34 小さな可能性
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(ロイ…ではない、よね……)
レシアーノは一瞬芽生えた希望を消し去り、すくっと姿勢を正した。
「お初にお目にかかります。レシアーノと申します。失礼ですが貴方が本当にわたしの婚約者様なのですか?」
ワンピースの裾を摘んでカーテシーをした後、ウィルロイドを見て尋ねる。
「はい、僕が君の婚約者です」
堂々とした態度から嘘をついているようには見えない。
きっと本当にレシアーノの婚約者なのだろう。
それならば、聞きたいことがある。
「ウィルロイド様はわたしと会うのは初めてですよね?どうしてわたしがレシアーノだと、わかったのですか?」
ウィルロイドと瞳を交わらせながら問う。
「レシアーノとお会いするのは初めてです。レシアーノだと気がついたのは、そのネックレスが見えたからだ。君のお母様から受け取ったこのネックレスによく似ていたから」
ウィルロイドは眉毛を下げて寂しそうな顔をして、自分の首にかかるネックレスを手で触れて見せた。
(やっぱりロイではないないのかな…。でも、どうしてそんなに寂しそうな顔をしているの…?)
知らない人のはずなのに、初対面だと言った自分の言葉に胸がズキリと痛んだ。
疑問を解決しきれないまま、もう一つの疑問を問う。
「そのネックレスは、どうしてわたしの母から?」
「僕が君を探しに行くと言ったら、これをと渡されたんだ。このネックレスに願うと願い事が一つだけ叶うらしい。半信半疑だったけれど、本当だったみたいだ。おかげで君のもとに来られたよ」
「……願い事が叶う?」
そんなことは一度も聞いたことがなかった。
レシアーノにとっては首から下げているネックレスは魔力を抑えるための道具だ。
信じられないとレシアーノは小首を傾げる。
「レシアーノのもとに行きたいと願ったら、この部屋に辿り着いて君に会えたんだよ!」
ウィルロイドは瞳をきらきらと輝かせて嬉しそうにした。
「レシアーノは僕の婚約者だから、君のことはこれから『レシィ』と呼ばせてもらうね」
手を伸ばせば触れられる距離まで歩いて来たウィルロイドが、レシアーノに手を差し出した。
この一言でレシアーノは、ウィルロイドがロイではないと判断した。
(そうよね…、やっぱりロイじゃない………)
ロイはレシアーノを『レシィ』とは呼ばない。
そう呼ぶのは数人の親しかった女の子達だけだ。
ウィルロイドはきっと思いつきで、レシアーノをそう呼ぼうと決めたのだろう。
「レシィ、もうお家に帰ろう?ご家族も心配しているよ。ここは君の友人の家なの?家出までして他の男がいる家に匿ってもらってるなんて、そんなに僕との結婚が嫌だった…?」
いつの間にか輝きが消えた瞳が寂しそうに揺れていた。
つい差し出された手をレシアーノが取ってしまいそうになった時、見守っていた王子達から声がかかる。
「ウィルロイドと言ったか?レシアーノの婚約者だかなんだか知らないけれど、レシアーノを帰す気はないよ。レシアーノはこの国で私と一緒に生きるんだ。さっさと出ていけ」
今にもウィルロイドに殴りかかりそうなリブラミアに、一番近くにいたギルミックが間に立つ。
「俺はギルミックといいます。レシアーノさんを匿っていたというのは正しいですが、それには複雑な事情があります。一言で説明するのは難しいのですが、まず初めにウィルロイドさんはここが何処だかお分かりですか?」
これまでの状況からウィルロイドには説明が必要だと判断したギルミックは、会話に加わり淡々と話す。
そんなギルミックの冷静な態度に、ウィルロイドはレシアーノに差し出していた手を下げて質問に答えた。
「パルム国のどこかの貴族の家ですよね?」
「ここはフィリモ国の王宮です」
「フィリモ国!?…あ、あの精霊の…国の…?」
目を丸く見開いたウィルロイドが三人の王子を一人ずつまじまじと見る。
「それでは皆様は……」
「精霊です」
「!?……そ、そうですか…。でも、どうしてレシアーノがフィリモ国なんかに……」
「それが誰も分からない状態なんです。そのこともあってこの王宮でレシアーノさんを匿っています。ご存知かもしれませんが、フィリモ国は危険な魔物が発生する危険地帯に囲まれた国です。迷い込んだといえど客人は守るべき対象ですので、今はレシアーノさんにはここに居てもらっています。…少しはご理解いただけましたか?」
ギルミックの静かな視線に、ウィルロイドはもう一度部屋中を見回して動揺した顔のまま小さく頷く。
その様子をずっと鋭い視線が睨みつけていた。
「兄上………、気持ちはわかる。…だが、王子としてその態度は良くない……」
リブラミアの視線にファーゼスがやんわりと止めに入る。
「………っ…」
『王子として』その言葉にリブラミアはぴくりと反応して、ウィルロイドに向けていた鋭い視線を逸らした。
ただ、リブラミアは相手に王子の顔をする様子はなく、ウィルロイドを歓迎する気はないようだ。
二人の空気を感じ取って気まずい表情をしたレシアーノはふとギルミックの視線が自分に向いていることに気付く。
「ギルミック様、何か気になることでもありましたか?」
「一つレシアーノさんに確認してもいいですか」
「はい、なんでしょうか」
「レシアーノさんがこのフィリモ国に来る直前に、何か願ったことはないですか?」
「直前に……?」
「ウィルロイドさんはそちらのネックレスに願い事をしたらこの国に来られたみたいですし、レシアーノさんも何か願い事をしたからこの国に迷い込んだのではないかと思ったのですが」
「この国に来る前に願ったことは…」
ギルミックから視線を外し記憶を辿ると、一つ願っていたことを思い出す。
そして、いつの間にか全員の視線が集まる中、レシアーノは緊張しながら口を開く。
「…美味しいものが食べたいと、そう思いました。あの時は、とてもお腹が空いていたんです」
本当はもっと別のことをレシアーノは考えていた。
だけど、この場では言えない。
だから代わりに、願ってはいないけれど嘘ではないことを口にした。
「ふっ……貴方らしいな」
機嫌が悪かったリブラミアの表情が和らぎ、笑みを溢す。
「………確かに、……美味いものならあるなっ…」
「もっとこの国にしかないものかと思いましたけど、そんなことでしたかっ…」
ファーゼスもギルミックも笑いを堪えている。
「え!?そんなことに一回だけしか叶わない願い事を使ったのっ…?それなら僕がいつでも叶えてあげられるのに…」
ウィルロイドだけが複雑そうな顔をした。
誤魔化したことに気づいていない四人の様子に、レシアーノはほっと胸を撫で下ろす。
笑い者にはなってしまったが、それでも場が和んだのであればいいかと静かに見守る。
「…………そろそろ…寝ないとな」
そんな中、すっかり暗くなった外を窓から見たファーゼスがぼそりと呟く。
「そうでしたね。色々なことがあって時間を忘れていました。ウィルロイドさんもこの国の来客扱いになるかと思いますので、急ぎ部屋を用意させますね」
『色々なこと』と含みのある言葉から珍しく疲れが見えたギルミックが、部屋から出て従者を呼びに行く。
「レシアーノ、貴方は私と一緒に寝ようね」
「!?………兄上、なにを言って…」
「駄目だよ!レシィは僕の婚約者だ!寝るなら僕と一緒だ」
「レシアーノを馴れ馴れしく呼ぶのが気に入らないですね。それに『婚約者』と言うのも控えていただけますか?」
「兄上っ…!だから、その態度は………」
「なら、ファーゼスお前は急に現れた男をレシアーノの婚約者だと認めるのか…?」
「それは…………………」
リブラミアの一言によって、穏やかだった部屋の空気が一変してバチバチと火花が散り始めた。
揉め合う男三人の間で、レシアーノがおどおどと見守る。
その頭の片隅には一つの可能性が浮かんでいた。
このフィリモ国に迷い込む直前にレシアーノが願った事。
本当の願い事は『ロイに会いたい』だった。
(ロイはこの国のどこかにいるの……?)
レシアーノはこの国に来てからまだ王宮周辺にしか足を運んでいない。
もしかしたらロイもこの国に迷い込んで、どこかでひっそりと暮らしているのかもしれない。
そんな小さな、だけど大きな可能性が浮かんでいた。
真っ暗な夜にぽつんと浮かぶ少し寂しげな欠けた光が、静かに部屋を照らす夜。
部屋中に響き渡る男達の声は、まだまだ続きそうだ。




