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泉会納涼会

平成元年、盛夏。


創業者・伊東隆の社葬から一か月。


本来なら喪中につき、毎年恒例の泉会納涼会は中止にしても誰も文句は言わなかった。


だが、一人の男が首を横に振った。


泉会名誉会長・内山工業社長、内山義雄だった。


「何言っとる。」


「伊東ちゃんが一年で一番楽しみにしとった会やぞ。」


「中止なんかしたら、あいつに叱られるわ。」


そして続けた。


「今年は富士子さんにも来てもらおう。」


その一言で決まった。


「富士子さんも泉会の家族だでな。」


誰一人、反対する者はいなかった。




夕方。


泉町精工本社駐車場。


紅白の提灯が灯り、焼きそばや焼き鳥の香りが辺りを包む。


会場には、


内山工業。


倉持産業。


佐納製作所。


大出鉄工。


角谷製作所。


新家鐵工所。


立河製作所。


小島工業。


大村商会。


そのほか十数社の協力会社が集まっていた。


中央には、一つだけ空席。


そこには生ビールが静かに置かれている。


誰も座らない。


昨年まで伊東隆の席だった場所である。


その隣には、少し緊張した表情の富士子が座っていた。


内山が笑顔で迎える。


「富士子さん、よう来てくれた。」


「今日は伊東ちゃんも、この席で飲んどる。」


富士子は祭壇では見せなかった穏やかな笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。」


「主人も、きっと喜んでおります。」




社長・隆則が壇上へ立つ。


「皆様、本日はお忙しい中ありがとうございます。」


深く頭を下げた。


「父が亡くなり、多くの励ましのお言葉を頂戴しました。」


「改めて御礼申し上げます。」


会場は静まり返る。


「泉町精工が今日あるのは、泉会の皆様のお力添えのおかげです。」


「これからも変わらぬお付き合いをお願いいたします。」


そして少し笑った。


「そういえば。」


「先日、野球部が初めて愛知県大会で優勝いたしました。」


一斉に拍手が起こる。


加地が頭を掻く。


芝は腕を組んだまま得意顔。


瀬戸は照れ臭そうに下を向いていた。




続いて泉会五代目会長・佐納製作所社長、佐納悟が挨拶した。


「泉町精工さんが元気だから、私たちも仕事があります。」


「泉会は競争相手ではありません。」


「運命共同体です。」


「これからも皆さんで、この地域のものづくりを盛り上げていきましょう。」


大きな拍手が湧いた。




最後に、名誉会長・内山義雄。


「堅い話は終わりた、終わり!」


会場が笑う。


「今日は飲め!」


「食え!」


「明日また働け!」


さらに笑いが広がる。


内山は空席のジョッキを見た。


「伊東ちゃん。」


「今年も勝手に始めるぞ。」


「文句あるなら夢に出てこい。」


場内は笑いに包まれた。


富士子はそのジョッキを見つめ、小さく呟く。


「あなた……。」


「本当に幸せな人ですね。」




宴もたけなわ。


締めを任されたのは、泉町精工常務取締役、小橋伸夫だった。


ジョッキを片手に壇上へ立つ。


「皆さん。」


「少しだけ野球の話を。」


芝たちが姿勢を正す。


「私は泉町精工野球部、初代エースでした。」


笑いが起こる。


「そして二代目監督も務めました。」


「今の野球部は……。」


少し間を置いた。


「私ん時より、ちょっとだけ強いね。」


会場は大爆笑。


小橋も笑った。


加地がすぐ立ち上がる。


「ちょっとだけじゃないですよ!」


「全国優勝してきます!」


小橋がにこやかに応える。


「その意気だ。」


「泉町精工の名を全国に広めてこい。」


そして表情を少しだけ引き締める。


「実は私。」


「糖尿病になりまして。」


場内が静まり返る。


小橋はニヤリと笑った。


「でもね。」


「私らは伊勢湾台風に勝った。」


「石油ショックにも勝った。」


「たかが、糖尿病ごときに……負けるものか!」


 「勝ってみせますわ! 絶対に、勝ってみせます!」


ジョッキをさらに高く、力いっぱい掲げた。


その瞬間。


真っ先に立ち上がったのは内山だった。


「そうだ!」


「そうだそうだ!」


「頑張れ小橋っちゃん!」


割れんばかりの拍手。


「頑張れ!」


「負けるな!」


「全国優勝も頼むぞ!」


小橋は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「病気にも。」


「全国大会にも。」


「負けません。」


最後に全員がジョッキを掲げる。


「乾杯!」


夜空に響く声。


笑顔。


笑い声。


泉会の仲間たちが心から笑い合えた、最後の夏になった。


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