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FLXシリーズ

平成十五年。


イズミマチ本社。


営業部。


午後三時。


信裕は、机の上に置かれた一枚の納入実績表を眺めていた。


先日、芝がアメダから受注した案件だった。


タレットパンチプレス。


いわゆるタレパンに使われる、NCサーボ用減速機である。


信裕は仕様欄を見て、手を止めた。


サーボ:タナック製・汎用品


「……タナック?」


もう一度、確認する。


間違いない。


「この減速機って、タナックの専用品じゃないんですよね?」


担当者に聞く。


「はい。汎用サーボです」


「じゃあ、なんで減速機はタナック用なんです?」


「サーボの取付寸法に合わせる必要がありますから」


信裕は資料を見つめた。


なるほど。


サーボが変われば、減速機側の仕様も変わる。


それが今までの常識だった。


信裕は椅子に背を預けた。


そして、ふと呟く。


「……でも」


もう一度、仕様書を見る。


「減速機の中身まで変える必要あるのか?」


その言葉に、自分自身が反応した。


信裕は立ち上がった。


棚からカタログを何冊か取り出す。


四菱電機。


高川電機。


富士川電機。


タナック。


机の上に並べる。


それぞれのサーボ仕様を見比べていく。


取付寸法。


フランジ。


入力軸。


取付穴。


入出力の向き。


違う。


確かに違う。


だが――。


「違うのは、ここだよな」


信裕は紙に減速機の簡単な図を描いた。


中央に、


減速機本体


その横に、


サーボ側インターフェイス


と書く。


ペン先で後者を囲む。


「ここだけ変えればいいんじゃないか?」


信裕は考え始めた。


減速機本体を共通化する。


サーボ側のインターフェイスだけ、メーカーごとに対応させる。


四菱電機。


高川電機。


富士川電機。


タナック。


それぞれに合わせたフランジや入力軸を用意する。


入出力の向きも、必要な仕様を選べるようにする。


「減速比は……」


信裕はペンを止めた。


全部を揃える必要はない。


市場で使われる頻度の高いもの。


四種類。


五種類。


そこに絞る。


「これなら標準品として持てる」


標準品として在庫しておけば、注文が来てから一から設計する必要がない。


本体を出す。


インターフェイスを選ぶ。


組み合わせる。


「即納できる……」


信裕の顔が変わった。


「一台を売るんじゃない」


紙に大きく書く。


シリーズで売る。


     


翌日。


営業本部。


北沢専務の執務室。


「専務、少し相談があります」


信裕は一枚の資料を差し出した。


北沢が受け取る。


「アメダの案件か」


「はい。芝が取ってきたやつです」


信裕は説明を始めた。


「この減速機、タナックの汎用サーボ用なんです」


「それを見て思ったんです」


「四菱電機、高川電機、富士川電機にも対応できる減速機シリーズを作れないかと」


北沢が資料から顔を上げる。


「シリーズ?」


「はい」


信裕は図を指した。


「減速機本体は共通化します」


「減速比も、需要の多い四、五種類に絞ります」


「サーボ側のフランジ、入力軸、取付寸法、入出力方向などをメーカーごとに対応させる」


「つまり、インターフェイスだけ変えるんです」


北沢は黙って聞いていた。


「標準品として本体を在庫する」


「注文が来たら、そのサーボに合わせて組み合わせる」


「納期も短くできます」


北沢の目が細くなった。


「……即納か」


「はい」


「営業としては、かなり売りやすいな」


「そう思います」


北沢は資料を机に置いた。


「面白い」


そして受話器を取った。


「三尾君、ちょっと来てくれ」


     


しばらくして。


開発室の三尾が入ってきた。


「何でしょう?」


北沢が資料を渡す。


「信裕君から面白い提案が出た」


三尾は資料を読む。


しばらく無言。


やがてペンを取った。


「本体を共通化するなら……」


図面に線を引く。


「ここを共通部分にできる」


「ただし、サーボ側との接続部分はメーカーごとに変わる」


信裕が頷く。


「そこです」


三尾はさらに書き込む。


「フランジは交換式にする」


「入力軸も仕様ごとに対応する」


「入出力方向も選択できるようにする」


北沢が聞く。


「製造は楽になるか?」


三尾は考えながら答えた。


「うまく設計すれば、むしろ楽になる」


「本体をある程度まとめて加工できる」


「標準部品として在庫も持ちやすい」


信裕の表情が明るくなる。


「じゃあ……」


三尾は顔を上げた。


「できる」


「設計を詰めれば、商品になる」


北沢が笑った。


「営業としては、売れる」


三尾も頷いた。


「技術としても、面白い」


信裕は二人を見た。


自分の頭の中だけだった構想が、


少しずつ形になっていく。


     


数日後。


営業会議。


会議室の机には、新商品企画書が置かれていた。


征広が資料をめくる。


北沢が説明する。


「信裕よから出た企画です」


「サーボ対応減速機をシリーズ化します」


征広が顔を上げる。


「主要メーカーは?」


「四菱電機、高川電機、富士川電機、タナック」


「減速比は?」


信裕が答える。


「需要の多い四、五種類に絞ります」


「特殊な減速比は従来通り特注」


「標準品については在庫を持ち、短納期で出せるようにします」


征広は資料を見る。


「本体は共通化?」


「はい」


「インターフェイスを変える?」


「はい」


三尾も口を開いた。


「設計上も可能です」


「製造面でも、標準化によるメリットがあります」


その時だった。


兵藤が眼鏡を押し上げた。


「……少し、いいですか」


征広が頷く。


「兵藤くん」


兵藤は資料を見ながら話し始めた。


「現場を回っていて感じるんですけど」


「客先によってサーボメーカーが違うことが、結構多いです」


「同じ工場の中でも、ラインによって四菱とタナックが混在していることもある」


信裕が兵藤を見る。


「そのたびに減速機の仕様が変わると、客先も管理が面倒だとおっしゃいます」


「もし一つのシリーズで複数メーカーに対応できるなら」


「客先としても、在庫や保全の手間が減ると思います」


兵藤は少し言葉を選んだ。


「営業としても、提案しやすいです」


「『御社のサーボが何であれ、うちで合わせます』と言えるので」


会議室が静かになった。


征広は兵藤を見る。


そして、小さく笑った。


「現場の声だな」


「はい」


征広は資料を閉じた。


「いいな」


信裕が顔を上げる。


「商品化しよう」


「はい!」


征広が聞く。


「名前は?」


一瞬、沈黙する。


信裕は答えた。


「FLX……というのはどうでしょう」


「FLX?」


「Flexibleから取りました」


「サーボメーカーや仕様に柔軟に対応できる、という意味です」


征広が頷く。


「FLX」


もう一度、口にする。


「いい名前だ」


     


数か月後。


FLXシリーズ。


カタログが完成した。


四菱電機対応。


高川電機対応。


富士川電機対応。


タナック対応。


複数の減速比。


複数のインターフェイス。


標準品としての在庫。


そして短納期。


営業部では、さっそく反響が出始めていた。


「これなら客先に勧めやすい」


「今まで特注だった案件にも使える」


「サーボメーカーが違っても対応できる」


兵藤も、客先でカタログを開きながら言った。


「御社のサーボが何であれ、うちで合わせます」


担当者がカタログを覗き込む。


「……便利ですね」


「ありがとうございます」


兵藤は笑った。


その頃。


営業部の一角で、信裕はその光景を静かに見ていた。


まだ、大ヒットするなどとは思っていない。


ただ。


自分が考えたものが、


営業マンの手で売られていく。


客先の困りごとを、一つ解決していく。


それが嬉しかった。


始まりは、


芝がアメダから取ってきた一台の減速機だった。


その一台を見て、


「減速機の中身まで変える必要があるのか」


そう考えた。


そこから生まれた発想が、


やがてイズミマチの新しい標準商品になった。


FLXシリーズ。


伊東信裕。


これが――。


営業マンとしての信裕が、自分の頭で考え、自分の手で生み出した最初の大きな手柄だった。


その日。


自分の企画が載ったカタログを一冊、


少しだけ誇らしげに眺めていた。

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