第十七話
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微睡の中、ぼんやりと脳が動き出す。
変な姿勢で寝ていたのか、何だか腰が痛い気がする。
そんなことを思っていると、突然何かが被さり、体が締め上げられるような感覚に襲われ、温かいものが絡み付いてきた。
(………!?)
意識が一気に覚醒し、瞼を上げる。
そこには、息が上がり、瞳に水を滲ませて、顔面真っ青な王子様がいた。
「はぁっ…、レシアーノっ…!良かった……、ここにいてっ!……出て行ってしまったのかと、思った…!」
肩で息をしながら、涙声で呼びかけられる。
体に絡み付いた腕で、ぎゅうぎゅうと力強く抱き締められていた。
目の前のテーブルの上に本が置かれていて、自分は椅子に座っていて、真横から被さるように抱き締められていた。
ここで漸く、図書館であのまま眠ってしまったことを思い出す。
「リブラミア様がどうして此処に…?今は何時ですか!?」
「今は十一時だ。貴方の部屋に行ったら置き手紙があって、書かれていた時間を過ぎていたから探しに来たんだ!」
「十一時!?わたしそんなに寝て…」
この図書館に来た時刻は八時、使用人宛に書いた置き手紙には、十時に一度部屋に戻ると書き残していた。
それにしても、予定より一時間過ぎていただけで、目の前の王子様はこんなに取り乱して探してくれたのだろうか?
リブラミアに極力会わない為にした作戦は失敗に終わったみたいだ。
取り敢えず部屋に一度戻ろうかと席を立とうとすると、不安に揺れる瞳と目が合った。
「レシアーノ、私が悪かった……」
「えっ…?」
「王宮に来てもう何日も経つのに、ずっと部屋に閉じ込めてしまっていた…。王宮内であれば好きに出歩いていいから……、だから、お願いだから……、王宮から出て行かないでくれ!」
「えっと……?」
「そうだよミア兄〜!束縛が激しい男は嫌われるよー?」
「嫌われる!?……それは嫌だ!レシアーノっ…悪かった!これからはもう少し我慢するから、嫌いにならないでくれ!」
「そうそう、もう少し我慢した方が………って、ミア兄泣いてるの!?」
「は!……ロランドール、お前がなぜ此処にいる?邪魔だ、どっか行け」
「そんな泣き顔で睨まれても怖くないんだけどー、ミア兄を呼びに来たんだよ?今日は街の巡回警備の日でしょ?」
「……………行きたくない。私はレシアーノといたい」
駄々を捏ねるリブラミアは、嫌だ嫌だと首を横に振る。
それに合わせて、レシアーノを抱き締める腕の力がより強くなる。
ぎゅうぎゅうと締められ、正直言うとかなり痛い。
「あの、リブラミア様」
「……………嫌だ、離れないよ」
「わたし王宮で待ってますからっ……」
「………………離れたくない」
「あ〜もうミア兄!巡回警備しないと王宮にも魔物が入ってくるかもよ!?兄さんはレシィちゃんが危険な目に遭ってもいいのっ?」
「うっ…………………………」
「ほらほら、兄さんは早く行ってきて!」
「……………………わかった。……レシアーノ、帰ってきたら出迎えてくれるかい?」
「わかりました。リブラミア様、お気をつけて」
「ああ、わかった。…………………まて、ロランドール、いま『レシィちゃん』と言わなかったか?なぜお前が名前を知って…?しかも私の婚約者を馴れ馴れしく呼ぶな!」
「か、仮婚約者です!」
「え〜、呼び方くらい何でもいいじゃないか!束縛男は嫌われるよ〜?」
「ぐっ………………………。はぁ…、行ってくる……」
リブラミアは胸の痛みを抑えるように手を当てながら、図書館から出て行った。
後ろ姿を見送り、視線をテーブルに向けてふぅ…と溜め息を吐いた。
そんな様子を見られていたのか、ロランドールが眉を下げて言った。
「想像以上にミア兄の独占欲はすごいねー…、レシィちゃんも大変だね。ごめんね、変な兄弟ばかりで…」
「お前が言うか………」
遠くから声がして視線を移す。
リブラミアが出て行った図書館の扉に、長身の男性が寄り掛かっていた。
冷ややかな目でロランドールを見ている。
「あっ……ゼス兄、おはよう〜。朝の巡回は終わったの?」
「終わった……。昼食はこれからか?」
「これからだよ〜!あ、そう言えば食堂修復したらしいよー?ゼス兄もレシィちゃんも一緒に行こうよ」
「行きたいです!食堂で食べるの久々ですね」
「俺も構わない……」
ロランドールに連れられるがままに、三人で食堂へと向かった。
食堂の一角のテーブルには料理がずらりと並び、バイキング形式になっていた。
この日は騎士やら使用人やらが出入りをしていて、身分関係なく好きな席に座り、好きに食事をしていた。
心なしか厨房にいる料理人も多い気がする。
彼らは王子達と目が合えば軽く会釈をしたが、必要以上に干渉はしてこない。レシアーノを盗み見る視線は感じても、声をかけてくる者もいなかった。
今までの食堂の雰囲気とかけ離れた光景に、疑問を口にした。
「今日は食堂に人が出入りしてるんですね」
「食堂が再開するのが久しぶりだから普段よりは人が多いけど、いつも昼時はこんな感じだよ〜?」
「え!?」
「どうしてそんなに驚くの?………あ、もしかして、食堂もずっとミア兄さんに人払いされてた…?」
「はい…………」
「はぁ〜、まったくミア兄は……、ごめんねレシィちゃん……。席はどこでもいい?みんなに気を使わせたくないから、向こうの人が少ない席にしよー?」
「そう言えば、皆様も自由な席で食事されてるのですね」
「彼らも休憩時間だからね〜。休憩時間くらいは気兼ねなく過ごしてもらいたいから、お互い必要以上に干渉しないようにしてるんだ。ボクら王子も身分とか関係なく一人の利用者だよ」
「そういうことだったのですね」
ロランドールの話を聞きながら席を確保し、料理を取りに向かう。
その間も、後ろから無言でファーゼスが着いて来ていた。
見たこともない料理が並び、どれを食べようか迷っていると、ロランドールは何やら一人で厨房へと入って行ってしまった。
厨房から『いつものお願い〜」と言っている声がする。特注の料理を頼んでいるみたいだ。
ロランドールに気を取られている間に、ファーゼスは次々と料理を皿の上に盛り付けていた。
大皿には綺麗に料理が盛り付けられている。それなのに、料理は全て肉、肉、肉……と偏っていた。
「ファーゼス様は肉料理が好きなのですね」
「そうだな………」
「あちらの野菜料理とかは…?」
「……………………お前が言うなら、食べる」
レシアーノが指差した料理を、ファーゼスは少量だけ皿によそった。
ちらりとレシアーノを見て『これでいいか?』と視線だけで問いかけてきた。
「それでは少ないですがファーゼス様の大皿がもういっぱいですので、わたしと一緒に食べませんか?わたしが肉料理以外の料理を選びますから」
後先考えずに口にした言葉で、ファーゼスは動きを止めた。いや、固まった。
『ファーゼス様?』と数回呼びかけると、意識が戻り何故か薄らと赤くなった顔で、ぼそりと呟く。
「……………わかった」
それだけ言うと、端に移動し静かに待たれていた。
料理を取りに来た人を待たせないように、手短に料理を選ぶ。サラダ、パン、魚料理、それからスープをカップに注いで手に持った。
「それは俺が持つ……」
まだ熱いスープのカップを横から持ち上げられた。
ロランドールより先に二人で席に戻り座っていると、直ぐにロランドールも戻ってきた。
「ごめん、お待たせ〜」
ロランドールは二人の向かい側からテーブルにトレーを置き、椅子を引きながら声をかける。
テーブルに置かれたトレーを見ると、果物が山盛りの皿と、ガラスのグラスに入った青色のドロドロの液体が見えた。
レシアーノが問いかけるよりも先に、低い声が横から飛んだ。
「ロランドール……、その気持ち悪いのは…?」
声がした先には、青色のドロドロの液体を引き攣った顔で見ているファーゼスがいた。
「あ、これ〜?スムージーだよ?お肌に良いんだ!」
「……………飲める、のか?」
「ボクはいつも飲んでるよ〜?」
ロランドールがその液体をじゅるりと奇妙な音をさせて飲んだ。
「………………」
「………………」
向かい側の二人は無言でロランドールを見た。きっと同じことを思っている。
そんな二人を気にも留めず、ロランドールはふいにレシアーノにその液体が入ったグラスを差し出した。
「レシィちゃんも飲んでみるー?」
「な!?」
レシアーノが返答するよりも先に、ファーゼスの手がロランドールのグラスを持つ手首を掴み、押し返していた。
「「え…?」」
予想外の展開に、レシアーノとロランドールが間抜けな声を出す。
ファーゼスがはっとした顔をして、気まずそうに顔を背けた。
「…………何が入ってるかわからん物を、飲ませられるか」
そう言うと、黙々と料理を口にし始めた。
「確かにそうだよね〜、ごめんねレシィちゃん」
ロランドールもファーゼスの態度を気にしない様子で、果物をフォークで食べ始めた。
二人が食事をし始めて、つられてレシアーノも食事を始める。
スプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。丁度良い熱さになっていた。
そこでふと思い出し、スプーンでスープを掬うと、横で食事するファーゼスにスプーンごと手を差し出した。
「ファーゼス様、こちらのスープは野菜も入ってますから、一口でもいかがですか?」
肉を切り分けていたナイフを持つ手を止め、ファーゼスは視線を彷徨わせた。
ちらりとレシアーノを見て躊躇った仕草をした後、顔を赤くさせてゆっくりとスプーンに口を近づけた。
それからぱくっ…と控えめにスプーンに口を付けてスープをゴクリと飲んだ。
またちらりとレシアーノを見たファーゼスに、問いかける。
「お味はどうですか?」
「…………………………悪くはない」
二人の様子を向かい側から見ていたロランドールが目を細めて怪しい笑みをした。
「ミア兄を泣かせたり、ゼス兄を真っ赤にさせたり……レシィちゃんて大物かもね〜。ボク、気になってきちゃった」
「な…!」
「えっ?」
「な〜んてね。それよりゼス兄、ボクとレシィちゃんの間接キスは阻止してくるのに、自分はボクの目の前で間接キスを見せつけてくるなんて、兄さんも独占欲強いんだね〜」
「〜っ!……黙れ!」
「えっ…!さっきのは、そう言う意味だったのですか!?」
「…………煩いっ、聞くな!」
楽しげに笑うロランドール、真っ赤な顔で黙々と食べるファーゼス。そんな二人との食事は楽しくて、時間はあっという間に過ぎていった。




