけるウィルロイド、甘さ控えめクッキーを静かに食べるファーゼス。
その光景に、レシアーノは胸が熱くなっていた。
テーブルに並んでいたスイーツが残り少なくなった頃、食堂に続く通路から足音が近づいてきた。
「余は間に合ったか?」
食堂の入り口から低く威厳がある声が聞こえて、全員が一斉に視線を向ける。
「グレイシオン兄様、お待ちしておりました」
招待したギルミックが一番最初に声をかけた。
「シオン様、もう起き上がって大丈夫なのですか…?」
続いてレシアーノが声をかけながら席から立ち上がり、グレイシオンのもとへと歩く。
昨夜のこともあり心配しての行動だったが、それを知らない他のメンバーはレシアーノの行動に目を丸くした。
((((いま、『シオン』って呼んだ…!?))))
そして、この場にいた数名に雷が落ちた。
「案ずるな、食事程度なら問題ない」
「それなら良かったです。どれも美味しいですよ」
「そうか。そなたが気に入ったのならば、それでよい」
唖然とする他のメンバーをおいて、二人は会話を続けながら席につく。
グレイシオンが空いている席に座り、話に気を取られてレシアーノもそのまま横に座る。
((((この二人、いつの間にこんなに仲良く!?))))
食堂にはまた雷が落ちた。
そんな中、全員が揃ったタイミングでまたワゴンの音が聞こえてくる。
「大変お待たせいたしました!!季節のフルーツケーキと、濃厚チーズケーキです!!!」
大きなホールケーキが二つ運ばれてきて、テーブルの上にどんっと置かれた。
「シェフのイチオシケーキです!!どうぞお召し上がりください!!」
使用人は元気良くそう言って、ワゴンを引いて厨房へと戻っていく。
「お皿に取り分けてもよろしいでしょうか?」
レシアーノがすくっと立ち上がる。
「レシィは招待された人でしょ?ここは僕に任せて」
すぐにウィルロイドも立ち上がり、レシアーノを止めた。
ケーキを取り分ける手元を全員が静かに見守る。
数分も経たずに全員の前に二種類のケーキが置かれた。
「それでは、皆さんいただきましょうか」
ギルミックの一言に全員が頷き、食べ始める。
王子達が笑い合い盛り上がる食堂。
賑やかで、平和な日常。
レシアーノはそんな光景を見守りながら、静かにケーキを口にする。
甘くて、美味しくて、涙が出そうになった。
レシアーノは潤んだ瞳を隠すために、俯いてケーキを食べ進める。
そんなレシアーノの姿を、この場にいた全員は見ていた。




