第二十話
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あれから一睡も出来ずに朝を迎えたレシアーノは、ベッドの上で上半身だけを起こして枕を背に、もたれ掛かっていた。
朝日が顔を出してから一刻が過ぎていた。
まだリブラミアが部屋にやって来る時間よりも大分早い時間帯だ。今日こそは彼と会わない心づもりで、部屋から出る準備をしようとした直後に、また失敗に終わる。
部屋の扉から彼の声がしたのだった。
「レシアーノまだ寝てるかな…?入るよ」
レシアーノはまだ寝ていると判断したのか、返答を待たずに静かに扉が開く。
紫色の瞳とばちりと目が合い、その瞳は驚きに一瞬だけ見開かれた。
「レシアーノ、もう起きていたんだね。おはよう」
そう言いながら、ベッドまで一直線に歩いてくる。
当然のようにベッドに上がり、腰掛けていたレシアーノの真横にピタッとくっ付いてきた。
「リブラミア様…?今日はお早いですね」
「ああ、今日も巡回に行かなければならないからね」
「今日は朝早くから行かれるのですか?」
「まだ三時間はあるよ」
「さ、三時間!?それならいつもの時間に部屋に来られても大丈夫でしたのに」
「昨日はロランドールに束縛男は嫌われると言われたから、貴方と過ごす時間を我慢していたんだが……。耐えられなくなって、来てしまった」
「昨日はお疲れな様子でしたので、一人で過ごされていたのでは?」
「違うよ。貴方とずっと一緒に居たかった。昨日は寂しかった、我慢してたんだ。だけど限界で、貴方が足らなくて、朝起きて直ぐ会いに来てしまった」
「そ、……そうだったのですね」
「ねぇ、レシアーノ。私も少しここで眠ってもいい?」
リブラミアはレシアーノを抱きしめると、そのまま掛け布団の中に二人の体を潜り込ませる。それからぎゅっと腕の中に仕舞い込むように抱きしめられた。
やや強引な彼に、二人で布団の中で寝る体勢となっていた。
それでも抵抗する気にならないのは、昨夜の夜が心細かったからだろう。一人怯えながら過ごした夜が終わり、安心感に包まれていた。
その安心する腕の中で、レシアーノは昨夜目撃した『魔王』について尋ねるか迷っていた。
自然と顔が俯き黙り込む。
レシアーノから漂う湿った空気を感じ取ったのか、彼が問いかけてきた。
「レシアーノ、どうしたの?なんだか元気がないね」
腕の中にいるレシアーノの頬に彼の手が添えられ、そっと顔を上げさせられた。
紫色の視線とまた目が合い、その瞳は不安そうに揺れた。
「目が少し腫れているよ。私が昨日、貴方を泣かせてしまったから?それとも、眠れていないの…?」
「あ……、えっとこれは……」
「心配事があるのなら話して。私は頼りないかい?」
「いえっ…そんなことは!」
「……レシアーノ、話して」
真剣な瞳がレシアーノを捉えて離さない。
視線を逸らすも、布団の中で抱き込まれていて逃げ場は無く、意を決して話すことにした。
「深夜にそこの通路で『魔王』を見たんです……」
「魔王……!?魔王って、魔物の王って意味であっているかな…?」
「はい……。あ、本物の魔王を見たことはなくて、絵本に描かれていた魔王にそっくりだったんですけど…」
「絵本…。どんな容姿だったの?」
「背が高くて、髪が腰あたりまで伸びていて黒髪で、只者じゃない雰囲気をしていました…」
「その人は紫色の瞳をしていた?」
昨夜見た人物を思い出し、一つ一つ特徴を伝えると、リブラミアは表情を変えないまま質問を投げかけてきた。
心当たりがあるのか驚いている様子は無い。
「瞳の色までは分かりませんでした……」
「そうか………。ふふっ…」
真面目に話していたはずなのに、リブラミアはおかしそうに笑い出した。
その反応に納得できず、リブラミアをじとりと睨む。
「どうして笑うんですかっ!?」
「いやっ…、ふふふっ……。レシアーノ、安心して。それはきっと兄上だと思うよ」
「兄上………………。第一王子様ですか!?」
「ああ、そうだ。兄上は言われてみれば魔王みたいな容姿だね…、ふふっ……本人に言ったらどんな顔をするかな?」
「えっ!?やめて下さい!!絶対に言わないで下さい!!」
「兄上はこの国で一番魔力が高いし放ってるオーラは強いけど、怖い人じゃないから大丈夫だよ」
「いや、それでも言っちゃだめです!」
「んー、どうしようかな」
「だめですってば!!」
「じゃあ、私に口付けして?そうしたら黙っててあげるよ」
「うっ……………………」
「レシアーノ、どうする?」
リブラミアは妖艶な笑みを浮かべると、顔をぐっと近付けてきた。逃げようにも、いつの間にかベッドに押し倒され、リブラミアの体が上から覆い被さっていて身動きを封じられていた。
必死に目を瞑り体を固くさせていると、耳元に甘い声と吐息が触れビクッと体が反応する。
「そんなに怖がらないでよ。今回は私からの口付けで我慢するから」
その言葉と同時に唇に柔らかいものが触れた。目を開かなくてもそれが彼の唇であることを理解する。
角度を変えて何回も口付けが降ってくる。
次第に激しくなる口付けに息をするのを忘れ、開いた目は酸欠でくらくらと視界がぼやけていた。
そこでやっと、リブラミアからの口付けが止まり、熱を帯びた瞳がレシアーノを見た。
レシアーノに密着する彼の体も心なしか熱く感じる。
「レシアーノ、貴方を愛しています」
愛の言葉を耳元で囁かれると、今度は耳たぶを甘噛みされた。リブラミアからの愛情表現はレシアーノには刺激が強く、顔から火が出そうなほどに真っ赤に染まる。
いつもながら心臓が爆破寸前となり、やんわりと止めに入る。
「リブラミア様っ……、あの、これ以上は…」
「……嫌だ。まだレシアーノが足りない」
「いやっ…、ほんとにこれ以上は心臓がっ、その……」
「駄目だよ、まだ離さない。もっと貴方が欲しい」
昨日の我慢が堪えたのか、いつにも増して押しが強いリブラミアに押され負けた。
飽きもせず、また口付けが何回も降ってくる。
そろそろ限界に達し、誰でもいいから助けてと神に願うと、部屋の扉が開いた。
「リブラミア兄様、朝食の時間です。こちらに用意しましたので、少しでも食べて下さい」
聡明でよく通る男性の声がして、ベッドにその人が向かって来る足音がした。
リブラミアに押し倒された体勢のまま、その声に耳をそばだてる。
男性の足音は目の前で止まり、ベッドで抱き合う体勢の二人を気にも留めずに話を進める。
「はじめまして、兄様の仮婚約者様。俺は第三王子のギルミックと申します。兄共々、よろしくお願いします」
現れた男性は、レシアーノに対して腰を曲げて丁寧に挨拶をした。
茶色の髪、紫の瞳、装飾が少ない簡素な服、そして黒縁の眼鏡をかけた知的な男性がそこに居た。
覆い被さるリブラミアのせいで起き上がることが出来ず、寝た体勢のまま挨拶を返す。
「ギルミック様、はじめまして。レシアーノと申します」
レシアーノが挨拶をすると、ギルミックよりも先に不機嫌な声が飛んできた。
「ギルミック、私は食事はいい。時間までレシアーノといるからお前は一人で食べてくれ」
「巡回も体力使いますから、糖分は必要ですよ。効率良く早く終わらせるには脳も使いますから。糖分を摂らないと長引きます」
ごもっともな意見に、リブラミアが黙り込む。
それでもレシアーノを離したくないのか、抱き込む力がぎゅうぎゅうと強くなった。
「レシアーノさんもご一緒にどうですか?マフィンやケーキを用意しましたが、甘い物はいかがですか?」
「ケーキ!?た、食べたいです!!」
「リブラミア兄様、レシアーノさんもそう言ってますよ」
「………………………………わかった」
「それでは、俺は先に向こうのテーブルで食べてますので、お二人は気が済みましたら、いらして下さい」
ギルミックは眉一つ表情を変えずに言うと、知らぬ間に料理が置かれたテーブルへと歩いて行く。
その姿を目で追っていると、リブラミアの顔が間近に現れ視界が遮られた。気が付いた時には唇を奪われていて、また口付けが始まっていた。
途中で邪魔が入ったのが気に入らなかったのか、今度は甘えるようにしつこくゆっくりと口付けをされる。
羞恥心でいっぱいになり、口付けされながらも慌てて声を出す。
「リブラ、…ミア、さ、まっ!……ギル、ミック、さまも、い、ますので…っ!」
そこまで言うとリブラミアの口付けは止まり、レシアーノを見た。
「……………わかった。我慢する」
リブラミアはゆっくりと体を起こし、ベッドから降りると、レシアーノを抱き抱えてテーブルまで移動する。
ギルミックの前でお姫様抱っこをされて、羞恥心がさらに湧き上がり声が出た。
「え!あの、リブラミア様!?歩けますっ!」
「嫌です」
頑固な王子様に拒否され、テーブルの前のソファーまで運ばれる。その体勢のままソファーにリブラミアが腰掛けた。
つまり、ソファーに座るリブラミアの膝の上でまだお姫様抱っこをされている。
「あ、あの、この体勢は……?」
「レシアーノ、どれが食べたい?」
「お勧めはそちらの苺のタルトケーキですよ」
向かい側のギルミックは二人のやり取りに驚きもせず話に加わり、淡々と説明をした。
優雅に紅茶を片手に、緑のマカロンを口にしていた。
(この人、ロランドール様以上に心が読めない…)
お勧めだと言われたケーキに視線を移すと、そこで違和感に気付く。
テーブルの皿の上に乗せられたものに。
マフィン、ケーキ、クッキー、マカロン、ゼリー、極めつけには紅茶の横には大きな角砂糖とミルクが用意されていた。
全て甘いお菓子たちが並んでいたのだ。
今は三時のおやつ時ではなく朝食のはずなのに。
食べなさすぎなリブラミア、肉ばかり食べるファーゼス、青色ドロドロスムージーを飲むロランドール、そして甘いお菓子だらけのギルミック。
(この国の王子様たちは偏食すぎでは……?)
レシアーノは小言を心にそっと仕舞い込み、リブラミアに返答する。
「お勧めの苺のタルトケーキが食べたいです」
「わかった」
「リブラミア兄様、俺は食べ終わりましたから、ここで少し仮眠を取らさせていただきます。食事が終わられましたら、お声がけ下さい」
リブラミアとレシアーノの会話の横からギルミックが話し出すと、用件を述べてソファーに横になり寝始めた。なんとも自由な人である。
リブラミアもギルミックの態度に慣れた様子で横目に見ると、フォークと苺のタルトケーキを皿ごとレシアーノに手渡してきた。
「レシアーノ、どうぞ」
「ありがとうございます!いただきます!」
フォークと皿を受け取り、タルトケーキを一口台に切り口に運ぶ。
愛おしそうな顔でレシアーノを見るリブラミアの視線が恥ずかしく、視線を逸らし向かい側を見やると、眼鏡を外し寝ているギルミックの顔が目に留まる。
瞳が閉じられたその顔は、中性的で綺麗な顔立ちをしていた。眼鏡の縁で隠れて見えなかったが、左目の下にある泣き黒子が、寝顔の色気をより引き立てていて…。
思わず見惚れていた。
「レシアーノ、ギルミックが気になるの?」
手を止めていたレシアーノの視線の先にリブラミアは気付き、不機嫌そうな声を投げかけてきた。




