第十八話
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昼食を終えた三人は、庭園にやって来ていた。
昨日も訪れたその場所は、美しい花々が咲き誇っていた。
「いつ来ても、ここは綺麗ですね」
「でしょ〜?ボクのお気に入りの場所なんだぁ」
「ロランドール様は薔薇が一番お好きなのですか?」
「うん?別にそういう訳ではないよー?」
「そうでしたか」
「どうして?」
「昨日、ロランドール様が薔薇に囲まれている姿が、綺麗でお似合いでしたので…」
「ふふっ、それは嬉しいなぁ、ありがとうレシィちゃん」
「……そう言えば、ファーゼス様はどのお花が好きなのですか?」
「…………俺か?」
「はい!すごく優しい目で花を愛でてましたから…、お気に入りの花でも咲いていたのかと」
「え!?……うそ、ゼス兄が花を愛でていた!?レシィちゃん、それは見間違いじゃない!?」
「そんなことは、ないと思いますけど………」
「あれは………、いや、何でもない…」
ファーゼスは何かを言いかけて言葉を濁して黙り込む。
今日も庭園には優しい風がそよそよと流れていた。
珍しく静かになったロランドールを盗み見ると、哀しそうな、それでいて優しい表情をして庭園の先を眺めていた。
その姿は美しくて、幻想的で、綺麗すぎて怖くなった。
何かを呼びかけたくなる衝動に駆られ、それなのに何一つ掛けるべき言葉が見つからなかった。
無意識に握り込んでいた手に、爪が食い込む。
そよそよと風が流れても、彼の心を癒すことはない。
それはきっとわたしが何を言葉にしても同じだろう。
それぞれが何かを想い庭園を眺める中、ファーゼスがぴくりと反応し、険しい表情に変わる。
「ロランドール、下がれっ!!」
珍しく声を張り上げたファーゼスは前方を睨みつけていた。その一言だけで何かを察したのか、ロランドールも真剣な表情へと変わる。
そして、瞬き一つの間にロランドールに後ろから抱き込まれていた。
「レシィちゃん、ちょっとじっとしててね」
いつになく静かな声色でそう言われたのと同時に、足が地面から離れ、ふわりと体が宙に浮いた。
浮遊感に驚き咄嗟に目を瞑ると、風を切る音が聞こえ、体が後ろに引かれる感覚がした。
かと思えば、再び足に地面の感触が戻る。
ガルルルルッ…!!
聞いたことのない動物の呻き声が前方から聞こえ、閉じていた目を開く。
浮遊感がする前までは手を伸ばせ届く距離に居たファーゼスが、今は数メートル先に居た。
ファーゼスが立つ位置は変わらず、我々が後方に下がっていた。
目を瞑る前には居なかったはずの黒い生き物が、ファーゼスに牙を向けていた。
その見たことの無い生き物は、例えるのならば熊に似ていた。しかし、レシアーノが見てきた動物と明らかに異なるのは、赤黒い瞳と体に黒い靄を纏っていることだった。
(あれは……、魔物!?)
魔物に遭遇したことがないレシアーノでも、そう想像するのは難くなかった。
レシアーノを後ろから抱き込んでいる手にも力が込められ、緊張感が伝わってくる。
やや離れた位置にいるファーゼスは、戦闘体勢を取り、護身用の短剣を片手に握っていた。
短剣を持っていない方の手を口元に添えると、ファーゼスから光の矢のようなものが飛び出し、魔物に命中した。恐らく攻撃魔法を唱えたのだろう。
光の矢が命中した魔物は、ドバッと赤黒い血を周囲に飛び散らせて、その場に崩れて動かなくなった。
ファーゼスはそれにゆっくりと近づき、血まみれの魔物を顔から足先まで見ると、短剣を腰に戻した。
それが合図となって、レシアーノを抱き込んでいた腕が解かれる。
「レシィちゃん大丈夫ー?ごめんね、いきなり飛んだりして」
いつもの声色のロランドールが、後ろから声をかけてきた。条件反射で後ろを振り返ると、そこには真っ白な羽が生えたロランドールがいた。
幻が見えているのかと、ぱちぱちと瞬きを数回繰り返すも、羽は消えない。
「レシィちゃん?どうしたの〜?」
「ロ、ロランドール様に、は、羽が!?」
「んー?これのこと〜?精霊は大体みんな羽があって飛べるよ?体力使うから、普段は隠してるけどねぇ」
何食わぬ顔でそう言うと、ロランドールの背に生えていた羽が姿を消した。
唖然としてその光景を見ていると、後ろから声がかかる。
「お前ら……、無事か…?」
「ゼス兄おかえり〜、こっちは大丈夫だよー!レシィちゃんを、ちょっと抱きしめちゃったけど〜」
「………………………」
「ねぇ、静かに睨まないでよー」
「…………………。今日は、もう戻るぞ」
「はーい。……レシィちゃん、王宮に戻るよ〜」
「わ、わかりました!」
初めて遭遇した魔物に戸惑いながらも、普段と変わらない兄弟に囲まれ、自然と緊張感が解かれていった。
レシアーノの部屋へと戻る間も、二人は歩きながら話を続けていた。
「にしてもさ〜、あんな小物の魔物がどうやって結界を越えて来たんだろうねー?」
「…………そうだな」
「やっぱりゼス兄も違和感に気づいてるよねー。嫌だなぁ、何も起こらないと、いいけど」
「お前も……、警戒しとけよ…」
「わかってるよ〜。結界が緩んでるだけだったら、今日ミア兄が巡回警備で張り直してくるだろうけどねー」
「…………それだけだと、いいがな」
「あ………と、レシィちゃんも気をつけてね!暫くは王宮の建物内にいた方がいいから、庭園に出るのは禁止ねー。ボクとの逢瀬は、ボクの部屋にしよう!」
「えっ…!?」
「ロランドールお前っ…!」
「うそうそ!うそですってば〜!図書館で三人で集まろ、兄さん」
「…………それなら、構わないが」
「はい!わたしも賛成です!」
歩き慣れた通路を抜けると、レシアーノの部屋の扉まで戻って来ていた。
入り口には普段はいない二人の騎士が立っていた。
「レシィちゃん、着いたよ」
「部屋まで送ってくださり、ありがとうございます」
「……………気にするな」
「ゼス兄はまだレシィちゃんと一緒に居たいって顔してるけど、ボクたちはこれから王宮周辺を見回るからまた明日ね〜!」
「おいっ!………慌ただしくて悪いな。…また、明日来る」
「はい、お待ちしてますね!」
「騎士さんたち、レシィちゃんをよろしくね〜。兄さんたちが怒ると面倒だから、手は出さないでねー」
「も、勿論でございます!!我らにお任せ下さい!」
無言で後ろを向き歩き出すファーゼスと、ひらひらと手を振ってからファーゼスを追いかけるロランドール。二人を見送り、後ろ姿が見えなくなった後に、騎士に声をかけた。
「騎士様、本日はよろしくお願いします!きっと魔物が出たから、わたしの護衛をして下さっているんですよね?仕事を増やしてしまって、ごめんなさい…」
「いえ!いいえ!我々の仕事には変わりないですし、お気になさらないで下さい!」
「そうですよ!どうせ王宮内のどこかで警備するんですから一緒です!それに…、こんな可愛らしい女性の護衛なんて、王宮では無い仕事ですから嬉しいですよ!」
「おいっ!本心を言うな!…俺もだけどさ!」
「と、取り敢えず、お嬢様は部屋でゆっくりとお過ごし下さい!」
「わかりました!それではお言葉に甘えて…。あ、そうでした、一つお願いをしてもいいですか?」
「はい!何なりと!」
「リブラミア様が戻られたら、声をかけてほしいのですが…。出迎える約束をしてまして」
「かしこまりました!お任せ下さい!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
レシアーノがにこっと優しく微笑むと、二人の騎士は頬を赤く染めた。
部屋に戻りソファーに腰掛けていると、使用人が紅茶を運んできてくれた。
ティーカップに口を付け、紅茶を一口飲む。体に染み込む温かさと、鼻に抜ける甘やかな香りが心を落ち着かせた。
急遽部屋に戻ることになり、暇を持て余していた。
こうなるのであれば、図書館から本を何冊か持ち帰れば良かったと、後悔しながらソファーに寄りかかると、また眠りについていた。
***
あれから、どのくらい寝ていたかは分からない。
扉の外から聞こえた騎士の声で目が覚めた。
「お嬢様!リブラミア王子殿下が戻られました!」
その声でふわふわとしていた意識が覚醒し、ガバッと上半身を起こした。
ソファーに横たわっていた体は、節々が痛くなっていて『うっ……』と小さな声が漏れた。
そっと立ち上がり、まだ覚束ない足で部屋から出た。
「騎士様、リブラミア様はどちらに?」
「先程、門番からお姿が見えたと報告がありましたので、今頃は王宮の入り口にいらっしゃるかと思います!」
騎士から報告を受けて王宮の入り口へと向かった。
そこには二台の馬車が停まっていた。
馬車の外にいた騎士にリブラミアの居所を尋ねると、一方の馬車を案内された。
「リブラミア様、おかえりなさいまーーー」
そう言いながら馬車の扉を開けて、言葉を失った。
馬車の中の光景に、悪夢の始まりの予感がした。
鼓動が激しく脈打ち、胸がザワザワと暴れ出す。
ギシリ……ギシリ……
歯車が悲鳴を上げて狂い始めた音がする。
騎士に案内された馬車の中にリブラミアは居た。
白銀の髪には赤黒い液体が飛び散った形跡があり、服の至る所に赤黒い染みが浮かび上がり、足先までその赤黒い染みは広がっていた。
レシアーノの声に彼が反応することはなく、瞳は閉じられていた。




