第十六話(ファーゼス視点)
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俺はフィリモ国の第四王子だ。父は精霊と狼の獣人のハーフで、俺にも獣人の血が流れている。
見た目こそ純血の精霊と差はないが、他の王子達よりも魔力が少ない。その分、身体能力の高さや、体の丈夫さは純血の精霊よりも上回っている。
それらの事情により、幼い頃から剣を振るい鍛錬に力を入れていた。と、言うのは建前で、昔から人と話すことが大の苦手で鍛錬に逃げていたのだった。
兄たちは社交の場や人との交流もそつなくこなす中、俺だけは無愛想だの、無口だの、周囲の目は厳しかった。
(この国で俺が出来ることは何だろうか……)
十歳を迎えた頃から、そんなことをぼんやりと考える日が多くなっていた。
この国の役に立つことは、存外嫌いではない。それは、この国に住む精霊たちを好ましく思っているからだ。
だが、俺には兄たちより優れているものはない。
圧倒的魔力を持つ第一王子、絶対的守護者の第二王子、最高位の頭脳を持つ第三王子、その三王子の後に生まれたのが俺だった。
兄たちがいればこの国は安泰だろうと思う。
となれば、俺が王子としてこの国に何が出来るのだろうかと考えるのは自然なことだった。
けれども、その答えは見つからないまま時間だけが過ぎていった。
十五歳のある日、父は俺に言った。
「ファーゼス、お前は成人したら国の外を見てみるのはどうだ?」
「俺に外交をさせる気ですか………?それなら他に適任が……」
「いや、そう言う意味ではないよ。単純に、この国の外に出て世界を知ってもらいたいだけだよ。まあ、直ぐには結界の外には出られないだろうけどさ」
「父上は、国の外に出たことが……?」
「いや、俺はないんだ。だけど、俺は父が獣人だろう?幼い頃から色々話は聞いてきたんだ。それはもう楽しそうに話すもんだからさ〜、お前は種族の違いとか気にしないだろう?王子としてではなく、お前らしく生きてほしいんだよ」
「俺らしく…か……………」
「そうだ。お前は王子だけど、ファーゼスという一人の人格があるだろ?真面目なのは有難いが、これだけ王子がいるんだから、少しくらい自由に生きてもいいと思わないか?」
父は部屋の窓から雲一つない青空を見上げて、穏やかな表情で話していた。
話し終えて俺に視線を移すと、今度は父親らしい真剣な顔に変わる。ファーゼスを見る強い眼差しに、これから本題が話されるのだろうと身構えた。
「それに、お前にも獣人の血が流れてるだろ?」
「それが何だ……?」
「獣人は単純なんだよ」
「は……?」
「たった一つのことで幸せになれる。俺はお前にも幸せになってもらいたいんだ。なあファーゼス、お前にはその鍛えた武術や優しい心がある。それをいつか、大切な人を守るために使うんだぞ、王子ではなくお前として、な」
「父上、何の話をしている………?」
「お前の『番』がこのフィリモ国にいるとは限らない。だから、国の外に出て見つけてほしい。なにせ、お前が幼い頃から街中を連れ回したが、お前が惹かれた者はいなかったからなぁ」
「な!……巡回警備や何やらと、人が多い場所にやたらと連れて行かれたのは…!」
「そうさ、お前の『番』を探すためだよ」
「〜っ!……余計なことをっ……」
「なにが余計だと?息子のためを思っているんだ。お前に愛される『番』は幸せだろうよ」
「……………俺が、幸せにしてあげられるのか?」
「幸せにしてあげられるとも!まぁ、お前は不器用だけどなっ!」
はははっと冗談めかして笑われる。決して悪意のない、温かな笑顔がファーゼスに向けられていた。
(俺はこの国のために生きなくても、誰かを幸せにしてあげられるのか?『番』が見つかれば、俺の手で幸せにしてあげられるのか?)
それならば……。
「父上、……『番』は会えば、わかりますか?」
「勿論直ぐにわかるさ!近くにいるだけで焦がれる香りがする。俺もライラに出会うまでは半信半疑だったが、一目でわかったよ」
「そうか………」
「ライラは獣人ではない精霊だから、俺のことは初対面では変人だと思っただろうけどね!」
「母上に、………………何を…したのですか?」
「その場で求婚して、抱きしめて、契約の口付けをせがんださ!」
「…………………。変人というか、危ない奴だな…」
「よくもまあ結婚してくれたよな!」
「……………そうですね」
「ファーゼス!そんな冷めた目で見ないでくれ!お前だって『番』に会ったら猛アプローチをしたくなるぞ!?」
「俺…が………?」
「そうだぞ!お前も俺の血が流れてるからな!」
「……………嫌な血だな」
「おいっ、なんだとーー!?」
父は大声を出して怒り出す。だけど、その目は優しくて、息子を想う父親の顔をしていた。
それから一年が経ち、十六歳になり成人した。
年々凶暴化する魔物により国の結界の外に出ることも『番』に会うことも叶わないままだった。
その日は、日課となっている夜の鍛錬を終え自室に戻る通路を歩いていた。
(何だ…?この香りは……?)
妙に胸がドキドキする香りが、通路の向こう側から仄かに香っていた。嗅いだこともない甘い香りに、胸が苦しくなる。
『今日は来客がありましたので、あちらの通路は通らないで下さい』と王宮の入り口の護衛に言われていたのを思い出す。その香りはその通路側から香っていた。
(来客が何かを持ってきたのか?)
香りに誘われるように、無意識に足が通路の向こう側へ進んでいた。
理性では引き返そうとしているのに、本能が体を動かす。香りの正体を求めて今にも走り出しそうなくらいの速さで歩いていた。
視界の先は曲がり角で、その向こう側から強い香りがして理性を刺激する。
曲がり角を曲がろうとした時、焦がれる匂いがブワッと広がり、何やら柔らかいものと衝突した。
視線の先には尻もちをついた女性がいた。
ひどく甘く、刺激的な香りが彼女から漂い、ファーゼスの理性を狂わせる。
(この感情は…何だっ…?)
『愛おしい』『俺のものにしたい』と本能が騒ぎ出す。
(この女性は何者だ…!?……………もしかして)
彼女が俺の『番』なの、か……?
床に尻もちを着いた体勢のままの女性を改めて見た。
そこで漸く、目の前の女性に声をかけられていたことに気づく。
「あの………」
想像通りの愛らしい声だった。
(彼女は王宮の来客か……?甘い香りの他に魔力を感じるから精霊だろうか…?)
躊躇った末に、疑問を彼女に問う。
「…………………………………お前は…?」
一生懸命に口にした言葉は三文字だけで、顔も無愛想だっただろう。この時が人生で一番、人付き合いが苦手な自分を恨んだ時だった。
俺の言葉で、目の前の彼女を怯えさせてしまった。
「ごめんなさい!今日ここに泊めてもらってる者です!不審人物ではありません!!」
彼女はやはり『来客』した人間だった。
精霊なら良かったのに。
彼女はこの国からすぐに帰ってしまうのだろうか?
もう二度と会えないかもしれない局面でも、『また会いたい』と素直に言えない性格が憎らしい。
結局、無愛想な言葉を吐いていた。
それでも、精一杯の想いを二文字に隠した。
「ああ……………人間の……。そうか……」
「そ、そうです!この国に迷い込んでしまって!お世話になってます!」
「………………手を…」
怯えさせてしまった彼女が、この手を取ってくれるのだろうか?不安になりつつ、彼女に手を差し出す。
すると、予想外にあっさりと手を乗せられた。
柔らかく愛おしい手を包み、座り込む彼女を引き起こした。
彼女が動くと、またブワッと甘い香りが広がった。
くらくらとする意識の中で、彼女の声がする。
何か言わなければ、二度と会えなくなってしまう。
だが、何を言えばいい?
「ありがとうございました!」
「…………………」
「あの…、どうかなさいましたか?」
「…………………」
「…………………」
何を、言えばいい?
上手い言葉が口から出ず焦っていると、彼女まで黙り込んでしまった。
(このままでは彼女が去って行ってしまう…!)
そう思ったときには体が勝手に動いていた。
『出会えて嬉しい』『もう一度会いたい』『行かないでほしい』『側に居たい』『俺を見て欲しい』『触れたい』『俺のものにしたい』
言葉で言えない感情が体を動かし、衝動的に彼女の唇を奪っていた。
ファーゼスは自分でも何をしたか理解出来なかった。
目の前の彼女が驚いた顔をしていて、自分の行動を振り返る。
彼女に近づいて、彼女の唇に惹かれて、それから………自分の唇を彼女の唇に押し当てた?
(……!?………俺は彼女に口付けをした!?!?)
己の行動に言葉を失い、顔が赤く染まる。
こんな時に父の言葉を思い出す。『お前だって番に会ったら猛アプローチしたくなるぞ!?』と言われたことを。
ああ……俺は、本能で何てことをしてしまったんだ…。
ここまでしてしまったのなら腹を括るしかない。
ファーゼスは人生初めてのアプローチを、言葉にした。
「お前………、俺と、婚約しないか?」
「ご、ごめんなさい!無理です!!」
勇気を出した告白は呆気なく断られ、挙げ句の果てには逃げられてしまった。
ショックの余り、その後どうしたかは覚えていない。気づけば浴室のシャワーを頭から浴びて放心状態になっていた。
その時、ふと見えた鏡越しに映る自分の肩に目を疑い、鏡に寄って二度見をした。
そこには契約の紋章が浮かび上がっていた。
今日の出来事から、この紋章は仮婚約を成立させた紋章で、相手は『番』の彼女しかありえない。
切れてしまったと思った縁が、まだ己の体に刻まれて残っていた。
それが無性に嬉しくて、そっと肩に手で触れる。
彼女の香りを、彼女の視線を、彼女の声を、彼女の小さな手を、彼女の柔らかな唇を思い出す。
指先に感じる紋章に祈りを捧ぐ。
俺はお前の幸せを守り抜こう。この手で、この心で。
叶うのならば、ずっとお前の側でーーー
明日、母上に仮婚約者が出来たと報告しよう。彼女がこの王宮に居てくれる間に。
決意に満ちたファーゼスの顔は、父が望んだ幸せそうな顔をしていた。




