33 婚約者
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「…………………兄上たち……どうした…?」
遅れて部屋に現れた長身青髪の男が、二人の王子に問いかけた。
「えっと…、衝撃的なことが起こりまして…」
「…………………………は?」
問いかけた者からの返答はなく、代わりにレシアーノから恐る恐るといった様子で返答が返ってくる。
数秒経っても状況が理解出来なかったファーゼスは、眉間に皺を寄せた。
現在この部屋にいるのは、レシアーノと三人の王子達だ。
ガラルクが部屋に来たことを知らないファーゼスは、兄二人が妙な空気を漂わせている理由が分からなかった。
ファーゼスの予想では、リブラミアはレシアーノにくっついてソファーに座っていて、ギルミックはそこらで寝ていると思っていた。
しかし実際は、レシアーノは一人でベッドに座り、兄二人はソファーで隣り合わせで座っている。
そして、リブラミアの顔が青白く、ギルミックも涼しい顔ながら心ここに在らずといった様子だ。
「ガラルク様がこちらにいらっしゃって……」
ベッドから降りてソファーまで歩くレシアーノに、扉の前にいたファーゼスもソファーへと向かう。
「…そうか……………」
レシアーノが口にした人物でなんとなくの状況を察したファーゼスは、途中までの話で静かに頷く。
それから兄達の向かい側のソファーに座ったファーゼスは、リブラミアの洋服が若干乱れていることに気がついた。
きっとリブラミアがガラルクに襲われかけて抵抗したのだろうと、想像に難くない。
「リブラミア様、ギルミック様、……紅茶でも飲まれますか?」
「ああ…いただこうかな」
「俺も飲みたいです。甘いのがいいです」
おずおずと話しかけるレシアーノに、やっと二人の王子は口を開いた。
それに安堵した表情のレシアーノが、入り口に待機している従者へと声をかけにいく。
「あの噂は本当だったのですね」
そんな中、ギルミックが横に座る兄に言った。
青白い顔をしたリブラミアがふぅ〜…と息を吐き、話しかけてきた弟をちらりと見る。
「さっきは助かった」
リブラミアは一言だけ弟に礼を言うと、疲れた表情でどかっとソファーに座り直した。
「俺は大したことしてないですよ。それより、ファーゼスも気をつけてくださいね」
「?……………ああ、わかった…」
兄からの忠告に何となく意味を理解して頷いたファーゼスだったが、二人の疲れ切った様子から聞かずにはいられなくなり改めて尋ねる。
「なにが……あったんだ…?」
ファーゼスは慎重に問いかけ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ギルミックは横に座る兄と視線を合わた後、淡々と話し始めた。
「リブラミア兄様が、ガラルク宰相の部屋に連れていかれそうになりました。なんでも、兄様の体が気になるとか言ってました…」
「…………………体が…気になる…?」
「意味までは正確には分かりませんが、兄様の体つきが好みだったのでしょうか…」
「……そう…か……」
頭が切れるギルミックですら理解できなかった言葉だ。
当然ファーゼスにその意味が分かるはずもなく、疑問だけが残る。
「リブラミア兄様が連れて行かれるのを二人で阻止したら、今度はこの部屋で兄様の服をガラルク宰相が脱がそうとしてきました」
「………………」
「この部屋にはレシアーノさんもいましたし、なによりガラルク宰相のギラついた目が怖かったので、二人で追い出しました」
「…………………………」
「以上です」
「…………………………………そうか」
ファーゼスが話を聞き終えた率直な感想としては『聞かなければよかった』だった。
男に体を見られても何とも思わないファーゼスだが、身近な男にギラついた目で脱がされるのは想像したくない。
「…………気をつける」
やっぱり聞いてよかったかもしれないと思った。
ガラルク宰相には気をつけようとファーゼスは心に留め、ギルミックに返事をした。
王子三人の異様な空気の中、華やかな声が聞こえてくる。
「入り口の騎士様と話が弾んでしまって、戻るのが遅くなりましたっ…」
レシアーノと紅茶を乗せたワゴンを押す従者が部屋の中へと入ってきた。
従者が手際良くテーブルに紅茶を置く中、レシアーノは空いていたファーゼスの隣に腰掛けた。
「お話の邪魔をしてしまいましたか…?」
王子達の異様な空気を感じ取ったレシアーノが、全員の顔色を窺いながら聞く。
「大丈夫ですよ。もう話し終わりましたから」
さっそく紅茶に角砂糖を入れているギルミックが答えた。
「レシアーノ、紅茶の用意ありがとう。いただくよ」
「…………………俺にもか?」
続いてリブラミアとファーゼスも口を開く。
「もちろんです!ファーゼス様もゆっくりして下さい」
「ああ………、そうさせてもらう…」
無愛想に返事をしたファーゼスが、口角を少し上げて嬉しそうな顔をレシアーノに見せた。
やっといつもの空気へと戻りつつあるこの部屋に、レシアーノの気も緩んでいく。
「兄上…角砂糖入れすぎだ……」
「まだ三粒しか入れてませんよ」
「三粒もだろ………」
「甘いものは疲れも取れますよ。ファーゼスも、リブラミア兄様もどうですか?」
「私は要らないよ」
「俺もいらん………」
「そうですか。レシアーノさんはいかがですか?」
「一粒でしたら、いただきたいです」
そう言いながらレシアーノがティーカップをギルミックの前に置くと、スプーンで掬われた角砂糖が紅茶にちゃぷっと一粒落ちていく。
「レシアーノさんは甘いもの好きでしたよね」
角砂糖を入れ終えてレシアーノにティーカップを差し出したギルミックと、視線が交わった。
その視線が不思議なくらいに熱く感じる。
いや、気のせいかとレシアーノは自分を落ち着かせた。
「はい、好きです!」
「俺とスイーツ食べに行きましょうよ」
「はい、わかりました!」
「はっ…!?レシアーノ駄目だよ!それは私と行こう?」
「…………俺も行く」
唐突なギルミックからの魅力的なお誘いに元気良く返事をすると、すかさず王子二人が話に割り込んできた。
「兄様もファーゼスも甘いものに興味ないですよね」
「私はレシアーノに興味がある」
「………………危ないからな」
「二人とも、それは甘いものに関係ありませんよ」
王子三人が甘いものについて争っている。
揉めているはずの王子三人が、レシアーノにはなんだか微笑ましく思えてしまった。
「ふふっ……わたしは皆様と一緒に食べてみたいです」
だから、つい三人に向けて笑顔を向けていた。
「貴方がそういうのなら私は構わないよっ…!」
「……俺も、お前となら行きたい」
「それでは四人でいきましょうか。レシアーノさんにお願いされてしまいましたから、仕方ないですね」
顔を赤らめた王子三人が次々と話し出す。
そんな王子様に向けてレシアーノはもう一度ふわりと笑いかけた。
心を射抜かれた王子達が黙り込む中、部屋の端に突如カッと眩しい光が現れる。
「レシアーノ気をつけて!」
一番最初に部屋の異変に気がついたリブラミアが叫ぶ。
そして、横にいたファーゼスがレシアーノと光の間に立ち塞がり、ギルミックは警戒体勢を取った。
直視出来ないほどの眩しい光が徐々に弱まり、光の中から人影が浮かび上がる。
「あれは精霊ですか?いや……」
怪しい人影を前に、ギルミックが冷静に観察をして結果を導き出した。
「魔力を感じませんので、人間かもしれません」
その言葉と同時に光が消えて、一人の男性が姿を表した。
黒髪短髪の赤い瞳をした貴族の様な男性が立っていた。
男性はぐるっと部屋を見渡して、視界にレシアーノの存在を見つけ出す。
途端にぱっと表情が柔らかくなりこちらに向かってくる。
首元にはレシアーノが母から貰ったネックレスによく似たものを付けている。
そして、遠くからは見えなかったが、肌が見える両手には大きな傷跡が残っていた。
「貴方は誰ですか?」
リブラミアが男を睨みつけて問う。
その男はレシアーノの数メートル前で足を止めて、王子達に綺麗な所作で頭を下げて挨拶をした。
「申し遅れました。僕はレシアーノの婚約者のウィルロイドと申します。どうぞお見知り置きを」
王子達に挨拶を済ませたウィルロイドは、レシアーノを見てふわりと笑う。
「レシアーノ、君にずっと会いたかった」
そう言って、心から嬉しそうな表情をした。
レシアーノも挨拶を返すべき場面だが、本人は驚き過ぎて固まっていた。
(どうしてわたしがレシアーノとわかったの…!?)
レシアーノは婚約者に一度も会ったことがない。
それは婚約者側も同じはずだ。
なのに、彼の態度は明らかにレシアーノのことを知っている様子だし、初対面とは思えない好意まで感じられる。
どうして……?
レシアーノは彼を見た瞬間に引っかかるもの感じていた。
ウィルロイドと名乗った男性の優しそうな雰囲気が、どことなくあの人に似ていたからだ。
五年も前の記憶だから曖昧な部分もあるけれど。
黒髪短髪、赤い瞳、傷だらけの体、優しい雰囲気。
もしかして貴方は……ーーーーーー 『ロイ』なの?




