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新世紀

平成十二年、一月。


二十世紀最後の年。


街には「ミレニアム」という言葉が溢れていた。


新しい世紀。


新しい時代。


テレビも新聞も、インターネットやIT企業の話題で持ちきりだった。


株式市場でも、IT関連銘柄が次々と注目を集めていた。


そんな時代の幕開けに――。


泉町精工は、長年の悲願を迎えていた。


東京証券取引所第二部上場である。


東京証券取引所。


朝。


征広は会長となった信成と並んで、建物を見上げていた。


信成はしばらく黙っていた。


やがて、


「……とうとう来たな。」


征広が笑う。


「はい。」


信成は小さく頷いた。


「親父にも、見せてやりたかったな。」


征広は何も言わなかった。


ただ、兄の横に立っていた。


上場初日。


取引開始。


泉町精工の株式が市場に並ぶ。


証券会社の担当者が資料を確認する。


「初値、出ました。」


征広が顔を上げる。


「どうです?」


「予想値より高く寄り付きました。」


信成も資料を見る。


「……悪くないな。」


「はい。」


しかし、その後。


株価は大きく跳ねることはなかった。


IT関連銘柄が派手な値動きを見せる中、泉町精工は地味だった。


減速機。


ギヤードモーター。


工作機械関連。


堅実な製造業。


市場から見れば、華やかさとは無縁だった。


翌日も。


その翌日も。


株価はぱっとしない。


本社。


社長室。


征広は新聞の株価欄を見ていた。


信成が入ってくる。


「どうだ。」


「地味です。」


信成が笑った。


「やっぱりか。」


「でも、予想よりは上です。」


征広は新聞を畳んだ。


「十分です。」


「株価は会社が決めるものじゃありませんから。」


「俺たちは、利益を出す。」


「それを積み重ねればいい。」


信成は征広を見た。


「社長らしくなったな。」


征広は笑った。


「もう社長ですから。」


二人で笑った。


その日。


もう一つ、大きな発表があった。


泉町精工株式会社。


創業以来、半世紀近く掲げてきたその名前が変わる。


本日付をもって――。


株式会社イズミマチ。


社名変更。


「泉町精工」という名前は消える。


だが、それは歴史を捨てることではない。


伊東隆が始めた小さな町工場。


そこから積み重ねてきた年月。


その歴史を受け継いだまま、会社は新しい名前で次の時代へ進む。


そして、新しい経営陣が発表された。


代表取締役会長。


伊東信成。


代表取締役社長。


伊東征広。


専務取締役。


北沢弘。


常務取締役。


習志野毅。


取締役営業本部長。


伊東信裕。


取締役総務部長。


福井明人。


そして――。


取締役減速機事業部本部長。


石川満。


相談役。


多々良重雄。


隆則は役職を退き、一人の株主となった。


長年会社を支えた人間たちが、それぞれの立場を変えながら、新しい会社を支える。


石川満は、新しい役員名簿を眺めていた。


自分の名前がある。


「……まだ俺も残るか。」


そう呟いて笑った。


石川は、すでに泉町精工野球部を退いている。


だが、野球そのものを辞めたわけではない。


休日になると、少年野球のグラウンドへ行く。


バットを振れなくなった少年に声を掛け。


守備につく少年の足元を直し。


時には大声で怒鳴る。


そして、最後には必ず笑う。


石川にとって、野球は会社を辞めるまでの仕事ではなかった。


自分が受け取ったものを、次の世代へ渡していくものだった。


夕方。


株式会社イズミマチ。


社長室。


征広は新しい社名が入った書類を机に置いた。


窓の外には工場。


歯切盤が回っている。


減速機が組み立てられている。


現場は、何も変わらない。


変わったのは会社の名前。


そして、時代だった。


征広は窓の外を見た。


平成十二年。


二十一世紀まで、あと一年。


世界は変わろうとしている。


ITが世界を変える。


新しい産業が生まれる。


だが――。


ものづくりがなくなるわけではない。


征広は静かに笑った。


「さて。」


「次は、何をやるか。」


机の上には、海外から届いた新しい引き合いの資料があった。


大連。


台湾。


韓国。


欧州。


そしてアメリカ。


株式会社イズミマチの新しい歴史は、もう始まっていた。


昭和二十年。


伊東隆が始めた小さな工場。


その名は変わった。


会社も変わった。


人も世代も変わった。


それでも――。


ものづくりへの執念だけは、変わらない。


二十世紀の終わり。


株式会社イズミマチは、新しい世紀へ歩き始めた。

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― 新着の感想 ―
1998年から1999年にかけて経営陣のみならず現場も当時はY2K、いわゆる2000年問題の対応でバタバタしているはず。業績が回復しても 「積年の悲願である東証に上場しました・年明け早々2000年問題…
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