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最先端

平成七年、冬。


山梨県。


白く雪をかぶった南アルプスを望む工業団地。


一台の営業車が、広大な敷地へと入っていく。


運転席には、協和機工商事営業部長・杉山。


助手席には、泉町精工専務・伊東征広が座っていた。


福井からの報告を受け、征広自ら訪問することを決めた。


巨大な正門。


車が門をくぐった瞬間だった。


征広は思わず目を細めた。


「……これは。」


目の前に広がる景色は、これまで見てきた工場とはまるで違っていた。


工場の外壁。


門柱。


ガラス越しに見える無人搬送車。


ロボットアーム。


搬送装置。


視界に入るもののほとんどが、鮮やかな黄色に統一されている。


その黄色を引き締めるように、社名やロゴだけが深い赤で描かれていた。


冬の青空に、その色彩は眩しいほど映えている。


杉山が笑った。


「驚かれましたか。」


征広は頷く。


「ええ。」


「遠くからでも、この会社だと分かります。」


「ブランドそのものですね。」


杉山は感心したように笑った。


「さすが専務。」


「初めて来る人は、『黄色い会社だ』としか言いませんよ。」


受付を済ませると、二人はタナック工作機械事業部の営業部長・高橋に迎えられた。


「遠いところ、ようこそお越しくださいました。」


名刺交換を済ませる。


高橋は穏やかな笑みを浮かべた。


「まずは工場をご覧ください。」


「弊社を知っていただくのが一番です。」


三人は工場へ向かった。


自動ドアが開く。


征広は思わず足を止めた。


静かだった。


あまりにも静かだった。


ロボットアームが、一定のリズムで部品をつかむ。


無人搬送車が音もなく行き交う。


自動倉庫から必要な部品が運ばれ、組立ラインへ供給される。


作業者は最小限。


誰も慌てない。


誰も走らない。


それでも、生産は寸分の狂いもなく進んでいた。


高橋が口を開く。


「ご覧の通り、弊社は最先端の自動化工場です。」


「品質はもちろんですが、それ以上に納期を重視しております。」


征広は静かに聞いていた。


高橋は続ける。


「私どもの製品は、世界中の工作機械メーカーで使われています。」


「そのため、一秒たりとも納期遅れは許されません。」


「一つの部品が遅れれば、お客様のライン全体が止まります。」


「世界中に影響が及ぶのです。」


征広は小さく頷いた。


「責任の重さが違いますね。」


高橋は微笑んだ。


「その責任を果たすことが、メーカーの使命だと思っております。」


工場を抜けると、大きな倉庫へ案内された。


棚には、無数の箱が整然と並ぶ。


高橋は棚を見渡した。


「こちらは補修部品倉庫です。」


杉山が驚く。


「ものすごい量ですね。」


「はい。」


「弊社では交換部品をすべて在庫しております。」


「部品供給は永久保証です。」


征広の表情がわずかに変わる。


「永久保証……。」


「昭和四十年代の創業当初に製造した製品であっても、部品はすべて揃えております。」


「世界中のお客様に安心して使っていただく。」


「それが私どもの責任です。」


征広は棚を見つめたまま、ゆっくりと言った。


「……素晴らしい考え方です。」


高橋は少し照れたように笑う。


「ありがとうございます。」


「機械は売って終わりではありません。」


「三十年後、四十年後まで責任を持つ。」


「それがメーカーだと思っています。」


その言葉は、征広の胸に深く刻まれた。



工場見学を終え、応接室へ戻る。


コーヒーが運ばれてきた。


高橋が尋ねる。


「伊東専務、本日の工場はいかがでしたか。」


征広は少し考え、率直に答えた。


「圧倒されました。」


「世界一と言われる理由が、よく分かりました。」


高橋は満足そうに頷く。


「ありがとうございます。」


「ただ……。」


その一言に、高橋と杉山の視線が征広へ集まる。


「一点だけ、考えさせられたことがあります。」


「ほう。」


「ここまで徹底した自動化は、本当に素晴らしい。」


「ですが、人を極限まで排した生産は、一つ歯車が狂った時の怖さも感じました。」


応接室が静まり返る。


征広は続けた。


「もちろん、御社ほどの企業です。」


「その対策も万全なのでしょう。」


「ですが、泉町精工がそのまま真似をすべき姿ではないと感じました。」


高橋は征広を見つめた。


否定されたとは感じなかった。


むしろ、自社を理解した上で語っている。


そんな印象だった。


「では、泉町精工さんは。」


征広は迷わず答えた。


「人を育てる会社でありたい。」


「自動化は進めます。」


「ですが、最後に会社を支えるのは、人です。」


高橋は静かに笑った。


「伊東専務。」


「面白いお考えです。」


「世界一を見ても、自分たちの道を見失わない。」


「そういう会社は、強いかもしれません。」


征広も穏やかに笑った。


「ありがとうございます。」


窓の外では、ロボットが黙々と仕事を続けていた。


世界最先端。


そこには、泉町精工が学ぶべきものが数多くあった。


しかし同時に。


征広は、自分たちが進むべき道も見つけていた。


世界一を目指すことと。


世界一の真似をすることは、決して同じではない。


その違いを胸に刻みながら、征広は静かにタナック本社を後にした。

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