第十九話
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「リブラミア様っ!?……起きて下さい!リブラミア様!!……起きてっ…、お願い…っ………死なないで!」
必死に叫び体を揺すっても彼は起きない。
肩が僅かに動き、小さな吐息が聞こえる。
彼はまだ生きている。
その事実に、ぽたりと透明な一雫が床に落ちる。
心から溢れ落ちた想いだった。
(お母さん…、大切な人を助ける為なら、この力を使ってもいいよね…?)
生まれて直ぐに母から贈られたネックレスを、震えた掌で握り込み母に問いかける。
返事が返ってくることはない、それでも覚悟を決める為には必要だった。
わたしには魔力がある。
それは人間にとっては珍しいことだった。
生まれて直ぐにその魔力を隠す為に、母はわたしにこのネックレスを贈った。
レシアーノの身に宿る力は、人間の国では悪用され、使われ方によっては命を落とす。その事を母は知っていて、死ぬまで隠し通すように言われていた。
わたしには二つの力がある。
その一方は代償として己の体力を削る力。そして、もう一方は代償として己の命を削る力。
その力が宿る理由、即ちレシアーノが人間の国で隠していたことは『魔族に捧げられた生贄の末裔』であることだった。
一つ目の力、代償として己の体力を削る力には、生命を癒す力がある。精霊の国では白魔法と呼ばれる魔法だ。
幸い、この力であれば、魔力が当たり前に存在する精霊の国では珍しくはないだろう。
秘密を明かしてしまえば、もう王子たちと一緒に居ることは出来ないけれど、白魔法を使うこと自体は大事になることはないだろう。
この魔法は人間の国で、一度だけ使用したことがある。
その時は体が急に重くなり、一日寝込んだ。
今回もそうなるかもしれない。
それでも、彼の命が救われるのなら、悩む必要などなかった。
震える掌で握り込んでいたネックレスに願いを込める。
魔法を唱えようと目を瞑った時、優しい声がした。
「レシアーノ…?泣いているの?」
今、一番聞きたかった声が耳に届いた気がして、そっと目を開く。そこには、優しく微笑む王子様がいた。
「レシアーノ、もしかして私のために泣いてくれたの?」
そう言って、頬に綺麗な彼の指が優しく添えられた。
「リブラミア様っ…?」
「ああ、疲れて寝てしまってたみたいで、出迎えてくれたのにごめんね」
「その、血は…?動いて、大丈夫なのですかっ?」
「これは魔物の返り血を浴びてしまってね。今日はいつもより多くて疲れたよ」
「……………………………………………った…」
「レシアーノ?」
「よかった……!心配っ、…したんですから!」
リブラミアに抱きつき、必死に言葉を吐き出した。
抱きつかれたリブラミアはオロオロと狼狽え、抱きしめ返そうか迷っていた。
「レシアーノ、貴方から抱き締められるなんて嬉しいけど……。私の服、汚れているからっ……。また、後で抱きしめて?ね?」
そこまで言われてはっとして両手を離す。ところが、既に遅くレシアーノの服も赤黒く染まっていた。
「どうしましょうっ…。お借りしているお洋服を汚してしまいました!」
「大丈夫だよ、私の所為だし気にしないで。それより、いつまでも馬車の中にいる訳にはいかないから、降りようか」
そう言ってリブラミアは先に降りて、手を差し出してくれる。
血まみれの王子様にエスコートをされて不思議な気分だ。
その後二人は王宮に戻り、それぞれ湯浴みをして汚れていた服を着替えた。
就寝前に一度リブラミアが部屋にやって来た。
数分間、レシアーノを抱きしめて口付けをすると、直ぐに部屋に戻って行ってしまった。
今日は相当疲れている様子で、言葉数も少なかった。
レシアーノはベッドに寝転び瞼を閉じると、瞼の裏にこびり付いて消えない思い出が蘇る。
気持ち悪さに吐き気を感じて、飛び起きる。
部屋には誰もいない、この時間に誰かの部屋に行くことも出来ない。
独りぼっちの部屋で、矛先のない恐怖や焦燥感を頭から打ち消すように、掛け布団を頭から勢い良く被り眠りについた。
***
夢を見た。
寝る前の気分が最悪だったからだろうか、それとも赤黒い血を見たからだろうか。
思い出したくないあの日の夢を、記憶から消していたあの日を夢で見た。
ロイと心が通じ合った次の日、いつもの公園に行くと、そこには人一人分の血溜まりがあった。
公園一帯の緑を、赤黒い液体が染め上げていた。
その光景にゾッ…とした。
公園のどこにも死体はなく、後から捜査が行われてからも、被害者も犯人も見つかることはなく打ち切りの事件となっていた。
あの事件の日を境に、ロイはわたしの前から姿を消した。
あの事件とロイが姿を消した事は関係があるとは限らない。
それでも、あの血はロイの血だったのではないかと思ってしまった。なぜなら、あの血溜まりの中に、一つの指輪が落ちていたからだった。
あの公園はロイとレシアーノ以外にも、利用する人はいる。他の人の落とし物かもしれないとも思った、思いたかった。だけど、その指輪に埋め込まれていた宝石の色が、
黒色とオレンジ色の二種類だったから。
まるでその色は、ロイの真っ黒な髪の色と、レシアーノのオレンジの髪の色に見えてしまったから。
あの日、何があったのかは誰も知らない。
それでもロイは、本当はあの日も公園に、レシアーノに会いに来てくれていたのではないかと。その指輪を渡そうと思ってくれていたのではないかと、そう思い至った。
あの日、もう少し早く会いに行けたのならロイにもう一度会えていたのだろうか。ロイを救ってあげられたのだろうかと、何回も何回も悔やんだ。
けれども現実は残酷で、過去に戻ることなんて出来やしない。
本当はもう気付いている。
だけど、気付きたくなくて記憶から消し去っていた。
ロイ…貴方はきっと、もうこの世界にーー
直接受け取ることの出来なかったあの指輪は持ち帰り、母から貰ったネックレスのチェーンに通して肌身離さず身につけている。
その指輪はロイに愛された唯一の証だったから。
***
目覚めると、枕が湿っていた。
頬を手で触れると、予想通りに水分が指に付いた。
寝ながら泣いていたみたいだ。
気分が悪いまま眠り、悲しい気持ちで目が覚めるなんて、酷い夜だ。
外はまだ暗く、月の明かりが静かに照らす深夜だった。
無性に喉が渇き、ベッドから降りて部屋の扉を開ける。
扉の前に護衛の姿は無く、見慣れた通路の先に人影が見えた。
ファーゼスと同じくらい背が高く、真っ黒な髪を腰まで伸ばしている男性が、ゆらゆらと歩いて行くのが見えた。
遠くからでも只者ならぬ気配を感じるその人は、
まるで……。
恐ろしくなって、部屋の扉を音を立てないように閉めた。
そろり、そろりと足音を立てずにベッドまで戻り、そこでやっと息を吐く。
そんな筈は無いと思いたい。
だけど、あの通路を歩いていた人の見た目が、余りにも絵本で見たことがある人物に似ていて、怖くなった。
そう、それは『魔王』の姿にそっくりだったのだ。
(王宮内に魔王がいた……!?)
レシアーノはこの後、眠れない夜を過ごしたのだった。




