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精霊の花嫁〜迷い込んだ精霊の国は、男女比100対1の逆ハーレム国でした〜  作者: 夜風ほたる


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37 記憶にない紋章



 ぽたり、ぽたりと落ちた雫が絨毯を黒く染める。


「…レシアーノっ!?…どうして、どうして貴方も泣いているの…?」

「ごめんなさいっ……。ごめんなさいっ………」


 リブラミアは腕を解き、レシアーノの頬に両手を添えた。

 涙に濡れた紫の瞳が、不安に揺れながらじっとレシアーノを見つめる。


「レシアーノ…?それは何に対しての…?」


 ぽたり、ぽたりと涙が落ちる音が止まぬ中、何に対しての謝罪かとリブラミアに問われていた。

 レシアーノは震える唇を噛み締めて、頬に添えられた両手から逃れて俯く。


「………レシアーノ?」

「…………………………………ま…………せ…」

「え…?」

「……それは………答え…られません…」

「…………………………」


 言えることはそれしかない。


 自分が消えるかもしれない未来は迫っている。

 思っているよりも近くまで迫っているかもしれない。

 それでも答えられない。

 たとえそれが誰であっても。

 心配してくれている人であっても。


 顔を上げるのが怖くて俯き続けていたレシアーノは、ふいにあたたかいものに包み込まれる。

 リブラミアの腕がレシアーノの背中に回り、優しく包み込まれていた。


「…………わかったよ。だから、もう泣かないで」


 あたたかくて、優しかった。

 苦しんでいるのはリブラミアも同じはずなのに。

 優しい言葉だけが耳に聞こえていた。


「………その代わりに、ずっと貴方のそばにいさせてね。必ず、必ず貴方を守るから。……いいよね?」


 優しく、それでも決意に満ちた声でリブラミアは言う。

 レシアーノは暫く黙り込んだ後、静かに頷いた。

 それが、精一杯の返事だった。


「いつも…貴方の前では泣いてばかりだ。こんな私では、愛してもらえないよな」


 リブラミアは自分の頬に流れる涙をごしごしと手で雑に拭いながら、困った顔で笑う。


 違うのに。

 本当はリブラミア様にも惹かれている自分がいる。

 他の王子様たちにも惹かれている自分がいる。

 だけど、わたしが愛してはいけない。

 消えるかもしれない自分が愛したって、苦しめるだけなのだから。

 それに、この国にもし平和が訪れる未来があるのなら、女性はいくらでもこの国に増えるだろう。


 だから、わたしは願ってはいけない。

 わたしが幸せになる未来はない。


 わたしはこの運命を一人で戦い抜くと決めている。



「リブラミア様」


 涙が止まった紫色の瞳をレシアーノは真っ直ぐに見た。


「どうしたの?」


 交わる視線の強さに、リブラミアの顔が強張る。


「幸せになってくださいね」


 視線が交わったまま、二人の間に沈黙が流れる。

 冷たい部屋の空気が肌に刺さる。


「それは……どういう意味?私は貴方と幸せになるんだよ」


 リブラミアの言葉の後に、また沈黙が流れる。

 静かさに不安を覚えたリブラミアが口を開きかけた時、レシアーノは目を細めて柔らかく笑った。


「ふふっ……ありがとうございます。こんなに赤い目では、直ぐに皆様のところに戻れないですねっ…」

「この部屋でもう少し二人でいようよ。私はずっと二人でもいいけどね」

「それはだめですよっ…!」

「残念だ。また今度の機会を楽しみにしているよ」


 目元を赤く腫らした二人が、見つめ合って微笑んだ。



***



 静まり返った深夜の王宮で、誰かに呼ばれた気がしてレシアーノは目を覚ました。

 自分の体温だけしかない肌寒いシーツに包まり、薄暗い部屋の中を見回す。

 レシアーノ以外は誰もいない。

 ほっとしたのも束の間、部屋の外から苦しむ声がした。


『……ぐっ……うぁぁ………』


(……誰の声!?)


 知っているような気がする声に、レシアーノは慌ててベッドから飛び起きる。


 防音に優れたこの王宮で、なぜ声が聞こえてくるのか分からない。

 だけど、苦しんでいる人がこの王宮にいるのは確かだ。

 部屋の外から聞こえるその声に、そっと扉を開ける。

 

「おっ、お嬢様!?…こんな時間にどうされました?」


 扉の前にいた騎士が、いつもより控えめの声量で問う。


「誰か苦しんでいる声がするのですが、怪我をされた人が近くの部屋にいるのですか?」


 レシアーノが真剣な顔で質問すると、騎士はきょとんとした顔をした。


「苦しんでいる声…ですか?…特に今日は、怪我人はいませんよ」

『……………ぐぅあぁぁ…!』

「また、声がしますっ!向こうの部屋のほうからです!」

「………お嬢様っ…?」


 必死に説明するレシアーノに、騎士は怪訝な顔に変わる。

 その表情を見て、レシアーノは恐る恐る聞く。


「もしかして…聞こえないですか…?」

「…はい。特に私には先程から何も聞こえませんが」


 騎士は真面目な顔でそう答えた。


(この声は…わたしにか聞こえていないの!?)


 レシアーノは部屋の前で立ち止まって耳を澄ませると、苦しむ声が通路の奥の部屋から聞こえた。


「騎士様、やっぱりわたしには聞こえてきます!…向こうの奥の部屋からです!」

「あっ…、お嬢様お待ちください!私も一緒に参ります!」


 声がする方に向かって歩き出すレシアーノの後を、騎士が小走りで着いていく。


「お嬢様っ!…その部屋は」


 レシアーノが開けようとした部屋の扉の前で、騎士は慌てて待ったをかけた。


「この部屋は開けてはいけないの…?」


 騎士に必死に止められて、レシアーノは静かに問う。


「ここは本日、グレイシオン王子殿下が使用されているお部屋ですっ…。このお時間帯に勝手に入られるのは…」

「……えっ!!」


 そこまで言われて、ドアノブに触れていた手を離す。


「グレイシオン様はこの部屋の中にいるの…?」

「は、はい…。そう聞いております」


 部屋の扉に視線を移し、その先の音に耳をそばだてる。

 物音や人の声は聞こえてこない。


(やっぱり…あの声はこの部屋からではない…?)


 気のせいかと、レシアーノは緊張を解く。


「ごめんなさい騎士様。わたしの聞き間違いかもし…ーー」

『ぐぁぁああっ…!』

「…!?」


(やっぱり、この部屋からだ…!)


「騎士様ごめんなさいっ!この部屋に入ります!」


 レシアーノは意を決して扉を開けた。


「お嬢様っ…!?」


 勝手に部屋の中へは入れない騎士は、扉の前で焦りながら声を上げる。

 その声を遮るように扉がパタンと音を立てて閉まる。


「………お嬢様…?」


 困惑した顔の騎士が扉の前でぽつりと呟いた。



 部屋の中に入ったレシアーノが最初に見たものは、ベッドの上で苦しむグレイシオンの姿だった。

 胸を手で抑えて、顔を歪めている。


「……はぁ…はぁ……………」

「グレイシオン様っ…?」 

「……レシアーノ!?どうして君がここに…?」


 顔を向けたグレイシオンの目が驚きで見開かれる。


「あっ…、えっと…声がしてそれで…」

「だめだ!!近づいてはだめだ!レシアーノ、危ないから部屋から早く出て!!……うっ!…はぁ………」


 ベッドへと近寄るレシアーノに、グレイシオンが苦しみながら大声を出す。

 レシアーノは大声にびくりと体が跳ねて足を止めた。

 それでもグレイシオンが心配になり、逃げずにその場で立ち止まる。

 あと数歩でベッドに手が届く距離だった。


「グレイシオン様!大丈夫ですかっ…?どこか痛いのですか?」

「大丈夫だ、大丈夫だから……、早く逃げ…うぁぁあああああああああああ!!」


 突然叫び声を上げたグレイシオンから、膨大な魔力が溢れ出した。

 部屋の空気が一気に黒く淀み、レシアーノの肌がピリピリと痛み出す。


「ぐっ……ゔぁぁああ!!……はぁはぁ…ゔっ……」

「グレイシオン様!?」

「だっ…めだ…ゔぅ………っ!!」


 一歩近寄ったレシアーノをグレイシオンは必死で止めようとして苦しみに顔を歪めた。

 その間にも魔力が膨れ上がり、肌を突き刺す痛みがビリビリと強くなる。


「………………っ…」


 一瞬、グレイシオンの苦しむ声が止まる。

 そして、何かを決意した表情に変わった。

 声をかけようとしたレシアーノが、徐に自分の両手を見たグレイシオンに息を呑む。

 静かに動かされたその両手が、グレイシオンの首に回った。


「……………ゔっ…」

「!?」


 レシアーノは信じられない光景を目の当たりにした。

 グレイシオンが自分で首を締めている。


 その光景にぶわっと色々な感情が押し寄せ、気づけば名前を叫んでいた。


「グレイシオン様っ!!!!!」

「………ぐぁっ…」


 グレイシオンの手は止まらない。

 覚悟を決めたその表情に、レシアーノは悟った。


(グレイシオン様は死のうとしているっ…!)


 止めなければ!

 そう思っても全身に刺さる魔力で、レシアーノの体は思うように動かない。

 声を出すのが精一杯だった。


「グレイシオン様!!!やめてください!!グレイシオン様っ!!…シ(・)オ(・)ン(・)っ!!!」


 レシアーノが叫ぶ声に、グレイシオンの首を絞め続ける手が止まった。

 ぱたりと両手が力なく下ろされる。

 部屋中を覆い尽くしていた魔力もサーッと引いていく。


 一体何が起きたのか。

 一瞬の出来事に、レシアーノは状況が理解できなかった。

 口を開いたまま、ただグレイシオンを見る。


「………………余(・)は……なにをしていた…?」


 自分の両手を見たグレイシオンが目をぱちくりと瞬かせ、ゆっくりとレシアーノに首を向けた。


「レシアーノ、余を呼んだか…?」


 グレイシオンは不思議そうな顔をした。

 苦しんでいる様子はない。

 ただただ驚いた顔をしていた。


「どうした?」


 なにも答えないレシアーノにグレイシオンは問いかける。

 今度はレシアーノが目をぱちくりと瞬かせた。


「……えっと…、グレイシオン様…?」

「シオンだ。そう呼べと言っているだろう」


 グレイシオンはむすっとした顔でベッドに潜り込む。

 枕に頭を沈めて目を閉じ、ぼそりと言った。


「余は眠るゆえ、そなたは寝るまでここにいてくれ。ただ、居るだけでよい」


 グレイシオンはそれだけ口にすると、口を閉ざした。


 レシアーノは返事も忘れて唖然として立ち尽くす。


 嵐が去った後のように、部屋には静寂が流れる。


 それから数分も経たずに、レシアーノの耳に静かな息遣いが聞こえてきた。


 安心しきった顔で眠るグレイシオンを、そっと見る。

 首に残った痛々しい傷跡。

 乱れたシャツからは肩が露わになっていた。


 ちらりと視界に入ったグレイシオンの肩の紋章を見て、レシアーノの息が止まる。

 その紋章から目が離せなくなった。

 色は違う、だけど……。

 レシアーノの記憶が正しければ、一度だけ目にしたことがある紋章とまったく同じだったからだ。

 それも、ファーゼスの肩に刻まれていた紋章と。

 ということは、つまり。


 グレイシオンとレシアーノは契約が成立している、ということを意味している。

 第一王子には婚約者がいるとレシアーノは聞いていた。

 なのに、なぜかレシアーノの紋章が刻まれている。

 グレイシオンとは一度も口付けなんかした記憶はない。


(どうしてわたしの紋章が、グレイシオン様の肩に刻まれているの……!?)


 驚き、焦り、困惑、疑問。

 次々と感情が湧き、レシアーノはその場から動けなくなっていた。



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