26 優しい手
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「第一王子様っ…!?どうしてこちらに……?」
「そなたは余を知っておるのか?ここは余の部屋だが、居ては不満か?」
「…………………………………」
「聞いておるか?」
「……………えっ!?」
(ここは第一王子様の部屋なのっ……!?)
いつの間にそんな場所でわたしは寝ていたの!?
昨日は自室で一人で寝たはずよね……?
昨日の夜の記憶を瞬時に呼び起こしても、第一王子に会った記憶も、ましてや部屋にまで行った記憶も一切残ってはいなかった。
それなのに、視界には知らない部屋が映り、知らないベッドの上に座っている。
記憶よりも確かな事実に、背中に嫌な汗が一筋伝う。
「警戒せずとも何もせんぞ。そなたは昨夜、通路で倒れておった。部屋を知らぬゆえ、余の部屋へ運んだまでだ」
第一王子はそっとベッドに近寄り腰掛け、頬に手を伸ばしてきた。
「跡が残らぬよう涙を拭っていたのだが、少々目が赤くなってしまったな。……何かあったのだろう?もう暫くここで、休んでおればいい」
頬に触れた骨ばった長い手が、目にかかった髪の毛を優しく掬い取り、遮るものが無くなった瞳を覗き込まれる。
深い紫色の瞳が接近して胸がドクッと大きく跳ねた。
その瞳はすぐに遠ざかり、頭を撫でられる感覚が襲った。
視線を上に上げると、目を細めた第一王子と視線が合わさり、起こしていた上半身をそっと寝かしつけられた。
頭が枕に沈み込んだ後、また頭に手が添えられた。
子供を寝かしつけるような手つきで、ゆっくりと頭を撫でられる。
数秒前までは恐怖に怯えていた相手に、なぜだか安心してしまう自分がいた。
(第一王子様って、見かけによらず優しい…?)
魔王だ魔王だと勝手に怯えていたことが申し訳なく感じるくらいに、優しく気遣われていた。
何があったと問い詰められることもなく、静かに見守ってくれている。
「第一王子様……、あなたは………」
眠る前に貴方の名前が知りたいのに、瞼がどんどん重くなり口が動かなくなっていく。
優しく、ゆっくりと頭を撫でられる感触が心地良く、閉じかけていた目は完全に閉じてしまった。
「余が何だ……?」
「…………な、………………………さ、い」
『名前を教えてください』とそう言いたいのに、もう口が動かせないくらい意識がぼんやりとしていた。
「謝っているのか?気にするな、安心して寝るがいい」
瞼が閉じられて暗くなった世界に、低く威厳のある声だけが聞こえくる。
思うように動かない口から発することの出来ない訂正を『謝ったわけではない』と心の中で言い返して、夢の中へと意識を手放していく。
(あなたの名前を知りたかったな……)
聞けなかった名前は目が覚めたら聞けるだろうか。
そんなことを夢の中へと続く意識の中で考えていた。
『ーーーーノ、……君を見守っているよ。ーーーーーーーーーいるよ、……と………とね』
意識が途切れる直前に、遠くから誰かの声がした。
けれどもその声はよく聞き取れなくて、現実か夢かの判断もつかなかった。
***
『ーーーちゃん!起きて!』
微睡の中からまた声がする。
瞼が重くて開けられない。
まだ夢の中にいるのだろうか……?
『レシィちゃん!!!起きてーー!!』
ロランドール様の声がする。
なんだろう、声がやけに近くから聞こえて、肩が揺すられている感覚もする。
……………………………。
(ゆ、夢ではない……?)
やっと意識が覚醒し、掛け布団がガバッと音を立てるくらいに勢いよく起き上がった。
急速な目覚めにまた視界がくらっと歪む。
(あれ、いまさっきもこんなことが……?)
重い瞼を開けた視界の先には自分の部屋が広がっていた。
左から右に首を動かして部屋中を確認しても、やはり自分の部屋だった。
「レシィちゃん、おはよう〜。そんなにキョロキョロしてどうしたのー?」
ひょこっと視界に映り込んだロランドールは、目をぱちくりと瞬いていた。
目の前にいる彼は本物なのかと不安になり、ロランドールの頬へと両手を伸ばす。
白いその肌は滑らかで温かい感触がした。
そこでやっとこれは夢ではなく現実なのだと実感する。
だとしたら、さっきのはやはり夢なのだろうか…?
思えば疑問点はいくつもあった。
夜に第一王子と会った記憶もない。
部屋に行った記憶もない。
通路に倒れていたと聞いていたが、扉の前には騎士が護衛をしているはずなのに、どうやって抜け出したのか。
考えれば考えるほどに疑問が増えていく。
あれは一体……、何だったのだろう………?
「レ、レシィちゃん…?ボクの頬がどうかした?」
ロランドールの声ではっとして、現実に意識が戻る。
手に伝わる感触から、無意識に人の頬を撫で回していたことに気が付き慌てて手を離す。
「ご、ごごごめんなさいっ!」
「えー?レシィちゃんに触られるなら全然いいから謝らないで!それより何か上の空だよー?寝起きだから?」
綺麗な顔がぬっと間近に接近してきて、驚きにごくっと唾を飲み込む。
変なところに入った唾に顔を歪めると、ロランドールは人の顔を見てケラケラと笑い出した。
「ふふふっ…、驚きすぎだよ〜!!あー、面白い!」
「朝から揶揄わないで下さいよっ…!」
「ごめんごめんって!あんまり可愛い反応するからさ〜!ふふっ……」
「もうっ…、ロランドール様はっ…!」
「ま〜ま〜、怒らないで!そうそう、レシィちゃん。今日はね、図書館に弟達がいるから会いに行かないー?」
「弟、たち…?」
「ボクの可愛い弟達さ、第六王子と第七王子だよ〜」
そういえば王宮に来てから一カ月も経っているのに、第六王子と第七王子については話すら聞いたことがなかったなと今更ながらに思う。
ロランドールのキラキラした瞳と弾む声から、心から弟達が好きなことが伝わってくる。
その姿から、きっと第六王子も第七王子も素敵な王子様たちなのだろうと期待が膨らんだ。
「ぜひ会いに行きたいです!」
「決まりだね〜!それじゃ、朝の支度が終わった頃にまた呼びに来るね〜」
元気に頷くと、ロランドールのニコニコとした満面の笑みが部屋に咲き、軽やかなステップをして部屋から出ていく綺麗な後ろ姿を見送った。
未だ記憶に残る頭を撫でられた優しい手の感触は、きっと、きっと、優しい夢だったのだろうと、蓋をした。




