36 答えられない
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レシアーノの至近距離にある綺麗な顔には、眉間に深い皺が刻まれていた。
「で、どういうことだ?答えろ、ロランドール」
リブラミアの鋭い眼光がロランドールを刺す。
ロランドールとアフタヌーンティーを済ませたレシアーノとウィルロイド達は、王宮に帰宅して早々にリブラミアとファーゼスに捕まった。
現在、客間のソファーに五人が座っている。
レシアーノの向かい側にはロランドールとウィルロイド。
隣にはファーゼス、そしてリブラミアがレシアーノを膝の上に乗せて座っている。
全員がリブラミアに対して、なぜレシアーノを膝の上に乗せているんだと言いたい眼差しを向けていた。
だが、二人掛けソファーが二つあるだけのこの部屋では五人が座るのは難しい。
結果、こうなってしまっていた。
それに、この状況でリブラミアを刺激すると危険だと、全員の意見が一致して今に至る。
「そんなの、レシィちゃん達を外食に連れて行ってあげたかっただけだよ〜」
兄の問いにゆるっとした態度でロランドールは返答した。
「……それなら一言、…言ってからにしてくれ」
それに対して、横から無表情のファーゼスが加わる。
「それはそうだよねー。思いつきで連れて行っちゃって、ごめんね…」
兄二人に詰められているロランドールは普段通りのゆるっとした表情をしている。
それよりも見守るレシアーノとウィルロイドのほうが、叱られている表情をしていた。
(ロランドール様ごめんなさいっ…)
罪悪感を抱きながら向かい側を見ると、同じく暗い表情をしたウィルロイドがいた。
だが、当の本人のロランドールは、レシアーノと目が合うとにっこりと笑い余裕そうだ。
『大丈夫だよ』そう言ってくれているみたいで、申し訳なさが募っていく。
「ロランドール、何を笑っている?」
ロランドールを睨みつけていたリブラミアの眉間が、ぴくりと動く。
「ボクはいつも笑ってるよ?…それよりミア兄、レシィちゃんを堂々と一人占めしないでよー」
言うタイミングを窺っていたロランドールが、リブラミアにつっこみをいれた。
「………………………」
ロランドールはすぐに言い返されると予想していたが、リブラミアは黙り込み俯く。
一言も話さず、レシアーノを抱き締める腕の力をぎゅっと強めるだけだった。
「あ、そうそう!兄さんたちにお土産を買ってきたんだ〜。『珈琲』ていう人間の国にもあるらしい飲み物が売っててさ!ね〜、ウィルさん」
「はい!僕も自国で飲んでいました。寝起きに飲むと目がすっきりして良いですよ!」
微妙な空気を察したロランドールが話題を変えて、横に座るウィルロイドの肩をぽんっと叩く。
それに答えるようにウィルロイドも補足した。
「お前ら……仲良くなったな……」
ファーゼスは二人を不思議そうに見て呟く。
三人のやりとりを見守っていたレシアーノは、引っかかっていたことを一つ思い出した。
それはロランドールが『ウィルさん』と呼んだときに、懐かしい少女の名前を思い出したからだ。
あの状況では聞けなかったが、ウィルロイドが『君に救われた命だから』と言っていたことが気になっていた。
やはり、ウィルロイドとは以前会ったことがある。
ということなのだろうか。
言われてみれば何となく、ウィルロイドの顔立ちが懐かしい少女に似ている気もする。
黒髪、赤い瞳、中性的な顔立ち。
性別を除けば面影がある。
十年前の記憶は曖昧で、断定はできないけれど。
(……もしかして、ウィルちゃんなの?)
黒髪長髪の女の子、ウィルちゃん。
彼女は背中に大きな傷を負って倒れていた女の子。
唯一、レシアーノが魔力を使って助けた相手だ。
もし、目の前にいるウィルロイドが『ウィルちゃん』だったとした……。
婚約者だのを抜きにしたら、単純に、すごく嬉しい。
久しぶりに会えて嬉しいとレシアーノはそう思った。
ウィルロイドをじっと観察してみる。
やっぱり面影がある。
「レシィ?どうしたの?」
視線に気が付いたウィルロイドがにっこりと笑う。
(……ああ、やっぱり似ている気がする)
そう思ったら急に嬉しくなってしまったレシアーノは、今のウィルロイドとの距離感も忘れて無邪気に笑っていた。
「えっ…?レシィちゃん、今の表情もう一回して!」
向かい側にいたロランドールが、レシアーノの微笑みに目をキラキラとさせて前のめりになる。
「今の表情ですか?」
「もう一回笑って〜!なんだかキラキラしてたよ!」
「きらきら?」
ロランドール様のほうがきらきらだけど?とレシアーノは思いながら小首を傾げる。
「『珈琲』はレシィちゃんも好きなの?」
珈琲の話題にレシアーノが惹かれたのだと勘違いしたロランドールが、上機嫌で聞いてくる。
どう返答しようかと迷っていると、耳元に低く静かな声がした。
「…………レシアーノ、少しいいかな」
俯いていたリブラミアが静かにそう言った。
何を言ったか聞き取れなかった他の三人は、きょとんとした顔をしてリブラミアを見る。
レシアーノだけは静かにこくりと頷いた。
それを合図にリブラミアは膝からレシアーノを下ろすと、手を引き部屋を出ていく。
後ろから引き止める声がしても、リブラミアの足が止まることはなかった。
レシアーノはリブラミアに手を引かれるがままに着いて行くと、隣の客間に案内されていた。
二人が部屋に入り扉が閉まった瞬間にガンッと音が響く。
それは、扉にリブラミアの手がぶつかる音だった。
いつの間にかレシアーノは扉とリブラミアの間に挟まれていて、カチャッ…と扉の鍵が閉まる音がした。
「……………………………レシアーノ……」
冷え切った部屋で、弱々しく震えた声に呼ばれる。
「…はい……」
そっと返事を返す。
リブラミアの顔は俯いていて見えない。
「………………王宮から出ないでと…言ったよね?」
「……ごめんなさい」
声だけではなく肩まで小さく震え出したリブラミアに、レシアーノは罪悪感に駆られながら謝る。
リブラミアの弱々しい姿に、彼の背中に腕を回そうとして、直前で止める。
(わたしに……抱きしめる資格はない……)
暗く俯いていたリブラミアが、静かに顔を上げた。
震える手でレシアーノの頬に手を添える。
やっと見えたリブラミアの頬には一筋の涙が伝っていた。
「貴方は勝手に帰ろうとしたの…?私を……、私を置いて帰ろうとしたのっ…?約束したじゃないか…!勝手に帰らないって…、消えたりしないって……。なのに…、なのにっ!」
リブラミアは唇を噛み締めて、扉を手でガンッと叩く。
苦しそうに歪めた表情で言葉を吐く。
「本当は…、わかっているんだ。レシアーノは元の国に返すべきだって。貴方が帰りたいと言うのなら、私も着いていきたいって思っている。だけど…、だけど私は王子だから、この国も守らないといけない。この国から出られないんだ。貴方と一緒にいられる方法が、私にはこれしかないっ。…貴方を閉じ込めるしかないんだ!だからっ…、離れて行かないでっ……」
リブラミアにぎゅっと力強く抱き締められる。
骨が軋みそうな力の強さに、リブラミアの気持ちの重さをレシアーノは感じ取った。
「…どうしたら、私を見てくれる?………時折不安そうな顔をされると怖くなるんだ。どこか遠くを見ている貴方に…怖くなる」
ぼろぼろと涙を溢すリブラミアが、震えた両手で必死にレシアーノを抱き締める。
「レシアーノっ…………、貴方が隠していることはなに…?二回、貴方から魔力を感じたことがある。それも、強力な魔力だった。私は貴方が何者でも愛しているっ……!だから、教えてくれないかっ…?」
小さな子供が最後の宝物に縋るように、壊れそうなリブラミアがぎゅうぎゅうと体を締め付けてくる。
レシアーノはその体の痛みよりも、胸を締め付ける痛みのほうが苦しくて張り裂けそうになっていた。
「………………………消えたり…しないよね……?」
消え入りそうなリブラミアの言葉が聞こえた時、思わず溢れた涙がレシアーノの頬を伝っていた。




